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80 絶叫と嘲笑と
しおりを挟む「……っ、ラーギ先輩!」
ツィーガに腕を掴まれて連れていかれた個室には、ラーギ先輩がいた。
二か月以上ぶり再会だ。負傷していた左腕が綺麗に治っていることを確認したけど、全然喜べる状況ではなかった。
正面の壁に磔にされたラーギ先輩の身体には、グロテスクな形をした機械と不気味な色の液体が流れる管がいくつも繋がれている。
機械の稼働している音が、今も何かの実験中であることを示していた。
――こんな……ひどい。
初めて目の当たりにする衝撃的な光景に、言葉が出てこない。
身体を操られていなければ、両脚から力が抜けて、その場に座り込んでしまっていたかもしれない。
――生きてる、よね?
そう心配してしまうくらい、ラーギ先輩は全く動かなかった。
何もできずにしばらくじっと眺めていると、ラーギ先輩の指が、ぴくりとわずかに動く。
「ラーギ先輩!!」
もう一度叫ぶように名前を呼ぶと、ひくりと震えた瞼がゆっくりと持ち上がる。
「…………バン……来てんじゃ、ねーよ」
ラーギ先輩はおれに気づくなり、掠れた声でそう言った。
「酷いなぁ、ラーギ。バンは君を心配してきてくれたんだよ? それなのに、そんな言い方はないんじゃないかなぁ?」
おれに向けられた言葉に、大袈裟な言い回しで答えたのはツィーガだ。
身体が自由に動かせないおれを入口近くに置き去りにして、自分だけラーギ先輩のほうへ近づいていく。
「てめーが騙して、連れてきたんだろ……」
「あっははは、そのとおりなんだけどさ。ラーギは理解が早くて助かるよ。あの裏切りさえなければ、部下としてたくさん可愛がってあげたのに」
「……そんなの、こっちから願い下げだ」
ラーギ先輩は息をするのもつらそうなのに、ツィーガに食ってかかった。
ツィーガはそれを楽しんでいるようだ。
「――ラーギとのこんなやり取りも、これが最後になると思うと寂しいね」
「最後……?」
嫌な予感がするツィーガの言葉を思わず聞き返す。
そんなおれの声が聞こえたのか、振り返ったツィーガはおれの目を見ると微笑みながら頷いた。
「そう。君さえ手に入れば、ラーギはもう必要なくなるからね。今、この時点で廃棄が決定したんだよ」
「廃、棄……?」
「…………そんなことだろうと思ったよ」
「ラーギ先輩! 嘘だ、そんな」
廃棄――その言葉が意味するところは一つ。
ツィーガはラーギ先輩を、この場で殺めるつもりなのだ。おれの目の前で。
「ツィーガ、そんなことやめて!!」
どうしてこんなときでも、おれの身体は動いてくれないんだ。どれだけ力を入れようとしても、おれの手も脚も、ぴくりとも動いてくれない。
唯一動く首をぶんぶんと横に振ったけど、そんなことで洗脳されきったツィーガを止められないのはわかりきっていた。
「廃棄といっても、きちんと研究の役には立ってもらうけどね――ラーギ、これが君にとって最後の実験になる。運がよければ死なずに済むかもしれないよ。それでも、君という存在はなくなってしまうだろうけどね」
「死ぬのも楽じゃねーってことか」
「っ! もうやめて、ツィーガ!! ラーギ先輩をこれ以上苦しめるのは――」
「黙れ、バン」
「……! ……っ」
ツィーガのその一言で、声が出せなくなった。
吐き出せなくなった感情が、頭の中に無理やり閉じ込められたみたいになる。
頭がおかしくなってしまいそうだった。
「……バン」
ラーギ先輩が穏やかな声でおれの名前を呼んだ。
そこに必要のない覚悟を感じた気がして、おれは小刻みに首を横に振る。嫌だ、聞きたくない。
「オレがどうなっても自分を責めんなよ」
「…………っ」
そう言いながらおれをまっすぐ見るラーギ先輩の目は、おれの頭を撫でて褒めてくれたときと同じあたたかさが宿っていた。
「それと――絶対に負けんじゃねーぞ」
その言い方も、おれを訓練中に励ましてくれたときと全く変わらなかった。
――嫌だ、これが最後なんて。
せっかく再会できたのに、そのせいでラーギ先輩を死に追いやってしまうことになるなんて。
ラーギ先輩は自分を責めるなって言ったけど、そんなふうに考えるのは無理だ。だって、おれがここに来なければ……ラーギ先輩はまだ。
「言いたいことはそれで終わりかな? ラーギ」
「ああ」
「――じゃあ、始めようか」
ツィーガが言い終わると、室内に真っ白な戦闘員タイツに身を包んだ二人組が入ってきた。
かなり身長差のある二人だ。全頭マスクを被っているせいで、どちらも顔はわからない。
大柄な戦闘員は腕ほどもある巨大な注射器を抱えている。その中身は、淡く発光する液体で満たされていた。
――まさか、あれをラーギ先輩に打つ気……!?
どう見てもやばそうな代物だった。
ラーギ先輩も戦闘員が手に持った巨大な注射器を見て、表情を歪めている。
「――さあ、バン。お前のせいで死ぬことになるラーギの最期を、とくと目に焼きつけろ」
こちらに移動してきたツィーガが、おれの目元に指を滑らせながら囁く。掬い取ったおれの涙を口元に運び、ねろりと舐めとったあと、「やれ」と短く号令した。
そこからの記憶はあまりはっきりしない。
部屋全体を揺らすようなラーギ先輩の悲鳴と、ツィーガの黒く濁った笑い声に、心と身体をばらばらに引きちぎられるような感覚がして――おれの意識は暗いところに沈んでいった。
◆◆◆
「う、ああああ――ッ!」
全身を襲った激しい痛みと、自分の叫び声で一気に覚醒する。
身体を内側から焼かれるような激痛だった。
痛みは少しずつ引いているみたいだけど、びりびりと痺れるような感覚がなくならない。
いったい、おれの身体に何が起こっているんだろう。
おれは、ぎゅっと閉じていた目をおそるおそる開く。少し低い位置から、こちらを見上げているツィーガと目が合い、すぐにすべてを思い出した。
――ここは、ラーギ先輩が磔にされてた場所だ。
何もできずに見上げていた場所に、今度はおれが磔にされている。ラーギ先輩が繋がれていたのと同じ機械と管を繋がれ、今度は物理的に自由を奪われていた。
おれが起きたことに気づいたツィーガが、狂気を孕んだ笑顔を向ける。
「やっと目が覚めた? 反応がなくてつまらないと思っていたところだったから、起きてくれて嬉しいよ」
「ツィーガ……お前」
「その様子はちゃんと覚えているみたいだね。ラーギが自分のせいで死んだことを――ラーギなら生き残るかもしれないって思ったけど、やっぱり怪人でも、あの薬には耐えるのは難しかったみたいだね」
「…………っ」
ラーギ先輩の死を改めて告げられ、おれは唇を血が滲むくらい強く噛み締めた。
今は泣いている場合じゃないとわかっているのに、込み上げる感情が抑えきれない。悲しみと怒りで目の前が真っ赤になる。
涙があふれるのはなんとか堪えたけど、感情は昂りはどうにもならなかった。
「……ラーギ先輩はどこだ」
「ん? ああ、死体をどこへやったか知りたいの? うーん……廃棄物は戦闘員に適当に処分させているからなぁ。僕もよく知らないや」
「っ……そんな」
「あっははは! いい顔だ。やっぱり起きている被験体のほうがやる気が出るね。そういえば身体の調子はどう? 意識がないあいだに、あれこれ薬を投与しておいたけど――意外に平気みたいだね」
「……ッ!」
身体がずっと痺れたように感じていたのは、流し込まれ続けている薬の影響だったらしい。管が繋がったところから、今も冷たいものが流れ込んできていた。
まだ痺れ以外の異常は感じていないけど、これから何が起こるかは予想もつかない。
「丈夫そうで助かるよ。これからが本番だからね」
「ツィーガ……っ、何を」
「これを使って、君の秘密を暴かせてもらうんだよ。さあ、いい声を聞かせてね」
ツィーガが手に持っていたボタンを、おれに見せつけるように目線の高さに持ち上げると、ぐっと強く押し込んだ。
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