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97 ガラディアーク様の執務室で
しおりを挟む外皮でできた制服、いわゆる怪人スーツの便利なところは、魔力さえあれば傷や汚れを一瞬で消すことができることだと思う。
今の場合でわかりやすく説明すると、怪人スーツの中に達してしまった場合でも簡単に証拠隠滅が可能ってことなんだけど――おれの出した白濁はシディア様の手を汚していた。
おれが達する前に、シディア様がおれの怪人スーツを脱がせてしまったせいだ。
怪人スーツのほうはもう元の状態に戻っていたけど、白濁はシディア様の指に絡みついたままだった。
「たくさん出たな」
「あの……早く拭いてください」
そう言ったのに、シディア様はおれに見せつけるように指についた白濁をぺろりと舐めとる。
「……っ、何してるんですか!」
「これがお前の味か」
淫靡な流し目でこちらを見ながらそう言って、あっという間に舐めきってしまった。
ほとんど意味はないけどせめて痕跡をなくすために、さっきまで白濁がついていたシディア様の手に自分の手をごしごしと擦りつける。指のあいだに汚れが残っていないか確認していると、恋人繋ぎのように指同士を絡められてしまった。
「……っ、ちょっと、シディア様」
「俺と会って、こうしたかったんじゃなかったのか?」
その言い方はずるいと思う。
っていうか、シディア様ってこういうことする人だったっけ? こんなんじゃおれ、心臓がいくらあっても足りないんだけど。
「あの……その前に、確認したいんですけど」
「なんだ?」
「シディア様は、ガラディアーク様……なんですか?」
そういうことなんだよね?
今もまだ半信半疑というか、ほぼ信じられない状態なんだけど……シディア様のここまでの言動から導き出せる答えはそれしかなかった。
「ガラディアーク・シン・ダーヴァロード――それが俺の今の名だ」
「…………今、の?」
「先代に拾われる前はただのシディアだった。だから、その名も嘘じゃない。お前は変わらずシディアと呼べ」
その言葉を聞いた瞬間、こわばっていた身体の力が抜けて、ふっと軽くなったのがわかった。
――そっか……おれ、自分の知ってるシディア様が偽物だったんじゃないかって……そこに動揺してたんだ。
シディア様は、おれ自身も自覚していなかったそんな動揺に気づいていたのかな。
だから、あえて言葉にしてくれたのかもしれない。
――これまでどおりに呼んでもいいっていうのは、今の関係は変わらないってことだよね?
少なくともシディアさまでいるあいだは、これまでどおりの関係でいてくれるという意味であっているはず。
「……おれの前では、シディア様でいてくれるってことですか?」
「何を言っている? 今のは呼び名だけの話だ。俺はガラディアークのときであろうと、お前との関係を変えるつもりはない」
「え……それって?」
「お前はダーヴァロード首領、ガラディアークのものでもあるということだ」
「っ!!」
シディア様はそう言うと、ガラディアーク様の姿になった。
仮面で顔の上半分が隠れただけなのに、まるで別人のように見えるのは、纏うオーラがシディア様のときより禍々しいものに変化するからだろうか。
「頭で理解できぬのなら身体が覚えるまで、こちらの姿でも抱いてやろうか?」
声も違う。
よく聞けばシディア様の声も混ざって聞こえる気がするけど、ガラディアーク様のときの声は音が何重にも重なって聞こえるような、低くてずんと重い、お腹の奥がぞわぞわする声だった。
「……っ、んん」
顔を近づけて囁かれただけなのに、軽くイったみたいに身体がびくびく震えてしまう。
「シディアのときとは反応が違うな。それに、目を合わさなくなるのは何故だ?」
「仮面越しでも、見えてるんですか?」
「こちらのほうがよく見えている。魔力の微細な動きも感じられる分、お前をより気持ちよくさせてやれるかもな――そのうち試してみるか」
「……っ!」
魔力の微細な動きがどういうものかはわからないけど、何かとんでもないことをされそうな気がする。
怖いのに、期待も膨らんでしまう。
もしかして、こういうのもバレバレなんだろうか。
――それにしても……やっぱりえっちだ。ガラディアーク様の外殻……まっすぐ見られないのは、それもあるんだけど。
別に卑猥な見た目をしているとかそういうわけじゃないけど、おれはやっぱりこの造形に弱いらしい。
人によっては恐ろしさとか不気味さとか異様さを感じる見た目なんだろうけど、おれにとってこのぞくぞくする感覚は官能に近いものだった。
「またお前はそんな劣情を煽る顔をする。戦いの最中でなければ、動けなくなるまで抱いてやったものを――これは早く決着をつける必要がでてきたな」
ガラディアーク様が低く唸るように言う。
その声に反応して、身体の奥がずくずくと脈動するように熱く疼いた。
◆◆◆
シディア様を独り占めできる時間は、そんなに長くなかった。
ここは首領様の執務室だし、人が訪ねてくるのは仕方ないってわかってはいるんだけど――最初の訪問者はホニベラ様だった。
「やあ! バン・クラードゥ。無事だったようだね」
シディア様に報告を終えたホニベラ様はすぐに執務室を出ていかずに、部屋の端っこで小さくなっていたおれのところへやってきた。
相変わらず、ピンクでふわふわの可愛らしい人だ。
さっきシディア様が教えてくれたけど、ホニベラ様は上級幹部の一人らしい。おれより小柄でこんなにも可愛らしい人が、ダーヴァロードの上級幹部だなんて信じられない。
「あのときは助けてくださって、ありがとうございました」
「いいよー、お礼なんて。ガラディアーク様に頭を踏んでいただけただけで充分さっ!」
「頭を、踏んで……?」
「――そいつの趣味だ。気にするな」
シディア様が呆れた声で割り込んできた。
てっきり『頭を撫でて』の言い間違いかと思ったけど、シディア様がわざわざそう言ったってことは、本当に踏んだの……?
「あっ! 踏まれたいと思うのはガラディアーク様だけだからね! そこは勘違いしないように!!」
「あ……はい」
ホニベラ様は、びしっと人差し指を立てて念押しする。
おれが頷いたのを確認すると、「わかったなら、よし! じゃあねっ!」と元気よく部屋を出ていった。
「……あの賑やかささえなければ、優秀な幹部なんだがな」
扉が閉まったのを確認してから、シディア様が溜め息と一緒に小さくこぼした。
ガラディアーク様の格好で愚痴を言うシディア様、ちょっと可愛いかも……なんて口に出しては言えないけど。
「賑やかなのは苦手ですか?」
「相手による。お前の賑やかさは好ましいと感じるからな」
「……っ」
不意打ちに口説くのはやめてもらっていいですか。
ぎゅんっとなった胸を押さえていると、またノックの音が聞こえた。
「――失礼いたします。ガラディアーク様、今よろしいでしょうか」
そう言って顔を出したのは、イェスコル様だった。
「ああ、全員入れ。俺のことは気にしなくていいと伝えろ」
――全員……?
訪ねてきたのは、イェスコル様だけじゃないのかな。
おれは何気なく顔を上げて、扉のほうに視線を向ける。ちょうど部屋に入ってきた人の顔を見て、思わず立ち上がった。
「母さん! 父さん!!」
「「バン!」」
駆け寄って、二人に抱きつく。
六本の腕でしっかり抱きとめてくれた母さんと、母さんごとおれを抱きしめる父さんの太い腕の力強さに、おれの涙腺は一気に崩壊した。
「……っ、ごめん。たくさん、心配かけて」
「いいのよ……ちゃんと、帰ってきてくれたんだから」
「怪我もねえようだな。無事でよかった」
母さんも涙に声を詰まらせている。
父さんはいつもと変わらない笑顔だけど、おれの肩をぎゅっと掴んだ手が小刻みに震えていた。
二人にこんなにも心配をかけてしまったことがつらくて、胸が痛くて――涙は止まりそうにない。
それでも、二人には伝えたいことがあった。
「父さんの、言ってたとおりだった――想ってくれる人のおかげで、強くなれるって……待ってる人がいるから、『絶対に帰ろう』と思えるって…………そう思って、頑張ったんだ……おれ」
光の道筋を示してくれたのはシディア様だけど、あの絶望のような暗闇の中を前に進めたのは、二人のおかげだった。
どれひとつ欠けても、おれは無事に帰ってこられなかったと思う。
「ああ。よく頑張ったな――バン」
父さんの声も震えている。
それ以上はもう、うまく言葉にできなかった。
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