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79 負けてられない
しおりを挟む――くっそ、なんで。
おれの首から下は、持ち主であるおれのいうことを全く聞いてくれなかった。
それなのに『ついてこい』と言ったツィーガの命令には従って、おれの進みたくない方向へ勝手に歩を進める。
突き落とされた先にあったのは、無機質すぎる空間だった。〈地下〉っていう呼び名から、暗くてじっとりした場所を想像していたけど、実際は違う。
床も壁も天井も、眩しいくらい真っ白な場所だった。
でも、綺麗だとは少しも思えない。
壁と床から、鼻の奥にツンと刺さる薬品の臭いがするからだ。その薬品の臭いに混ざって、かすかに錆びた鉄のような臭いもする。
これは痕跡を消した残り香だ。
ここで起きた出来事を誰かがなかったことにした――その臭いに間違いなかった。
――ここは、そんな嫌な臭いがあちこちからする。
どれがどういう臭いかなんて考えたくもないけど、どれも本能が危険だと判断する臭いなのは確かだった。
――白が、こんなにも気持ち悪い色に見えるなんて。
小さな傷も汚れもない白は、作り出された偽りの白。
その白が、おれという存在まで消そうとしてくるんじゃないかって……そんな得体の知れない恐怖が襲われる。
――だめだ、気持ちで負けちゃ。
それこそ、相手の思うつぼだ。
誰かに助けてほしいと思う気持ちは今もあるけど、それじゃだめななのはわかっていた。
ここはもうマッド・ビィの領域。
ツィーガの言っていたとおり、おれの声はもう誰にも届かない。
だからこそ、自分で考えて動かなくちゃ――でないと、本当に最悪の結果を招くことになりかねない。
――身体の自由は利かないけど、まだ思考は乗っ取られてない……だから、大丈夫。
おれはまだ、おれのままだ。
ちゃんと考えて、自分にできることをしないと。
そうやって気持ちを整理しているうちに、ほんの少しだけど落ち着いてきた。
――ツィーガは、おれをどこに連れていく気だろう。
ついてこいと言われただけで、行き先は告げられていなかった。
ここがすでに〈地下〉の研究施設内であるのは確かだけど、それ以外の情報は何もない。
――本当に……何もない廊下だ。
廊下には何も置かれていなかった。
置いてはいけない決まりでもあるのかな。
人とは結構すれ違うけど、誰も目線を合わせないのがすごく不気味な気がした。
ここにいる人は全員、マッド・ビィに洗脳されているんだろうか。廊下を歩くどの人も、中身の存在しない人形のように見えてくる。
「静かだと思ったら、言葉を封じていたんだっけ」
「――っ」
前を歩くツィーガが、いきなり声をかけてきた。話しかけられたこともだけど、その内容にも驚く。
――言葉を、封じられてた?
ここに来てからずっと何も話す気になれなかったのは、ツィーガに言葉を封じられていたのが原因だったらしい。
そういえば落ちる直前に、そんなことを言われたような気がする。でも不思議なことに『話したいのに話せない』という感覚ではなく、『話す気が起こらない』という感覚だった。
――少しの違和感もなかった……これって黒印の命令が、おれの精神に直接影響を及ぼしてたってこと?
命令に縛られていたのに、それを全く意識できていなかったことに、ぞわっと嫌な鳥肌が立った。
「話していいよ。でも、うるさくはしないでね」
「っ……」
ツィーガがそう言った途端、急に息がしやすくなった。口や喉が自由に動かせるようになったからだ。
でも、何を話せっていうんだろう。
洗脳されているツィーガに何を言っても無駄だってことは、ここに連れてこられる前の会話で充分わかっていた。
――せめて、何か情報を聞き出せればいいんだろうけど……でも、どう聞けばいいのかな。
ちょうどいい話題はなかなか思いつかない。
「〈地下〉に来るのは初めてだよね?」
迷っているうちに、ツィーガから話題を振られた。
その問いに、おれは少し迷いながら頷く。
「〈地下〉に来られたことを喜ぶといい。ここはどこよりも素晴らしい場所だ。君もそう感じているんじゃないか? この〈地下〉こそ、すべての叡智が沈み、絡み合う、ダーヴァロードの中枢。そして、そのすべてを掌握するのはマッド・ビィ様――ああ……あの方こそ、首領にふさわしいというのに! ッ、なぜだ! なぜあんな簒奪者が首領を名乗り、玉座を汚している! 誰がそれを許したというんだ!!」
ツィーガは途中から火がついたようだった。
おれにはうるさくするなと言ったのに、その声は廊下に響き渡るほど大きい。
「その……簒奪者っていうのは?」
おそるおそる尋ねてみた。
こちらを振り返ったツィーガが、カッと目を見開く。
「ガラディアークのことに決まってる!! 新参者のくせに、魔神獣のキメラだからというだけで首領の座に就いたアレを、それ以外になんと呼ぶんだ!?」
――ガラディアーク様が新参者……?
ツィーガにしては、おかしな口ぶりだった。
ガラディアーク様が首領の座に就いたのは、何十年も前の話だ。それなのに、おれと歳の変わらないツィーガのがそんな言い方をするなんて、どう考えてもおかしい。
――もしかして。
おれは一つの可能性に行きついた。
――さっきからツィーガが話してる内容って、マッド・ビィが考えてることなのかな。
洗脳されたツィーガの思考がマッド・ビィのものに近くなっているんだとしたら、こんな言い方をするのにも納得がいく。
ツィーガはさらに続けた。
「皆はなぜ気づかない。アレが紛い物だ。あんなものに頭を垂れるなど、怪人の誇りを踏みにじる行為だというのにッ……これまで受け継がれてきた貴き怪人の因子はどこまで穢れてしまったというのか! やはり、怪人はすべてマッド・ビィ様に作り替えていただく必要がある。身体も精神も……すべてッ! このダーヴァロードを、かつての姿に戻すために!!」
またしても、興奮したように捲し立てる。
おれにはツィーガの言っていることが半分くらいしか理解できなかった。
「ダーヴァロードを、かつての姿に……?」
どういう意味だろう。
何を言いたいのかはわからなかったけど、それがマッド・ビィが目指していることだっていうのは伝わってきた。
「ああ! そうだッ! ダーヴァロードの栄光を取り戻すためにも、バン・クラードゥ――君の力が必要なんだよ」
「……痛っ!」
ツィーガはいきなり、おれの腕を強い力で掴んだ。
二の腕に外殻の鋭い爪が食い込む。
外皮でできた制服のおかげで皮膚には刺さらなかったけど、顔が歪むほどの痛さだった。
「君に見せたいものがある」
「……おれに、見せたいもの?」
「ああ。そうだ――君の心を壊すために、必要な工程だ」
「っ!!」
鋭い爪の先端が外皮にぷつりと穴を開け、皮膚に突き刺さった。
流れた血を暗い目で見つめ、ツィーガはにんまりと笑う。その表情は狂気に満ちていた。
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