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92 愛が運んできたもの
しおりを挟む「アオナさんは、怪人の外殻のどういうところが好きなんですか?」
そう聞かずにいられるわけがない。
アオナさんはくるっとこちらに顔を向けると、きらきらと目を輝かせながら口を開いた。
「そうだね。一言で言い表すのは難しいから、俺もさっきのバンくんみたいに少しだけ語らせてもらおうかな――怪人の外殻のよさといえば、まず無機物とは違う『生きている』感があることだ。外殻は金属のような質感であっても『生物としての躍動』を感じずにはいられないだろう? それに左右非対称な装飾が多いところも、くすぐられる部分だね。右腕にだけ刃がついていたり、左肩にだけ巨大な肩甲がついていたり、そういうまさに異形といった感じが好きなんだ。あとは外殻の隙間から見える軟質組織もたまらなく魅力を感じる部分かな。脈打つ管や鼓動に合わせて光る核が覗いていたりすると、ぞくぞくするというか、ぎゅっと心臓を掴まれたみたいになるというか――とにかく、ときめいてしまうよね!」
「わかります!!!」
思わず大声を出していた。
だってあまりにも、アオナさんとときめく箇所を理解できたからだ。『おれも好き! そこ、たまんない! えっちだよね!!』と立ち上がって叫びたくなる気持ちはなんとか堪えたけど、同意を告げずにいることは不可能だった。
「今のは俺のフェチのほんの一部だけどね。でも、バンくんならわかってくれる気がしたよ」
「わかります! あー、なんでおれ記憶がないんだろう。語りたいことが山ほどある気がするのに、思い出せないから言語化できなくてつらすぎる!!」
記憶が失った弊害がこんなところにもあるなんて。
地団駄を踏んで悔しがっていると、アオナさんはおれの肩に手を置いて「まあまあ」と優しく宥める。
「記憶がない分、映像を新鮮な気持ちで楽しめるかもしれないよ?」
「!! それはあるかもしれませんね!」
盲点だった。
おれはディスプレイに視線を向ける。
ちょうどアカゾメさんが大勢の戦闘員と接敵したところだった。
「戦闘員もいいですよね! この統率された感じが最高に萌える感じがして」
「バンくんはそういうのもいける系? でもわかるよ。いいよね!」
もはやアカゾメさんの戦闘よりも、そういうところばかり見ていた。
アカゾメさんの戦いっぷりもすごいんだけど、どうしても戦闘員のほうばかりに意識が向いてしまう。
「やっぱり……最近の戦闘員とは動きが全く違うな。変な不気味さや気持ち悪さもないし」
アオナさんは過去の映像の戦闘員と、最近の戦闘員の違いが気になっているみたいだった。
「あ、そろそろ怪人が出てくるよ」
アオナさんがそう言ってから数秒後、画面に大きな影が映る。
戦闘員とは明らかに違う独特な雰囲気。
影だけしか見えていない状態でも、強者の風格を漂わせる存在――怪人だ。
「――っ!!」
全身もまだ映し出されていないのに、その怪人の影が見た瞬間、ぎゅっと息が詰まる感じがした。
心臓がばくばくとうるさく鼓動し始める。
おれは無意識に両拳を震えるくらい強く握りしめていた。
「画質が悪いけどわかるかな? 怪人の背後にうねうね蠢いているものが映ってるだろう? 生えている位置も色も本数もバンくんのものとは違うけど、彼が操っているのも触腕と呼ばれるものだよ」
「……触腕が、八本」
「そう、彼は蛸の怪人だからね。腰から生える八本の触腕には、ちゃんと吸盤もあるんだよ」
アオナさんは怪人の姿を詳しく説明してくれたけど、その声はもうほとんど聞こえていなかった。
耳鳴りがする。
鼓動はどんどん速くなっていく。
――おれは……この怪人を知ってる。
そうだ。それもよく知っている怪人だ。
この触腕で遊んでもらったことがある。
いたずらっぽい笑みを向けられたことも、この手にたくさん撫でてもらったこともある。
それはわかるのに、これが誰なのか思い出せない。
最後の鍵がうまく開けなくて、おれの記憶はまだ手の届かない場所に閉じ込められたままだった。
――……っ、なんで。
焦りばかりが募る。
胸が苦しくなって、呼吸の乱れが酷かった。身体の震えも大きくなって、もう自分じゃ制御できない。
ディスプレイの映像に夢中になっているアオナさんは、そんなおれの様子に全く気づいていなかった。
「アカゾメさんとこの怪人が戦うのはこれが初めてではなくてね、三戦目だったかな。今日こそ決着がつく――誰もがそう思うくらい、この日の二人の戦闘は苛烈なものだった」
どちらが勝ってもおかしくないくらい、二人の強さはほぼ互角だった。
だけど、少しずつ蛸怪人が押され始める。
これが過去の映像だってわかっていても、おれは必死で蛸怪人のことを応援していた。
絶対に負けてほしくない。
無事でいてほしい。
そう願うのに、届かない。
アカゾメさんは次をとどめの一発にするつもりのようだった。
「……っ、嫌だ。負けないで」
「大丈夫だよ、バンくん。ここで怪人側に助けがくるから」
アオナさんの言ったとおりだった。
今まさに蛸怪人へ攻撃を繰り出さんとしていたアカゾメさんの前に一人の怪人が現れる――細身の女性の怪人だった。
「腕が、六本ある……」
「そうだよ。彼女は蜘蛛の怪人だからね。糸を使って戦う姿がとても美しいんだ。このときは牽制にしか使わなかったけどね」
蜘蛛怪人は自らが生み出した糸を使って、アカゾメさんを蛸怪人から遠ざけた。そしてすぐさま、地面に膝をついて動かない蛸怪人のもとへ駆け寄る。
「このあと蜘蛛怪人の彼女は、先の戦闘で疲弊していた赤染さんにとどめを刺すこともできたのに、そうせずに蛸怪人を守りながら退却するんだ――この二人は深い関係なのだと容易に推測できたそうだよ。この戦いのあと、赤染さんは怪人に対する考え方を変えたのだと記録にも残っているからね」
またしても、アオナさんの言葉はおれの耳に届いていなかった。
今もディスプレイに映し出されている、二人の怪人から目が離せない。
――この蜘蛛怪人も、おれのよく知ってる人だ。
おれは知っている。
この六本の腕で作る料理が絶品だってことや、大好きな甘いお菓子を食べると子供みたいに顔をくしゃっとして笑うことを。
それに、おれのことになると心配性だけど――でも、ちゃんとおれを信じてくれていることも。
「――父さん……母さん…………ッ」
口から出た言葉に気づいて、自分でも息を呑む。
記憶を封じ込めていた扉の鍵が開いた音が聞こえた気がした。
「え……?」
アオナさんが驚いた顔でこちらを見ている。
おれはふうっと小さく息を吐いてから改めて、おれが知っているよりもかなり若い父さんと母さんの映像に視線を向けた。
「この二人、おれの両親です。そっかぁ……二人はアカゾメさんと戦ったことがあったんだ」
「待って……もしかして、記憶が戻ったの?」
「そうみたいです」
どうして忘れていたんだろう。
どうして忘れていられたんだろう。
こんなに大切な人たちなのに――どれも、絶対に忘れようのないはずの記憶なのに。
「……っ、あ」
記憶が戻った衝撃もあって、しばらくぼんやりしていたけど、ハッとして時計を見上げる。
時刻はもうすぐ二十二時になろうとしていた。
おれは慌てて立ち上がる。
「すみません! 部屋に戻ります」
「え……ちょっと」
「今は急がなきゃいけなくて!!」
アオナさんの部屋を飛び出したおれは、猛ダッシュで自分の病室を目指した。
部屋はそこまで離れていないので、住居区画を抜けて角を一つ曲がれば、すぐにおれの病室がある廊下だ。
「……まだ、来てない?」
廊下は、しんと静まり返っている。
病室の手前、数メートルのところで立ち止まって呟いた瞬間、ゆらり、と不自然に廊下の影が揺らめいた。
壁や床から離れた影がふわふわと一か所に集まっていく。影は一つの大きな塊になると、今度はゆっくりと人の形へと変化していった。
「…………」
そのシルエットには見覚えがあった。
おれが眠る時間になると、いつも来てくれる――あの人に間違いない。
「シアさ、っ…………シディア様!!」
どっちの名前で呼ぶか迷ったけど――おれはずっと呼びたくて仕方なかった大切な人の名前を、その影に向かって叫んだ。
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