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93 月明かりの下で
しおりを挟む真っ黒なシルエットだったものが、おれの知っているシアさんの姿になる。
でも、変化はそこで終わらなかった。
髪がさぁっと風に舞うように揺れながら長さを変え、真っ黒だった毛先から深い青色が混ざって広がっていく。
細身だった身体はしなやかな筋肉で満たされ、力強さを纏っていった。
同時に背はすらりと伸び、立ち姿に威厳が増す。
そして最後に、おれを映す瞳にゆらりとオーロラが宿った。
「シディア様……ッ!!」
こちらを向いて腕を広げるシディア様に全速力で駆け寄って、その勢いのまま飛びつく。
ぎゅうぎゅうと力いっぱいにしがみついていたら、ふっと吐息で笑う声が上から降ってきた。
「バン、顔が見えない」
「あ……っ、話せるんですか?」
シアさんは話せなかったから、てっきりシディア様も声が出せないものだと思っていた。
驚いて顔を上げたら、オーロラ色の瞳に視線を搦めとられる。シディア様の顔から目が離せなくなった。
「この姿なら話せる――とはいえ、この器はただの〈影〉だがな。俺の実体ではない」
「あ、そうだったんですね。シアさんは、シディア様が能力で生み出した〈影〉だったんだ……」
シディア様に、〈影〉と呼ばれる分身を生み出す能力をあることは知っていたのに、言われるまで全く気づいていなかった。
意識して見てみても、本物との違いはわからない。
触れているところから感じる体温も鼓動も、おれのよく知るシディア様と何も変わらなかった。
――でも……今おれが抱きついてるの、本物のシディア様じゃないんだ。
せっかく触れ合えたと思ったのに、本物じゃなかったなんて――急に気持ちがしぼんできてしまう。
それが顔に出てしまっていたのか、シディア様の手がおれの頬をそっと撫でた。
「お前に直接触れたいと思っているのは、俺も同じだ」
「……っ!」
囁くように言ったあと、ひょいっと抱き上げられる。
今度はシディア様のほうから、ぎゅっと強い力で抱きしめられた。
――そうだ……器は本物じゃないけど、中身は本物のシディア様なんだ。
そう実感して、嬉しいのに胸がぎゅうっと苦しくなる。目頭が熱くなってしまった。
泣いてしまいそうなのを誤魔化そうと、シディア様の首の後ろに腕を回して、身体をさらに密着させる――そのときだった。
急にけたたましいサイレンが建物内に鳴り響く。
警告を知らせる赤いランプが明滅し始めた。
「えっ、何!?」
「――俺に反応したのだろうな。さすがに魔力を放出しすぎたか」
どうやらこのサイレンは、シディア様の魔力に反応したものらしい。慌てふためくおれに対して、シディア様は冷静そのものだった。
シディア様はおれを抱いたまま、コツコツと靴音を鳴らして窓際へと近づく。両開きの窓を外側に向かって大きく開け放つと、一瞬も躊躇することなく屋外へと飛び出した。
「わわ……っ」
風に押し上げれらるように、ふわっと上空へと浮上する。
災厄防衛中央局の建物全体が見下ろせる位置でゆっくりと停止した。
「賑やかだな」
自分のせいでそうなっているというのに、今も騒々しくサイレンが鳴り響き、赤いライトで照らし出されている建物を見下ろして、シディア様は不敵に笑っている。
さすがは幹部怪人といった風格だ。
そんなシディア様の横顔を、ぽっかりと浮かぶ青白い月が妖艶に照らしている。
「でも……どうして、こんなところに?」
こんな上空まで連れてこられた理由がわからなかった。
「逢瀬を邪魔されたくなかったからな」
「……逢瀬って」
「違ったか? 俺はそのつもりで、毎晩お前のもとを訪れていたのだが」
「っ…………違いません。記憶がなくて不安なときでもシディア様の手はすごく安心できて――会いにきてくれて嬉しかったです」
「あまり長くは滞在できなかったがな」
シディア様はそう言いながら、シアさんのときにもしてくれたように、おれの頭を優しく撫でてくれた。
――でもそれって……今日もすぐにいなくなっちゃうってこと?
シディア様がこちらに長く滞在できないのは、向こうで忙しいからだろう。
こちらに意識を飛ばしているあいだ、向こうのシディア様がどういう状態なのかはわからないけど、おれのために貴重な時間を割いてくれているのは間違いなかった。
「あの……ダーヴァロードは今、どうなっているんですか?」
聞くのは少し怖かったけど、おれはおそるおそる尋ねる。
シディア様は髪を梳いていた手を止めると、じっとおれの目を見つめながら、静かに口を開いた。
「ビィの叛逆により戦いが続いている――が、お前が心配するような状況ではない。皆よく戦ってくれているし、こちらに犠牲者は出ていない」
「父さんと母さんも……?」
「無事だ。お前の無事も伝えてある。記憶がないと話したら、『あの子は何も変わらないんじゃないですか?』と笑っていたくらいだ」
それを言ったのは母さんだろうな。なんとなく想像がつく。
でも、絶対に心配しているはずだ。
母さんはそういうときほど、明るく振る舞ってみせる人だから。
――父さんが傍にいるから大丈夫だとは思うけど。
それでも、やっぱり気になってしまう。
「シディア様は大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?」
「お前は、俺が弱いと思っているのか?」
「思ってないです! ないですけど……大切な人の心配をしちゃだめですか?」
シディア様が強いのは知っている。
あのアカゾメさんの部隊を壊滅状態に追い込んだことがあると話していたし――そう考えるとシディア様は、おれの知る中で最強の人なのかもしれない。
それでも心配は心配だった。
シディア様はおれにとって何者にも代え難い、大切な存在だから。
「……だめではない。心配されることにあまり慣れていないだけだ」
シディア様はそう言うと、目を細めてくすぐったそうに微笑んだ。シディア様がこんな顔で笑うなんて、かなりレアかもしれない。
きゅんと胸が高鳴って、顔が一気に熱くなる。
「お前に『無理はするな』と言われたからな。約束はちゃんと守っている――だから心配するな」
それは、おれが記憶を失くす直前に伝えた言葉だった。あのときは毒で衰弱しきっていて声が出せなかったけど、ちゃんと伝わっていたんだ。
たまらない気持ちになって、またぎゅっと強く抱きついてしまう。
「まだお前とこうしていたいが……そろそろ戻らなくてはな」
「え? もう、ですか?」
「ああ。それにアカゾメが『この状況を説明しろ』と下で騒いでいる。お前も戻ったほうがいいだろう」
おれにそんなアカゾメさんの声は聞こえなかったけど、耳のいいシディア様には聞こえているようだった。
下に視線を向けたけど、おれにはアカゾメさんがどこにいるのかもわからない。
――けど、やっぱり……一緒に戻れるわけじゃないんだ。
今の言葉はそういう意味だろう。
向こうに戻るのは、簡単なことじゃないのかもしれない。
おれ一人のために、人手を割ける状況じゃないのかも……それが想像できないわけじゃない、けど。
「シディア様、おれ――そっちに戻れませんか?」
そう聞かずにはいられなかった。
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