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89 アカゾメさんの胸を借りるつもりで
しおりを挟む「あー! もう! 今のはいけると思ったのに!!」
触腕を床すれすれに走らせてアカゾメさんの足を払い、その隙を狙って飛びかかるつもりでいた。でも初撃は跳んで避けられて、すぐさま入れた中段への横薙ぎも軽く受け流されてしまった。
どうやったらあんな立派な筋肉を纏った重そうな身体で、こんなにも身軽で素早い動きができるんだろう。理解できない。
空中であそこまで自在に体勢を変えるなんて、普通は不可能な気がするのに。
諦めずに着地地点を狙って、鞭にようにしならせた触腕を数回角度を変えて振り下ろしたけど、アカゾメさんの身体に当てられたのは、たった一回だった。
その一回も手加減せずに打撃を加えたはずなのに、アカゾメさんの肌にはかすり傷一つ残せていない。当たった場所が少し赤くなっただけだった。
「アカゾメさん! もう一本!!」
「おいおい、バン……お前、今ので二十本目だぞ」
「おれ、まだやれるけど」
「オレが疲れたんだっての。お前、あれだけめいっぱい走らせてやったのに……タフすぎやしないか?」
アカゾメさんは大きく息をつきながら、床にどかっと座り込んだ。着ていたシャツを脱ぎ、そのシャツで顔をがしがしと豪快に拭いている。
「……そうかなぁ?」
うーん、と首を傾げる。
おれとしては『まだ二十本しかやってないのに』という感覚だった。
確かに無駄にたくさん走り回った気はするし、そのときは息が切れるくらいしんどかったけど、別に休憩を挟むほど蓄積した疲労感はない。
「体力バケモンかよ。お前との持久戦はキツそうだな」
「アカゾメさんを持久戦に持ち込めるほど、おれは強くないし」
「それだけが救いだわ」
これがもし本物の戦闘で、アカゾメさんが本気で攻撃を仕掛けてきていたら、おれは間違いなく一回目で戦闘不能にされていた。
力の差はそのくらい歴然だった。
要するに、おれは再戦の回数だけアカゾメさんに倒されているわけだ。
「あとお前、どんどん動きがよくなってないか?」
「アカゾメさんもやっぱりそう思う? おれもやってて、そんな気がしてたんだけど」
「それと頭の左側についてるそれ、最初に変身したときはなかったよな。それって外殻か?」
アカゾメさんが言っているのは、おれの左耳から左目のあたりまでを覆っている仮面のような外殻のことだった。元は左耳にあったピアスのような小さな牙型の外殻だったんだけど、それが模擬戦の最中にこの形に変化したのだ。
左目はその外殻に完全に覆われてしまっていたけど、逆によく見えるようになっていた。左耳も外殻に下に隠れてしまっているけど、そっちも外殻が変形する前よりもよく聞こえるようになっている。
「そんなふうに変形するもんだったんだな」
「そうだったみたい」
実のところ、おれもよくわかっていなかった。
でも、この外殻が変形したあとから、自分の動きが格段によくなった自覚はあったし、お腹から生やした触腕も思いどおりに動かせるようになった。
この外殻のおかげでパワーアップしたのは間違いない。
「やっと動きのコツも掴んできたし、もうちょっと模擬戦やりたかったんだけどなぁ」
「じゃあ、俺と手合わせ願えるかな?」
「あ! アオナさん」
「赤染さん相手に、果敢に挑むバンくんを見ていたら触発されてしまってね。構いませんか? 赤染さん」
「おう。オレはいいけどよ――後ろのそいつは不満そうだぞ」
アオナさんの後ろには、不満を全く隠す気のない表情と態度をした男の人が立っていた。
成人ぎりぎりくらいの年齢に見える。
燃えるような赤毛と両耳についた大量のピアスが特徴的な人だった。
――この人……たぶん、レッドさんだよね?
その体格には見覚えがあった。
それに、この感情に素直すぎる子供のような態度にも既視感がある。
「紅乃、君もバンくんと戦いたいのか?」
「違えよ、別にそのちっこいのに興味はねえし」
クレノさんの言う『ちっこいの』というのは、おれのことだろう。
確かにアカゾメさんもアオナさんもクレノさんも皆大きいから、三人の近くに立つとおれはかなり小さく見える。
――でも、こうやって誰かを見上げるの……懐かしい感覚なんだよなぁ。
記憶が失くなる前のおれも、大きい人たちに囲まれていたのかな。
「じゃあ、どうしてついてきたんだ?」
「そりゃお前が戦うとか言い出すから!」
「怪我のこと、まだ気にしているのかい? もう治ったと言っただろう?」
「嘘つくなよ! ずっと動きづらそうにしてるじゃねえか! あのクソ戦闘員どもが使った毒のせいなんだろ!? オレを庇ってつけられた傷だってのに、なんでオレのこと責めねえんだよ!!」
「ちょっと紅乃、それは今ここでする話じゃ――」
「毒?」
興奮するクレノさんとそれを宥めようとするアオナさんの話に割って入る。
二人を会話を邪魔するつもりはなかったんだけど、クレノさんの言ったことが気になって、つい聞き返してしまった。
「話の邪魔すんじゃねえ!」
「模擬戦の邪魔をしているのは君のほうだからね、紅乃」
「…………」
アオナさんに指摘されて、クレノさんはむすっとした顔になる。
鋭い視線でおれを睨みつけてきたけど、殺気はなかったのでそこまで気にならなかった。
「何か気になったのかい? バンくん」
「毒って聞こえたのが気になって……なんで気になるのかは、わからないんですけど」
おれが『毒』という単語に反応したのは、本能的な感覚だった。だから理由はうまく説明できない。
でも、この感覚を無視する気にはなれなかった。
――どうして気になるんだろう。
おれは、アオナさんの身体をじっと視線を向ける。
そこに不思議なものを見つけた。
「あ、右の太腿……アオナさんが毒を受けたのって、そこですか?」
「正解だよ。どうしてわかったの?」
「この外殻越しに見たらそこ、変などろどろが纏わりついて……これが毒? ちょっと触ってみていいですか?」
「俺は構わないけど」
アオナさんの了承を得られたので、おれはそのどろどろに向かって手を伸ばす。
触れてみたものの、特に感触はなかった。
「……これ、吸い取れるかも」
「え?」
なんとなくだけど、そんな気がした。
どろどろに触れている指先に意識を集中すると、アオナさんの太腿に纏わりついていたどろどろが、すうっと消えていく。
あっという間に見えなくなった。
「……脚が、軽くなった」
「おれが毒を吸い取ったからだと思います。おれ、こんな力もあったんだ」
「待ってくれ! 毒を吸い取ったって、身体に取り込んだということかい? そんなことをして、バンくんは平気なのか!?」
「平気っぽいです。おれ、毒を分解できる体質なのかも」
この能力に関する記憶はなかったけど、本能的にそんな感じがする。
身体に入った毒を無効化する能力なのかな?
よくわからないけど、この毒が全く効かないのはわかる。
「――君たち、随分と興味深い話をしていますね。僕にも詳しく聞かせてもらえませんか」
そう言っておれたちの会話に割り込んできたのは、おれの主治医シロガネ先生だった。
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