83 / 111
83 絶対に帰るんだ
しおりを挟む自分の手がどこにあるかもわからないくらいの暗闇の中を、今にも消えてしまいそうな極細の光の糸だけを頼りに進む。
この部屋の中には機械や実験道具があちこちに置いてあったはずなのに、どこに障害物があるか全く見えない状態でも、この光の糸が示すとおりに歩けばそれらにぶつかる心配はなかった。
――この糸って、シディア様の目だから見えてるんだよね?
ホニベラ様は何か知っているみたいだったけど聞けなかったし、今はとにかくこの光の糸を信じて進むしかない。
少し時間はかかったけど、無事に研究室を出られた。
エネルギー供給が止まったおかげで、扉は開きっぱなしになっていた。
――廊下も、真っ暗だ。
しばらくすれば目が慣れてくるかと思ったけど、どれだけ経っても周りは全く見えないままだった。この〈地下〉には、わずかな光も差し込んでいないから余計だろう。
暗すぎるのは不安だけど、そのおかげでおれ以外にこの暗闇を動き回っている人がいないのは助かった。
ここで見つかったらすぐに連れ戻されてしまう。
連れ戻されたら、おれはおれではないものにされてしまう。
――おれはおれのまま、皆のところに帰るんだ。
恐怖で足が止まりそうになるたび、自分を叱咤する。
まず思い出したのは、父さんの言葉だった。
『自分を想ってくれる人のおかげで強くなれんだよ。もし、やばい状況に陥っても「絶対に帰ろう」と思えるしな』
本当にそのとおりだった。
おれを心配している人、帰りを待ってくれている人がいるってわかっているから、おれは『絶対に帰ろう』と思える。
この暗闇を前に進む勇気と力をもらえる。
――シディア様にも、早く会いたい。
会うだけじゃ足りない。
全身くまなく触れ合って、自分の存在を確かめたい。名前をたくさん呼んでもらって、『お前は俺のものだ』って言ってほしかった。
――結構、進んできた気がするけど……今は〈地下〉のどのあたりなんだろう。
光の糸はまだ先へと続いている。
この糸が見える限り、足を止める気はないけど、自分が今〈地下〉のどのあたりにいるのかは気になった。
――そもそも〈地下〉ってどのくらいの広さなんだろう。もし本部みたいに、いくつも階層があるんだとしたら……おれはちゃんとここから出られるのかな。
この糸が導く先にあるのは出口なんだろうか。
糸がどこに繋がっているのか気になって、下ばかり見ていた視線を遥か先へと向ける。
そのとき、パンッと何かが弾けるような高い音がして、暗闇の世界に光が戻ってきた。
「……っ!」
エネルギーの供給が再開したのだ。
ホニベラ様も『この暗闇は長く続かない』と言っていたけど、まさかこんなに早く復旧するとは思わなかった。
――近くに人の気配はないみたいだけど。
おれが立っていたのは細い廊下だった。
ちょうど角を曲がったところだったので、背後からの人の視線はない。進んでいた方向にも今は誰もいないみたいだった。
だけど、どこにも身を隠すところのない細い廊下だ。もし前から誰かが来たら、すぐに見つかってしまうことになる。
――それにおれ、裸のままだった。
すぐに外皮を纏おうと思ったけど、まだ魔力はほとんど回復していなくて無理だった。
おれは全裸のまま、廊下を進む。
明るくなったせいで光の糸は見えなくなってしまっていたけど、どっち向かって続いていたかは覚えている。
今はその道筋どおりに進むしかない。
「――ッ!!」
突然、高いサイレンの音が響き渡った。
続いて無機質な声の放送が流れる。
『緊急通告。被験体が実験区画より脱走しました。全員、至急捜索態勢に移行してください。発見した場合は直ちに拘束。繰り返します――』
おれのことを言っているのは間違いなかった。
――早く逃げないと。
慌てて駆け出す。
細い廊下をしばらくまっすぐ進んだ。
廊下の突き当たりは左右どちらにも道が続いているけど、光の糸が右に折れていたのは覚えていたおれは、走る速度を緩めずに廊下を右に曲がる――ドンッ、と何かにぶつかって止まった。
「おっと」
「!!」
衝突したのは人だった。
しかも、その人の腕に捕まってしまっている。
どうして曲がる前に、ちゃんと確認しなかったんだろう。なんとかして相手の腕を解こうとしたけど、力が強すぎるせいで身動きが取れなかった。
「離せ――ッ!!」
「おいおい、暴れんなって……お前、バンだろ?」
「え…………その声」
おれは、ぴたっと動きを止めた。
頭の上から聞こえてきた声に、聞き覚えがあったからだ。
そろそろと顔を上げる。
おれをじっと見下ろしていたのは、三十代後半から四十歳くらいの男の人だった。
見上げるほど背が高くて、がっしりと鎧のような厚い筋肉に覆われた身体は、まさに戦う人のそれだ。浅黒い肌にはたくさんの古傷があって、左頬にも目立つ大きな傷跡が残っていた。
普通なら近寄りがたい雰囲気の人だけど、全くそう感じないのは、その人の表情のおかげだ。歯を見せて、にかっと笑う顔には誰もが心を許してしまう無邪気さがある。
――初めて見る顔だ……だけど。
この人に会うのは初めてじゃない。
ぽんっと頭に触れた手の大きさとぬくもりを、おれはちゃんと覚えていた。
「……アカゾメ、さん?」
「おう、赤染だ。そうなるような気はしてたが、まじでここで再会するとはな」
アカゾメさんはそう言うと、くしゃくしゃと髪をかき混ぜるみたいにおれの頭を撫でた。
190
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。
第二話「兄と呼べない理由」
セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。
第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。
躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。
そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。
第四話「誘惑」
セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。
愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。
第五話「月夜の口づけ」
セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる