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90 毒を操る戦闘員
しおりを挟む訓練場から連れ出されたおれとアオナさんは、シロガネ先生の診察室にいた。
おれと向かい合って丸椅子に座るアオナさんの背後には、呼ばれていないはずのクレノさんが立っている。クレノさんはまるでアオナさんを護衛するみたいに、おれのことを無言でじっと睨みつけていた。
「検査って時間かかるんでしょうか」
シロガネ先生は診察室に着くなり、『まずは検査させてほしい』と言って、おれとアオナさんから採血すると、それを持って診察室の奥にある検査室へと入っていってしまった。
検査結果が出るまで待っているよう言われたけど、どのくらい時間がかかるのかは聞かされていない。
「どうだろう。長くなるかもしれないし、待っているあいだ、また話でもしようか――後ろに余計なのがいて悪いけど」
「余計ってなんだよ! 心配して来てやったんだろ!」
「紅乃、声が大きいよ。それにバンくんのことを睨みすぎだ。これ以上、バンくんに失礼な振る舞いをするようなら、問答無用で追い出すよ」
「っ…………」
アオナさんに冷たく一喝され、クレノさんはしょぼくれた顔で俯いた。身体はアカゾメさんと変わらないくらい大きくて強そうなのに、その表情のせいでやっぱり小さな子供のようにしか見えない。
アオナさんはそんなクレノさんを無視して、「さて、何を話そうか」とおれのほうを向き直った。
「あの! アオナさんを襲ったっていう戦闘員について聞かせてもらうことってできますか? なんかちょっと引っかかる感じがして」
「ああ、構わないよ。どこから話すのがいいかな」
アオナさんはそう言いながら、さっきまで毒に侵されていた右太腿を手のひらで撫でた。
ゆっくりと落ち着いた口調で話し始める。
「――俺がここに毒を受けたのは二か月前のことだけど、戦闘員が毒攻撃を仕掛けてくるようになったのは約半年前からだ。それまで毒を使って攻撃を仕掛けてくるのは怪人だけだったのに、いきなり毒を操る戦闘員が現れたんだよ。戦い方以外もいろいろと違和感を覚える存在だったから、よく覚えている」
「違和感を覚える存在、ですか?」
「ああ。これまでの戦闘員と違って、彼らの動きからは意思が全く感じられなくてね。まるで自我を失ってしまったかのようだった」
「…………ッ」
また何か思い出しそうだった。
頭の奥がつきりと痛んで、またあの〈地下〉の光景が頭をよぎる。
でも、前と同じようにすぐ消えてしまった。
「自我を失った戦闘員による毒攻撃……」
なんだろう。やっぱり引っかかる気がする。
おれが黙って考え込んでいたら、今度はアオナさんではなく、クレノさんが口を開いた。
「様子がおかしいのは戦闘員だけじゃねえ。最近は怪人連中も妙なやつばっかりだ」
「紅乃」
「普通に話すだけなら、別にいいだろ」
クレノさんはそう言って唇を尖らせる。
おれを睨むなってアオナさんに注意されたからか、おれとは目を合わせてくれなかった。
「怪人も様子がおかしいんですか?」
「そうだね、紅乃の言うとおりだよ。最近の怪人は凶暴性が増している。理由もなく殺戮を楽しむ怪人まで出てきている始末だ――この数十年、怪人との戦闘は減っていたのに、この数か月はずっと増加傾向にある」
「怪人は皆殺しにしろっつう声が、うちの組織内でも上がり始めてるくらいだしな。赤染サンがてめえを連れてきたときも『そんな怪人、見殺しにしちまえ』って言うやつがいたっけ」
「ちょっと、紅乃」
「いいんです、アオナさん。おれ、それには気づいてたので――むしろ、人間は怪人をよく思ってないのが当然だと思ってたから、助けてもらえたことのほうが純粋に驚きだったんですよ」
「バンくん……」
あえて気づかないふりをしていたけど、訓練場に集まっていた人たちの中にも、おれに殺意を向けてくる人は何人もいた。
それでも誰も何もしてこなかったのは、あそこにアカゾメさんがいたからだろう。
「もしかして……あの模擬戦にも、何か意味があったんですか?」
「そうだよ。もう隠しても仕方ないから話すけど、あの模擬戦はバンくんを試すものでもあったんだ。君が人間にとって害のある怪人かどうか、それを見極めるためにね――結果として、君を殺そうと思う人間は減ったんじゃないかな」
「え!? どうしてですか?」
「怪人の力を解放したあとも、あんな楽しそうな顔でアカゾメさんに挑んでいく姿を見せられたらね」
「……おれ、そんなに楽しそうな顔してました?」
「してたよ。アカゾメさんもすごく嬉しそうで、見ていた俺たちも微笑ましい気持ちにさせてもらったからね」
そんなふうに見られていたのは、ちょっと恥ずかしい。
模擬戦を始める前は周りの視線を気にできていたけど、始まってからはアカゾメさん以外に意識を向けてある余裕なんてなかった。
そうしないと、アカゾメさんにすぐにやらてしまうからだ。
「でも……そんなことだけで、怪人を許せるものなんですか?」
「怪人を許すというよりは、君という怪人を認めるということだね。相手を知ろうともせず、ただ『殺せ』というのは違うだろう? 怪人だからといって、無差別に殺していい理由にはならない。うちの組織にはそう考えている人間も多いんだ。伝説と呼ばれる赤染さんの影響が大きいんだと思うよ」
「アカゾメさんは、そういう考え方なんですね」
「ああ。それは俺も同じだよ。相手を知るという行為をとても重要だと思っている。バンくんと話したいと言ったのも、そういう気持ちがあったからなんだ。そして、今こうしてバンくんが人間を知ろうとしてくれていることも、いずれは大きな意味を持つんじゃないかと思っているんだけど――――と、話が逸れてしまったね」
アオナさんはそう言って小さく咳払いすると、さっきまで話していた戦闘員のことに話題を戻した。
「それで毒を操る戦闘員だけど、彼らは体液そのものが毒だとわかった。だから彼らも少しずつ毒に侵されていてね。こちらが攻撃を仕掛ける前に、自らの毒で死に至った戦闘員もいたくらいなんだ」
「え……なんですか、それ」
「やっぱり変だと思うよね? そんな彼らを見た銀先生は『彼らは無理やり改造を施された戦闘員ではないか』と仮説を立てていたよ」
「――僕は今も、その説が有力だと思っていますよ」
シロガネ先生が検査室から出てきた。
手に持ったタブレット端末を操作しながら、おれたちのところまでやってくる。端末の画面がおれたちにも見やすいように、診察デスクのモニターに映し出した。
「バンくんの言ったとおりでした。貴方には毒を無効化する能力があるようです。その能力のおかげで、青那くんの体内から毒は検出されなくなりましたよ」
「ッ、本当か!?」
誰よりも早く反応したのはクレノさんだった。
大きな声に驚いて振り返ると、手の甲で目元をごしごしと擦っているクレノさんをうっかり目撃してしまう。
おれは気づかれる前に、くるっと前を向き直した。
「――やっぱり、おれには毒を無効化する能力があったんですね」
「でもそうだとしたら、おかしくないかな? ここに運ばれてきたとき、バンくんは毒に侵されて瀕死状態だったんだろう?」
「あ……そういえば」
確かにおかしかった。
毒を無効化する能力があるなら、そんなことにはならないはずなのに。
「何もおかしなことはありませんよ。バンくんの能力は魔力によって発動するものでした。魔力枯渇の状態では能力そのものが機能しない。あのときバンくんの魔力残量はほぼゼロに近い状態でしたから、毒を無効化できなかったのでしょう」
「……そうだったんですね」
「ええ。それにしても、自分だけでなく他者の毒も消し去ることができるとは――非常に興味深い能力です」
眼鏡越しのシロガネ先生の目が輝いている。
これはまだ、しばらく離してもらえる気がしなかった。
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