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84 束の間の安らぎ
しおりを挟む「さっき流れた脱走者の放送、お前のことだろ? あいつらが探しにきたら厄介だし、いったん引き返すか」
「え、あ……ちょっと」
アカゾメさんは一方的にそう言うと、戸惑うおれの身体を軽々と抱き上げた。
すたすたと早足で、もと来た道を戻っていく。
「ところでお前、なんで裸なんだ?」
「……いろいろあって」
「あいつらの悪趣味な実験に付き合わされたか? 災難だったな。きつかったろ」
「…………っ、う」
まだ無事に脱出できたわけでもないのに、いろんな感情が綯い交ぜになって涙が込み上げた。
アカゾメさんは、そんなおれの背中を優しくさすってくれる。
「身体もしんどいんだろ? 落っことしたりしないから、力抜いて楽にしとけ」
この〈地下〉で、そんな優しい言葉をかけてもらえるなんて……緊張で強張っていた全身から一気に力が抜けていく。
おれはアカゾメさんのがっしりした身体に、ぽふんと体重を預けた。
――アカゾメさんってやっぱり、父さんに似てる。
だから、こんなにも安心できるんだと思う。
「……どこに、向かってるの?」
「オレ用に作られた特別牢だよ。オレの力を封じるために作られた場所だからか、怪人どもは防護服なしじゃ近づけないらしくてな。お前を匿うならちょうどいいだろ」
「え……おれも怪人なんだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。オレがぶっ壊しちまったあとだからな。まだ気づいてないあいつらは、お前がここに逃げ込めると思ってないだろうし――っつうか、この廊下の先にあんのは特別牢だけだから、お前はなんか知ってて、こっちに逃げてきたのかと思ったぜ」
「おれは――」
おれは光の糸を辿って、ここまで来たことをアカゾメさんに説明した。
「光の糸、ね……それって信用できるもんなのか?」
「できるよ。おれが一番信用してる人が見せてくれたものだから、絶対に信用できる」
「っはは、断言すんのな。っつうことは、お前を助ける鍵はオレってことか――と、着いたぞ」
「ここが…………特別牢」
牢の扉前に、そっと下ろされる。
アカゾメさんのために作られたという特別牢は、牢というより凶暴すぎる猛獣を隔離しておくための檻のようだった。
ただの金属ではなさそうな初めて見る素材で編まれた格子の箱。さらにその周りは、分厚い強化ガラスの壁で覆われている。
どちらも、どんな攻撃も跳ね返す仕様で作られた素材だろう。
檻の中に入る扉は一つだけ。
その真っ黒な扉を幾重にも施錠し、中のものを完全に封じ込めていただろう鍵は今、すべて壊された状態だった。
「アカゾメさん、どうやってここを出たの?」
「協力者に頼んで、オレに繋がってた機械をちょちょっと弄ってもらったんだよ。あいつらのエネルギーに変換されてた力さえ戻りゃ、こんな鍵をどうにかするなんて難しくないからな」
「エネルギーに変換されてた力……? もしかして、エネルギーの生産量が減った原因って」
「もしかしなくても、オレが機械を弄らせたせいだな」
レクセが話していた、エネルギーの生産量減少。
アカゾメさんに何かあったせいでそうなったんじゃないかって心配していたけど、そうじゃなかったことに安堵する。
「それじゃあ、アカゾメさんは前から逃げる計画をしてたってこと?」
「ああ。最近は不穏な話ばっか聞こえてくるし、そろそろまずい気がしてきてたからな。そのタイミングで〈地下〉で協力者が見つかったってのも大きいが」
「さっきも言ってたけど、その協力者って……?」
「ラーギだよ。お前の先輩なんだってな」
「……っ」
なんとなく、そうなんじゃないかと思っていた。
アカゾメさんを助けるために動いたのは、ラーギ先輩なんじゃないかって。
「できれば、あいつとも合流したいんだけどよ。どこにいるか、わかんなくてな。バンはなんか知らないか?」
「……ラーギ先輩は、その」
知っている。
だけど、それを言葉にすることはできなかった。
急に黙り込んだおれを不思議に思ったのか、アカゾメさんがおれの顔を覗き込む。曇った表情のおれに気づいて、大きな手でおれの両肩を掴んだ。
「まさか、あいつらにバレたのか?」
「っ…………ラーギ先輩は、おれの目の前で」
「いい。無理に言葉にすんな……そうか。お前がつらそうな顔をしてたのは、実験のせいだけじゃなかったんだな」
アカゾメさんの太い腕に抱きしめられる。
おれが落ち着くまで、とんとんと優しく背中を叩いてくれた。
「ごめん……取り乱して」
「気にすんな。そんなとこ見せられて、平気でいられるわけねえだろ……ただそろそろ、ここを出る算段を立てたほうがよさそうだな」
アカゾメさんの言うとおりだった。
すでにおれの脱走はバレているのだから、できるだけ早く、この場所を離れたほうがいい。
「と、その前に――お前の手首についてるそれ、外したほうがよさそうだな」
「え……あ」
アカゾメさんは、おれの左手首を指差す。
そこには、ツィーガに騙されて装着してしまった黒印つきの腕輪がはまったままだった。
「追跡機能はなさそうだが、ろくなもんじゃないだろ?」
「でも、これ……黒印に縛られてるから外せなくて」
「黒印つっても契約書も命令書もなしの略式だろ? ほら、こっちに見せてみ」
おれが左手を差し出すと、アカゾメさんは腕輪に刻まれた黒印を確認した。
しばらく眺めて「これならいけそうだな」と呟いたかと思えば、自分の人差し指にがじっと齧りつく。
「え……ちょっと、アカゾメさん。何して」
犬歯の刺さった指先からは血が滲んでいた。
アカゾメさんは、親指で傷の横をぎゅっと押さえてさらに血を出すと、その血をおれの腕輪に擦りつける。
「え、え……?」
「略式は血の契約だからな。血で簡単に消せるんだ。まあ、オレみたいな特殊な血の持ち主にしかできない荒技だけどよ――ほら、消えたぜ」
「……本当だ」
腕輪にあった黒印が消えていた。
その腕輪もアカゾメさんがピンッと指で弾くと、そこからヒビが入って真っ二つに割れる。がしゃん、と重い音を立てて床に落ちた。
「外れた……もう、だめかと思ったのに」
何もなくなった手首を、反対の手でさする。
この腕輪をつけられてから、いろいろと散々だったことを思い出していた。
身体を操られて、心まで乗っ取られそうになって――そんなふうに考えたくはなかったけど、もうだめなんじゃないかって何度も思った。
「ありがとう……アカゾメさん」
「別に大したことはしてないけどよ。お前が救われたってんならよかったよ」
「うん…………っ、て……あれ?」
何もしていないのに、心臓が不自然にどくんと跳ねた。
違和感に胸を押さえていると、今度は目がおかしくなってくる。視界の端からじわりと黒い何かが滲み出してきたのだ。
「何……これ」
目を擦っても黒色は消えない。
それどころか、どんどん広がってきている。
「どうした? バン」
アカゾメさんの心配する声が聞こえたけど、それに答えを返す余裕はなかった。
息が苦しい。
一生懸命吸おうとするのに、喉が塞がってきてあまり吸えない。頭ががんがん痛み始めて、ぐらっと足元が揺れる――もう立っていられなかった。
「――バン!!」
それはアカゾメさんの声じゃなかった。
おれの身体を下から支えた腕も、アカゾメさんのものじゃない。
この声と、ぬくもりは――。
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