95 / 111
95 さすがにちょっと可哀想かなって
しおりを挟む「…………本物?」
ぽかんと口を開いたまま、呆然と固まる。
おれはまばたきをするのも忘れて、ラーギ先輩の顔をじっと見つめていた。
偽物には見えないけど、まだ全然信じられない。
ラーギ先輩は空中に浮かぶ黒いもやもやの中から、「ほっ」という軽い掛け声とともに飛び降りる。
すたすたと、おれのすぐ目の前までやってきた。
「そんなに目ぇ見開いてたら、目玉落っこちまうぞ」
「ラーギ先輩……なんで、生きて……あのとき、殺されたんじゃ」
「オレも死んだと思ったけどよ。このとおり、ちゃんと生きてるぜ」
ラーギ先輩は眉を下げて笑いながら、夢じゃないとでもいうように、おれの肩をぽんぽんと叩いた。
触れたのが左手であることに気づいて、おれはハッとラーギ先輩の左腕に視線を移す。
「その腕……」
「おう。怪人化したおかげで生えたやつな。かっけーだろ」
怪人化したラーギ先輩の左腕は、ほとんど白に近い青色へ変色していた。
前腕から手の甲にかけて、半透明の鱗に覆われている。鱗の下にはほんのりと発光する血管が透けて見えていて、見惚れてしまいそうなくらい綺麗だった。
「でも……あそこからどうやって助かったんですか? ツィーガも、ラーギ先輩のことは『死んだ』って言ってたのに」
「潜入してたホニベラ様とティッハ様が動いてくれたおかげだな。あのとき、クソでかい注射器を持って入ってきた戦闘員のこと覚えてっか? あれがホニベラ様たちだったんだよ」
「えぇ? あの二人が!?」
忘れたくて、頭から追いやろうとしていた〈地下〉での記憶を思い起こす。
――確かに、すごい身長差があった気がするけど。
でもまさか、あの戦闘員二人がホニベラ様とティッハさんだったなんて思いもしなかった。だけどそれなら、ツィーガの目を欺いてラーギ先輩を救出できたというのも納得できる。
「その感動の再会、オレも混ぜてくれよ」
そう言って話に割り込んできたのは、アカゾメさんだった。
「ゾメ! お前も生きてたんだな!」
「お前が手を回してくれたおかげでな。感謝してるぜ」
――そういえば、二人は〈地下〉で協力関係になってたんだっけ。
二人とも、お互いの無事が確認できて嬉しそうだった。
アカゾメさんは豪快に笑いながら、ラーギ先輩の背中を太い腕でバシバシと叩いている。
ラーギ先輩も「痛ぇーよ」と文句を言いつつ笑っていた。
――ラーギ先輩……生きててくれて、本当によかった。
やっと実感が湧いてくる。
目の端にじわっと滲んだ涙を指で拭っていたら、急に後ろから伸びてきた腕にぐいっと身体を引っ張られた。
「わ……っ、何?」
「――バンくん、下がって」
緊張した声で囁いたのは、アオナさんだ。
隣ではクレノさんが、噛みつく寸前の獣みたいに眉間に皺を寄せながら上を睨みつけていた。
「なんか厄介そうなのが来るな」
アカゾメさんも笑いを引っ込めていた。
真剣な表情で、クレノさんと同じところを見上げている。
「厄介そうなのって……?」
「ビィの軍勢か?」
おれの呟きに、ラーギ先輩が物騒な答えを返した。
次の瞬間、ラーギ先輩が出てきた黒いもやもやの隣に、赤いもやもやが出現する。
「――来るぞ!」
叫んだのはクレノさんだ。
その声に身構えたおれたちの前に、赤いもやもやから勢いよく誰かが飛び出してくる――というより、吹っ飛ばされたように転がり出てきた。
「…………え?」
そのまま地面に全身を打ちつけたその人は、ぴくりとも動かない。そんな正体不明の人物に、最初に近づいていったのはラーギ先輩だった。
「…………こいつ、ツィーガか?」
「え?」
言われてみれば、倒れている人が纏う怪人スーツには見覚えがあった。
それに髪の色もツィーガと同じだ。
「それ……ツィーガなの?」
おれも近づいてみる。
おそるおそる顔を覗き込んでみたけど、地面に倒れたまま動かない人がツィーガである確信は持てなかった。
その人の顔が、ぼこぼこに腫れ上がっていたせいだ。
「おい! もう一人来るぞ!!」
クレノさんが再び叫ぶ。
今度こそ、赤いもやもやから勢いよく誰かが飛び出してきた。
その人はおれたちには見向きもせずにツィーガへ馬乗りになると、すでに酷い状態のツィーガの顔に向かって何度も拳を振り下ろす。鈍い音がして血が飛び散った。
「ちょっと、レクセ! さすがにやりすぎだって!!」
あまりの光景に、思わず叫んでいた。
ツィーガを殴っているのが、幼馴染みのレクセだって気づいたからだ。
「あ? ……バン、どうしてこんなところに」
レクセはおれの声に気づくと、ツィーガを殴っていた手を止めた。
外殻で覆ったレクセの拳には、今ついたものではない黒ずんだ血の汚れもこびりついている。ツィーガの顔を判別できなくなるレベルまでぼこぼこにしたのは、レクセに間違いなさそうだった。
「それはこっちのセリフだって……ここ、どこだかわかってる?」
「どこって…………どこだ? ここ」
そうじゃないかと思ったけど、レクセは自分のいる場所がわかっていないようだった。
「おれがお世話になってた人間の施設だよ。今からそっちに戻るつもりだったんだけど」
「ああ、そういうことか……こいつは、その門を利用して逃げるつもりだったんだな。道理でちょこまかと逃げ回るわけだ」
レクセは納得したように頷くと、再びツィーガの顔に拳を振り下ろす。
「ちょっと、まだやる気? さすがに殴りすぎだって」
「正気に戻すためだ」
「え……物理でどうにかするつもり?」
「他に方法がないからな」
まさか、そういうつもりで殴っていたなんて。
でもレクセがそう言うってことは、マッド・ビィの洗脳を解く方法は物理攻撃しかないってことなのかな。
「おいおい、納得すんじゃねーよ。バン」
「えっ」
「殴ったところで、あいつの洗脳がどうにかなるわけねーだろ」
危うく納得しそうだったおれに、横からツッコミを入れたのはラーギ先輩だった。
「洗脳どうこう関係なく、バンを酷い目に遭わせた相手だからキレてんだよ。こいつは」
「ラーギ、余計なことを言うな」
「本当のことだろーが」
おれの知らないあいだに、レクセとラーギ先輩はこんな親しげに話す仲になっていたみたいだ。
っていうか、今の本当?
――レクセ、おれのために怒ってくれてんの?
おれだって、レクセが酷い目に遭わされたって聞いたら絶対にキレる自信あるけど……でも、レクセがここまで怒ってくれるなんて、ちょっと意外だった。
「ところで、オレもツィーガのこと殴りてーんだけど」
「オレもいいか?」
止めるのかと思いきや、ラーギ先輩とアカゾメさんもツィーガを殴りたいと言い始める。
二人とも本気のようだ。
「……ねえ、バンくん。これはどういう状況なのかな?」
困惑した様子のアオナさんに尋ねられた。
「……えっとですね」
それを聞きたいのはおれのほうだったけど、とりあえず、今がどうなっているのかを説明する。
ついでに、この状況をどうすればいいか尋ねた。
すぐに状況を理解してくれたアオナさんはしばらく考え込んだあと、何か思いついたようにポンッと手を叩く。
「このままでは戻るに戻れないし、洗脳されてる彼のことを銀先生に任せてみるのはどう?」
「あっ! それいいですね!」
ツィーガが三人に殴り殺されてしまう前におれにできるのは、それくらいしかなかった。
◆◆◆
シロガネ先生は、ツィーガのことを快く引き受けてくれた。『これで実験が捗りそうです』と笑顔で言っていたのは、ちょっと気になるけど……あのまま三人に殴られ続けるよりはよかったよね?
「んじゃ、戻るとするか」
そう言ってラーギ先輩が黒いもやもやに手を近づけると、もやもやがこちらに向かって伸びてきた。
そうやってもやもやに触れれば、向こうに帰ることができるらしい。
「お世話になりました!」
アオナさんたちに向かって頭を下げてから、おれも同じように手を伸ばした。
纏わりついた黒いもやもやに、身体を引っ張られるような感覚がする。ふっ、と急に身体が軽くなったかと思えば、次の瞬間、おれは黒い部屋の真ん中に立っていた。
「…………戻ってきた?」
この部屋は初めて来る場所だけど、見慣れた黒色にほっとする。
そんな長い期間離れていたわけじゃないのに、すごく懐かしい気持ちになるのは不思議だった。
「ほら、ぼーっとしてんなよ。行くぞ」
「行くって、どこに?」
「首領様のとこに決まってんだろ」
「……えッ?」
ラーギ先輩にいきなりそんなことを言われ、おれは目を瞬かせる。
動揺して動けずにいたら、遅れて戻ってきたレクセに「早く行ってこい」と背中を思いっきり叩かれた。
181
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。
第二話「兄と呼べない理由」
セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。
第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。
躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。
そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。
第四話「誘惑」
セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。
愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。
第五話「月夜の口づけ」
セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる