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96 自分の目が信じられない
しおりを挟む首領ガラディアーク様は執務室でおれを待っているとのことだった。
でも、ラーギ先輩がついてきてくれたのは、その執務室があるという階層の入り口までだ。そこから先は、漆黒の怪人スーツを纏った人たちが案内を引き継いだ。
下っ端戦闘員と同じ黒づくめだけど、階級の違いが一目でわかる見た目の人たちだった。
肌にぴったりと張りつく全身スーツの上に、同じ素材でできたロングコートを羽織っている。肩と胸の部分は外殻でできた異形らしい禍々しい装飾の黒い装甲に覆われていた。顔を隠す仮面は無表情だけど、両頬に刻まれたひび割れのような模様がそれぞれ違っている。
そんな人たちに前後左右を囲まれているせいで、おれの心臓はバクバクだった。
この人たちは首領様直属の精鋭部隊だったりするのかな。
――っていうかおれ、なんでガラディアーク様に呼び出されたんだろ……皆に迷惑かけたから怒られるのかな? ダーヴァロードを辞めさせられるとかじゃないよね?
頭の中は不安しかなかった。
執務室で待っているのはガラディアーク様だけなのか、それとも一緒に誰かいるのか――本当に何も知らされていない状態だったけど、おれは誘導されるまま前に進むしかない。
「…………っ」
廊下の突き当たり、重厚感のある装飾が施された黒い扉の前で、おれ以外の全員が同時に足を止めた。
心の準備をする間もなく、両開きの扉が外側に向かって開かれる。
――入れってこと……?
おれをここまで連れてきた四人のうち、二人は扉を押さえていて、あとの二人はおれの退路を断つように後ろに並んで立っていた。
その無言の圧に押されるように、おれはそろそろと執務室の中に足を踏み入れる。
「……失礼、いたします」
声が震えた。
身体も廊下を歩いているときから、ずっと小刻みに震えっぱなしだ。
「――来たか」
「……っ」
部屋の奥から、ガラディアーク様の声が聞こえた。
その直後、後ろで静かに扉が閉まる。
「奥へ――畏まる必要はない」
畏まるなと言われても、この緊張感の中で普段どおりに振る舞える人なんていないと思う。
本当はこの場から動きたくなかったけど、ガラディアーク様の命令に背けるわけがなく、おれは震える手足をなんとか動かして部屋の奥へと進んだ。
――……っ、ガラディアーク様だ。
窓際に立つガラディアーク様の後ろ姿が見えた。
外殻でできた闇色の全身鎧を纏っている。
折りたたんだ翼のようなマントを羽織っているから細かな部分は見えないけど、その隙間から覗いている部分だけでも圧倒されてしまうような、荘厳で神々しい支配者の背中だ。
「何を突っ立っている。近くへ来い」
「はっ……」
近くってどこまでだろう。
今、おれとガラディアーク様の距離は十歩分もないくらいだ。おれからしてみれば充分近い位置にいるんだけど。
半歩ずつ、おそるおそる距離を詰める。
手を伸ばしても、ぎりぎり指先が触れないくらいの位置まで頑張って近づいたけど、これ以上は無理だった。
今すぐにでもガラディアーク様の足もとに跪きたい気持ちを、ぐっと堪えて直立する。跪けと言われるより、跪くなと言われるほうがこんなにきついなんて知らなかった。
「――バン・クラードゥ。お前は自分が何故呼び出されたか、わかっていないようだな」
「っ……申し訳ございません!」
こちらを振り返ったガラディアーク様の鋭い言葉に心臓が跳ねた。
心当たりはいくつかあるけど、呼び出された理由がわからないのは事実なので謝ることしかできない。
「謝罪は必要ない。顔を上げて、こちらを見よ」
「……は、はい」
命令どおりに頭を上げた
そこまではよかったけど、どんなに頑張っても目が泳いでしまって、視線の位置が定まらない。
「我が怖いのか?」
「怖いというか……畏れ多い、といいますか」
「……本当に全く気づかんのだな」
「え?」
――気づかないって……?
なんのことを言われているのか全くわからなくて、おれはきょとんと聞き返す。
「こうすればわかるか?」
「――わっ!」
手がぎりぎり届かない位置に立っていたつもりだったのに、身体の大きなガラディアーク様は余裕で手が届く範囲だったらしい。
手首をがしっと掴まれ、引き寄せられる。
そのまま、ガラディアーク様の腕の上に座らされるように抱き上げられた。
「え、え……っ」
ガラディアーク様のご尊顔がすぐ目の前にある。
顔の上半分は仮面で完全に覆われているから見えないけど、鼻から下は素顔がしっかり見える状態だ。
直視にするのは憚られて、慌てて目を逸らす。
だけど、頬から首にかけて刻まれていた刺青に見覚えがある気がして、おれはもう一度ガラディアーク様の顔に視線を戻していた。
――あれ……この刺青の形と色って。
無意識に、ガラディアーク様の刺青に向かって手を伸ばしていた。
頬にある刺青に指先が少し触れた瞬間、おれの舌と下腹部に刻まれた刺青がじわりと熱を持つ。
「これ……シディア様と、同じ?」
「ようやく気づいたか」
ガラディアーク様がそう口にした瞬間、顔の上半分を覆っていた仮面が溶けるように消えた。
隠されていた素顔が露わになる。
「え…………シディア、様?」
その顔はシディア様と瓜二つだった。
違う場所が見つけられないくらい、全く同じ顔だ。
「……同じ顔? 双子、とか?」
「あいにく、俺に兄弟はいないな」
――あ、シディア様って一人っ子なんだ……って、そうじゃなくて。
「じゃあ、どういうこと……?」
訳がわからなかった。
頭は真っ白だ。
「ガラディアーク様の顔が、シディア様の顔……? でも、兄弟はいなくて……えっと……それっていったい、何がどうなって……?」
考えれば考えるほどわからなくなる。
首から下は今もまだ、ガラディアーク様のままだ。
だけど顔だけは、おれのよく知っているシディア様で――顔だけ? 本当に?
ぱちぱちと何度も目を瞬かせるけど、見えているものは変わらない。瞼をごしごしと強く擦ってみても結果は同じだった。
だんだん自分の目が信じられなくなってくる。
おれはガラディアーク様? シディア様? の顔におそるおそる触れてみた。さわさわと指を動かして確認してみたけど、結局答えは出そうにない。
「面白い反応だな」
「シディ……、ガラディアーク様、これは……んッ」
何が起こっているのか尋ねたかったのに、質問する前に、ぱくりと食べるみたいに唇を塞がれてしまった。
見開いたおれの目に映るのは、ゆらゆらと色を変わるオーロラ色の瞳だ。
――おれ……これ、どっちとキスしてるの?
ガラディアーク様? シディア様?
もうわからない。
確かなのは、咥内に侵入してきた舌がおれの弱い場所を知り尽くしているということだけだ。
巧みな動きでおれの官能を喚び起こそうとしてくる。考えたいことがいっぱいあるのに、この気持ちよさに抗うなんて到底無理だった。
「――口づけだけで、この蕩けようとはな」
唇が離れても、しばらく何も考えられなかった。
快感の余韻にひくひくと身体を震わせながら、すぐ近くにあるシディア様の顔をぼんやりと見つめる。
「驚くのはもう終わりか?」
「もう、わけがわかりません……」
驚く以前に混乱してしまって、頭が回らなかった。
「そのようだな。だが頭の理解は追いつかなくとも、身体はちゃんとわかっているようだぞ」
「ん……あッ」
そう言って、勃ち上がっていた中心を握られた。
外殻を消した手でゆるゆると刺激されて、さらに硬くなっていくのがわかる。
「お前のこれは、俺以外にも反応するのか?」
「ン、ぅ……しません」
「ならば、答えは出たようなものだな」
「……やっ、ぁ」
真面目な口ぶりで話しながら、そんなふうに触れるのはやめてほしい。
これ以上はだめだと首を横に振ると、「本当にやめていいのか?」と意地悪な声で囁かれた。
「素直になれ、バン」
誘惑する声とともに耳朶を食まれて、落ちないわけがない。
おれは硬くなった中心を、自分からシディア様の手にぐいぐいと押しつけていた。
「……やめないで、ください。シディア様」
「ああ。俺の手でイけ」
手の動きが激しくなる。
限界はあっという間に訪れた。
「ん……ん、ぁああ――ッ!」
びくびくと全身を痙攣させる。
おれは首領様の執務室で、シディア様の腕に抱かれたまま達してしまった。
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