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17 初めての町
しおりを挟む歩き始めて二日目、日が高いうちにナルカの町が見える場所まで辿り着いた。
近くの木陰でしばらく町の入り口を観察していたが、門番たちが誰かを探している雰囲気や何かを警戒している様子はない。
むしろ、門番同士の談笑が許されているほど和やかな雰囲気に見えた。
とはいえ、このいかにも怪しげな見た目をしたアロイヴのことを、何を聞かずに通してくれるかといえば……おそらく難しい。
アロイヴは身分証や通行証の類を何も持っていなかった。
自分が何者かを示すものを持っていないだけでなく、どういう身分を名乗ればいいのかすら見当がついていない。
「……困ったなぁ」
しかし、ここで手をこまねいていても仕方ない。
紫紺に隠してもらって、こっそり門を抜けるのは最終手段に取っておくとして、やはりまずは正面から行ってみるべきだろうか。
「紫紺はここで待ってて。絶対に戻ってくるから」
町にどんな魔獣対策があるかわからないので、紫紺には一旦外で待っていてもらうことにした。
アロイヴはできるだけ自然を装って、門に近づく。
「よう、坊主。ナルカに来るのは初めてか?」
槍を持った壮年の門番は、意外にも気さくに話しかけてきた。禿頭に陽光が反射している。
戸惑いつつも頷いたアロイヴを見て、歯を見せて笑った。
「そんなに怯えんなよ。森から来たのか?」
「……はい」
「怪我はしてねえみたいだな。最近、森の魔獣が騒がしいってんで、うちの町に流れてくる人間が多いんだ。お前もそういうことにしときな」
門番の言葉に、アロイヴは目を瞬かせた。
わかりやすく表情を変えたアロイヴを見て、門番は肩を揺らして笑っている。手元の板に何かを書き込み、それをアロイヴに差し出した。
「字は書けるか? ここに名前を……ああ、偽名でいいぞ」
「どうして」
「長年こういう仕事してるとな。いろんなやつに会うんだよ。だから、顔見りゃなんとなくわかるんだ。そいつがどんなもん抱えてんのかとかな」
「……怪しい人間を町に入れていいんですか?」
「坊主は全然怪しかねえよ。ほら、早くしねえと日が暮れちまう」
アロイヴは渡されたペンを握り、〈ロイ〉と名前を書く。
門番はそれを確認すると、ポンッとアロイヴの頭に手を置いた。
「あんま丁寧な言葉使わねえほうがいいぞ。今の見た目に合ってねえからな」
「わかりま……わかった」
「そうそう。あと、坊主は歩き方も綺麗だから、そこんとこも気をつけろ。見るやつが見りゃ、簡単にバレるぞ」
この門番は、アロイヴをどんな人間だと思っているのだろう。
高い身分の人間だとでも、思われているのだろうか。その予想は間違っているが、今は否定せずに忠告だけを受け入れておく。
「宿は中央広場の右手側、市場は左手側だ。気ぃつけてな、ロイ」
「ありがと」
親切にしてくれた門番に向かって頭を下げそうになったが、こういうのがだめなのだとすぐに気づいてやめる。
アロイヴは緊張した面持ちで、初めて訪れる町ナルカに足を踏み入れた。
◆
早速、門番から教えてもらった市場に向かう。
すぐに服が手に入るようであれば、アロイヴは閉門までにこの町を出るつもりでいた。
外で待たせている紫紺に寂しく夜を明かさせたくなかったからだ。宿で無駄にお金を使うのも避けたい。
――まずは、魔石を換金しなきゃな。
早速、魔石を売れる店を探す。
素材の買取をしている道具屋はすぐに見つかった。おそらく、魔石もそこで買い取ってもらえるはずだ。
――問題は、僕が魔石の相場を全く知らないってことなんだけど。
多少安くされるのは仕方ないとしても、無料同然の金額まで買い叩かれてしまうのは避けたい。
相場を知るために市場を見て回るのも手段の一つだが、魔石は見ただけでは秘められた能力までは知ることができないと、前に読んだ本に書いてあった。
同じ赤い宝石のような見た目をしていても、魔石の場合、それがどんな能力なのかまでは簡単にわからないのだ。
――確か、魔石鑑定の能力を持ってる人じゃないと正確な情報を得られないんだよね。
魔石鑑定能力は特別珍しい能力ではないが、重宝される能力なので、持っている人間は商人から引くて数多らしい。
もちろん、アロイヴにそんな能力はない。
「……とりあえず、話を聞いてみるしかないか」
結局のところ、今できることはそれしかない。
アロイヴは意を決して、道具屋の扉を開いた。
中に入ると、どこか懐かしい気持ちにさせる香りが鼻腔をくすぐる。思い出したのは、田舎にあった祖母の家の香りだ。
「いらっしゃい」
カウンターに座っていたのは、気だるげな雰囲気の若い女性だった。
一つに編んだ長い赤髪と強い目力が特徴的な人だ。
女性はカウンターに肘をついたまま、見定めるような視線でアロイヴを眺めている。客に対する態度ではなかった。
――この世界では、こういうのが普通なのかもしれないけど。
なんでも前世と比べてしまうのは悪い癖だ。
前世の記憶はあまり思い出さないようにしているのに、比べるときに頭に浮かぶのは前世で見た光景だった。
「汚い格好だね。でも、いいものを持ってそうだ」
女性はぶっきらぼうにそう言うと、唇の端を上げて笑う。
ちょいちょいと指先だけでアロイヴを呼び、自分はカウンターから動く気はないようだった。
おそるおそる近づく。
「買取だろ。早く見せな」
門番といい、この女性といい、この町の人は心でも読めるのだろうか。
アロイヴはまだ少し緊張していたが、それをなるべく悟られないようにポケットに手を入れる。事前にそこに移しておいた魔石を五粒、カウンターの上に置いた。
――本当はこの十倍ぐらいの量はあるんだけど。
五粒とも、大きさも色も透明度もまちまちにしておいたのは、見た目と価値にどういう差が出るのか知りたかったからだ。
女性は、アロイヴがカウンターに置いた魔石をしばらく見つめた後、はぁと短く溜め息をついた。
「あんた、アタシのことを試してんのかい?」
「別にそんな……」
「まあいいや。面白そうだから乗ってやる」
女性はアロイヴの発言を遮って、指先でカウンターの上の魔石を転がした。
「どれも別の魔獣の魔石だね。これだけ形が残ってるってことは、相手はほぼ即死か」
魔石を一目見ただけで、そんなことまでわかるらしい。
アロイヴが読んだ魔石関連の本に、そこまでの情報は載っていなかった。
「こっちの四つはそこまで強い魔獣の魔石じゃないが、こいつだけは別格だ。これほどの魔獣を弱らせることなく一撃とはね……あんたいったい、何者だい?」
「……っ」
「おっと、逃げる気かい。そうはさせないよ」
何者だと聞かれ、アロイヴは咄嗟に逃げようとした。
だが、アロイヴが扉に手をかけるより早く、店の扉の鍵が独りでに閉まる。女性が魔法でやったのだ。
慌てて店内を見まわし、他の出口を探す。
だが、外に繋がる扉は店の出入り口以外なかった。
「なんだい? やけに警戒心が強い子だね。高値で魔石を売ってやろうってだけじゃないのかい? まさか盗品?」
「違う。それは貰ったもので」
「これほどの魔石を貰った、ねえ。そいつは随分とあんたにご執心みたいじゃないか。いいねえ、そういう話は嫌いじゃないよ。ほら、鑑定してやるから座りな」
女性はからからと笑うと、そう言ってアロイヴに席を勧めた。
アロイヴが逃げようとした理由は聞かないらしい。
――この人、信じていいのかな。
この女性の考えていることがわからない。
アロイヴは警戒を解かずに、じっと女性を見つめる。
「立ったままでもかまわないけど、魔石の鑑定結果は一緒に見てもらうよ。こっちも疑われたくなんかないからね」
「鑑定は、能力を使ってするんじゃ」
「それじゃズルしてもわかんないだろ。疑われるのは面倒だから、アタシはこの魔道具を使ってやることにしてるんだ」
女性はそう言って、カウンターの上に手鏡のようなものを置いた。
「魔石鑑定鏡だよ。これを使うのにも魔力と金がかかるからね。アタシのお眼鏡に叶う魔石にしか使わないと決めてるのさ」
魔道具というものがあるのは知っている。
アロイヴの左足につけられた魔力封じの足環も魔道具だ。それ以外にも屋敷での暮らしの中で、いくつか魔道具を見たことがあった。
――鑑定用の魔道具もあるんだ。
アロイヴが鑑定鏡に興味を持ったことに気づいたのだろう。
女性は笑みをさらに深くし、言葉を続ける。
「ようするに、この魔道具を使うのは相手が高価な魔石だったときだけってことだ。これも希少な魔道具だからね、使うときは邪魔が入らないよう、店を閉めてからやることにしてるんだよ。別にアンタを閉じ込めたわけじゃない」
「……本当に?」
「ああ。こんな規格外の魔石をほいほい贈ってくるやつが惚れてる相手を敵に回すほど、アタシは馬鹿じゃないんでね」
嘘は言っていないようだった。
アロイヴは少しだけ警戒を解いて、女性に近づく。鑑定鏡に視線を向けた。
「興味があるなら、使ってみるかい?」
「僕、魔力が使えなくて」
「そりゃ不便だね。じゃあ、しっかり見ときな」
女性はそう言うと、鑑定鏡を魔石に向けた。
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