【完結】悪の幹部の息子に転生しました 〜首領様がえっちすぎて直視できません〜

コオリ

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87 自分を、自分たらしめるもの

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 意識が戻ってから三日が経ったけど、おれの記憶に戻る気配は全くなかった。
 十日間眠りっぱなしだった身体は普通に動かせるようになって、シロガネ先生からは病室の外に出る許可をもらえたけど、まだ一人で部屋を出たことはない。
 本当は誰かと一緒にいたいけど、周りの目が気になってしまうせいだ。

「おれは人間じゃなくて――怪人だし」

 記憶がなくても、その自覚はちゃんとあった。
 おれはベッドの上で精神安定剤代わりの黒いコートを抱えて座りながら、窓の外を見る。
 窓の外には四角く大きな建物がいくつも並んでいた。
 おれのいる病室は病院じゃなくて、災厄防衛中央局カラミティガードセントラルという組織の中にある。災厄防衛中央局は、怪人と戦うために人間たちが設立した組織だ。
 組織に所属する人たちにとっておれは倒すべき敵――ここにいていい存在じゃない。
 別に誰かに直接そう言われたわけじゃないけど、もし逆の立場だったら戸惑うだろうし、おれも周りの人を困らせたいとは思っていない。
 だからできるだけ、この部屋で大人しくしているつもりなんだけど――

「バンくん! ちょっといいかな?」

 組織の人間の中には、そんなことお構いなしにおれの部屋にやってくる人が存在する。
 その筆頭はアカゾメさんなんだけど……今、ノックなしに部屋に入ってきたこの人も、そんな奇特な人間の一人だった。

「アオナさん、でしたよね?」
「覚えてくれていたのか! そう、青那あおなで合っているよ」

 アオナさんは二十代半ばの男の人だ。
 背の高さはアカゾメさんと同じくらいだけど、体型は全体的に細め。といってもアオナさんも前線で怪人と戦っている人なので、きちんと鍛えられた肉体をしている。
 しゅっと切れ長の瞳と、ハーフアップにした長髪が印象的な人だった。

「おれに何か用ですか?」
「用ってほどのことではないのだけどね。怪人と交流を深めてみたいと思っていたところに君がやってきたから、ゆっくり話せないかと思ったんだ。昨日は自己紹介くらいしかできなかっただろう?」

 アオナさんは昨日もおれの部屋にやってきていた。
 そのときはアカゾメさんも一緒だったけど、今日は一人で来たらしい。

「怪人と交流を深めたい……ですか?」
「そうさ! 幸いにも、君にはこちらの言葉が通じる。こんな機会は滅多にないからね」

 怪人と人間の言葉は違う。
 でもおれには、どちらの言葉も流暢に話せるみたいだった。

「でも……人間の言葉がわかる怪人って、別に珍しくないですよね?」
「違うよ、バンくん。『わかる』と『通じる』は別物だ。同じ言葉を話していても、話が通じない者はたくさんいる。それは人間同士であってもよくあることだ」
「確かに……そうかもしれません」

 今のおれにそういう経験をした記憶があるわけじゃけど、アオナさんの言ったことは理解できた。
 過去の経験が、感覚として残っているのかもしれない。

「ほら、やっぱり君は話が通じる」
「だとして……怪人と交流を深めたりして、アオナさんは戦いにくくならないんですか?」
「それはないな。君とは戦いにくくなるかもしれないが、俺に影響があるとすればそれくらいだ。他の怪人と戦いにくくなるなんてことはないね」

 アオナさんは、すぱっとわかりやすい物言いをする人だった。ここまではっきり言われると逆に気持ちがいい。

「あ、でも……おれ記憶喪失だから、アオナさんが聞きたい話をできるかわかりませんけど」
「言っただろう? 怪人である君と交流を深めたいだけだって。怪人について何か探るつもりはないよ。それに――話しているうちに、君も思い出せることがあるかもしれないだろう?」
「……話しているうちに、思い出す?」
「さっきもそうではなかったかい? 記憶はなくとも、感覚として覚えていることはある。君がどんな人たちに育てられ、どんな環境で生きてきたのか――君を君たらしめるものは、ちゃんとバンくんの中にあると思うんだ」

 アオナさんはそう言って、自分のこめかみをトントンと叩いた。

 ――おれを、おれたらしめるもの。

 アオナさんの言葉は、不思議と胸にすとんと落ちた。記憶はなくても感覚が覚えているものは、確かに存在する。

「君は記憶を取り戻したいと思っているのだろう? ならば一人で部屋で閉じこもっているより、誰かと話したほうがいいと思うんだ。とはいえ、怪人の君から人間に話しかけるのは難しいだろう? そこで俺の出番というわけだ」
「それは……そうなのかもしれませんけど」
「何か迷うことがあるのかい? よければ教えてくれないか」

 おれは俯いたまま、ぽつりと吐き出す。

「…………思い出していいものなのか、わからないんです。もし、何か嫌なことがあって忘れてるんだとしたら、思い出さないほうがいいんじゃないかって……そう思っちゃって」

 記憶を取り戻したい気持ちはある。
 だけど、シロガネ先生とアカゾメさんが言っていた『心理的なものが原因かもしれない』という言葉が気になっていた。
 特にアカゾメさんは、前のおれを知っている。そのアカゾメさんがそう言うのだ……思い出さないほうがいい記憶なのかもしれない。
 おれは無意識に黒いコートを抱きしめた腕に、ぎゅっと力を込めていた。

「そうか。それで、君はどうしたい?」
「え? おれ……ですか?」
「そうだ。記憶がなくとも、君の感情を一番知っているのは君だ。今の自分がどうしたいか、それを基準に考えればいい――どうしたいんだ?」
「おれは、思い出したいです」

 その言葉が自然と口から出た。

 ――そうだ……おれは思い出したいと思ってる。

 思い出すのが怖い気持ちはあるけど、でもそれ以上に、おれにはずっと気になっている心の隙間があった。
 この隙間は、記憶を取り戻さないと埋まらない気がする。

「アオナさん、おれの話し相手になってくれますか?」
「もちろんさ! 喜んで!」

 ぱあっとした笑顔になったアオナさんに手を強く握られる。
 突然のことに驚いたけど、握った手を嬉しそうにぶんぶんと振り回すアオナさんの反応に、おれも思わず笑ってしまった。



   ◆◆◆



 アオナさんとは、二時間くらい他愛ない話をした。
 怪人であるおれと交流を深めたいと言った言葉に嘘はなくて、怪人について何か質問してくるというよりは、ただただお互いの価値観について話をした。
 何が好きとか嫌いとか、そういう感覚は記憶がなくてもおれのなかにあって、聞かれると自然と答えが出てくるのが不思議だった。
 おれも知らないおれを知れるアオナさんとの交流は、ここに来てから初めて楽しいと思える時間だった。

「楽しかった分……寂しくなるのは仕方ないよね」

 夜、一人になった部屋で呟く。
 記憶がないからか、一人になるといつも孤独感からくる強い不安に襲われた。この孤独感は、黒いコートをどれだけ抱きしめても紛らわすことができない。
 夜寝る前のこの時間はその不安感が特に激しくなるみたいで、初日は涙があふれて止まらなかった。誰かに助けを求めたかったけど、一番呼びたい名前をどうしても思い出せないのが悲しくて、つらくて――記憶をなくしてしまった自分をたくさん責めてしまった。
 そんなことをしても、どうにもならないのはわかっているのに……今日もまた、同じ負の連鎖に陥ってしまいそうな自分がいる。
 でも、そんなおれの思考をノックの音が遮った。

「どうぞ」

 部屋に入ってきたのは、おれが待ちわびていた人だ。

「……シアさん」

 それがこのシアさんだった。
 歳は二十歳くらい。艶やかな黒髪と吸い込まれそうな深い青色の瞳の持つ男の人だ。
 それに見惚れてしまうくらい整った顔立ちをしていた。

「…………」

 シアさんは言葉が話せなかった。
 最初、無言で部屋に入ってきたときは怖い人かと思ったけど、その印象は手が触れた瞬間に変わった。
 シアさんの手は、不思議な手だった。
 その手で撫でられると、不安が溶けるように消えていく。
 シアさんはそうなることを知っていたみたいに、毎晩おれがベッドに入る時間にやってきては、おれが眠るまで優しく頭を撫でてくれた。

 ――シアさんの手は、どうしてこんなに落ち着くんだろう。

 何か特殊な力を持った人なんだろうか。
 でもそのおかげで、おれは不安を忘れて眠ることができる。
 今日もシアさんの手に誘われるように、心地よいまどろみがやってくる。
 ふわふわとした気持ちよさに目を閉じると、瞼の裏にオーロラのように揺らめく美しい色の光があふれた。
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