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85 もっと触れていたかった
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名前を呼びたかったのに、声が出なかった。
代わりに、涙がぼろぼろとあふれる。
ただでさえ視界は黒に塗りつぶされつつあるのに、残った正常な部分も涙で滲んで見えにくくなる。
――シディア様……シディア様の名前、呼びたいのに。
「バン、ちゃんと聞こえている。来るのが遅くなってすまない」
うっすらとだけど、美しいオーロラ色が見えた。
すぐ近くに一番会いたかった人の顔がある。
おれを抱きしめてくれていたのは、シディア様だった。
どうやって、ここまで来たんだろう……ううん、今はそんなことどうでもいい。
身体はつらくて仕方なかったけど、本物のシディア様が傍にいてくれることが嬉しくてたまらなかった。
――シディア様、会いたかった。
離れていたのはほんの少しだったけど、たくさんの恐ろしいことがありすぎて、途方もないくらい長い時間に感じた。
会いたくて、触れたくて、どうにかなってしまいそうだった。
――でも、せっかく触れてるのに……身体の感覚がなくなってきてる。
全身がどんどん冷たくなっていっているのがわかる。
目の前にいるシディア様の背中に腕を回したかったのに、少しずつ硬くなっていく腕はどうやっても持ち上がらなかった。
「――黒印の腕輪。どうやら別の罠が仕掛けてあったようだな。無理やり外せば、この〈毒〉が身体を巡るよう細工されていたらしい」
「くそ……そういうことかよ」
シディア様に続いて声を発したのは、アカゾメさんだ。アカゾメさんは突然現れたシディア様に、全く驚いていない様子だった。
おれたちのすぐ傍までやってきて、さっきまで腕輪があったおれの左手首に触れている。
二人ともそんなに近くにいるのに、おれの目はほとんど黒に埋め尽くされかけていて、二人のこともぼんやりと影のようにしか見えていなかった。
――シディアさま……おれ、このまま死ぬの?
自分が少しずつ弱ってきているのを感じる。身体がじわじわと毒に蝕まれているのがわかる。
死が確実に迫っているのを感じていた。
「死なせない。気をしっかり持て、バン」
おれの考えていることがそのまま伝わっているのか、シディア様はそうはっきりと答えてくれる。
でも、この毒をすぐに治す手立てはないようだった。
「あいつらの仕掛けた毒か……こりゃ厄介だな」
「ああ……間違いなく、〈地下〉で作られた毒が使われている。解毒薬はあるのだろうが、簡単に差し出すとは思えん。しかし、解毒薬なしで治療できる場所は限られている」
「だな。この〈地下〉と、もう一か所は――」
アカゾメさんには心当たりがあるようだったけど、なぜかそこで言葉を止めた。
代わりに言葉を紡いだのは、シディア様だ。
「アカゾメ――お前にバンを頼みたい。そのもう一か所に、バンを連れていってくれないか」
「お前、いきなり現れたかと思えば……でもまあ、バンがこうなっちまったのはオレのせいだからな。お前が印をつけるような相手だってのに――悪かったな、ディア」
「いや……俺が先にバンを救出していても、同じことになっていたと思う。お前が向こうの手に落ちていなかっただけ、よかったと思うべきだろう」
二人の会話は敵同士とは思えなかった。
まるで古くからの親友みたいだ。
シディア様のことを『ディア』と親しげに呼んだアカゾメさんは、「だがよ」と低い声で続ける。
「今のオレには、あっちに戻る手段がないぞ」
「それならば用意してある」
「お前っ! これ……まだ持ってたのか?」
声しか聞こえないおれには、アカゾメさんが何に驚いているのか、わからなかった。
おれにわかるのは、二人がどうにかしておれを助けようとしてくれていること――そのために、シディア様がアカゾメさんの力を借りようとしていることだけだ。
「――頼めるか? バンは俺の最愛なんだ。失いたくない」
最愛――シディア様がおれをそう言ってくれたことに、また涙があふれた。
「失わせるかよ。バンのことはオレに任せろ――んで、お前は早いとこ決着をつけて、バンを迎えにこいよ」
「ああ、わかっている」
二人のあいだで話が決まったみたいだった。
アカゾメさんはおれの肩をぽんぽんと叩いたあと、一度おれたちから離れる。
傍にいるのはシディア様だけになった。
「またしばらく離れることになる――だが、必ず迎えにいく」
そう言いながら、おれの身体に布を巻きつけてくれた。
たぶん、シディア様が羽織っていた外套だ。
――シディア様と、また離ればなれになるなんて……嫌だ。
おれを治すためだっていうのはわかっていたけど、身体も心も弱った今の状態で素直に頷くことはできなかった。
「それは俺も同じ気持ちだ。それでも決着をつけねばならん。これ以上、お前につらい思いをさせないためにも」
シディア様も同じ気持ちだと言ってくれた。
いつもより、まっすぐ気持ちを伝えてくれるシディア様の言葉一つひとつに胸が熱くなる。
今はそれだけで充分だと思わなきゃいけない。
シディア様をこれ以上、困らせるのはよくない。
――わかりました……でも、絶対に無理はしないでください。おれが一番大事なのは、シディア様だから。シディア様に、何かあったら……おれ。
「ああ、わかっている――俺も、お前が何よりも大事だからな。バン」
シディア様の唇が重なった。
唇の感覚はないけど、咥内の感覚はまだ少し残っている。舌を動かすのは難しかったけど、唾液と一緒に流れ込んでくるシディア様の魔力をすべてこぼさないように受け止めた。
シディア様の魔力はいつだって、おれを心地よくて幸せな気持ちにしてくれる。
だけど今は、切ない気持ちでいっぱいだった。
「アカゾメ、やってくれ」
「おう。久々なんで緊張するけどよ――――烈火牙装! 〈変身〉!!」
アカゾメさんがそう叫んだ瞬間、ぼんやりとしか見えていない目でもわかるくらい、あたりに真っ赤な閃光が走った。熱いと感じるくらいの風がぶわりと巻き起こったあと、風が光を吸い込むように一か所に集まっていく。
見えなくても、何が起こったのかわかった。
――そっか……アカゾメさんはヒーロー……〈レッド〉だったんだ。
前世テレビで見た戦隊ヒーローの変身シーンが頭をよぎる。
おれの意識はそこで、ぷつりと途切れた。
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