魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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37 自分の強さ

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 初めての依頼が、こんなにあっさりと終わってしまうなんて。採取場所に到着して、すぐにやることがなくなるとは想像もしていなかった。
 依頼を受けてからまだ一時間も経っていない。
 実際に薬草採取にかけた時間だけでいえば、十分もかかっていなかった。

「ギルドに戻ろっか」

 依頼は達成したし、この場所に留まる理由がない。
 この辺りをうろついてみるにしても危険度がわからなかったので、予定よりはかなり早かったが、アロイヴたちは大人しく街に戻ることにした。
 街の門からここまで、アロイヴの足で三十分ぐらいの距離だ。
 紫紺に抱えて運んでもらえば五分もかからない距離だが、今日はゆっくり歩いて戻ることにする。

 ――それにしても……全然、役に立てなかったなぁ。

 難易度の低い薬草採取であれば、自分もできることがあると思ったのに。自分の出番が全くなかったことに、アロイヴはこっそりと肩を落とした。
 隣を歩く紫紺に、ちらりと視線を向ける。

 ――紫紺は僕のために頑張ってくれたんだから、何も言う気はないけど。

 ただ、あまりに役立たずな自分に気落ちせずにはいられない。
 守られてばかりで何も返せない自分を少しでも変えたいのに、全然うまくいかなかった。

「……イヴ?」
「なんでもないよ」

 視線に気づいた紫紺がこちらを見る。
 自己嫌悪していることを気取られたくなくて、アロイヴは無理やり笑顔を作って、首を横に振った。

「依頼の量より多く採っちゃったけど、報酬ってどうなるんだろうね? 買い取ってもらえるのかな」

 袋いっぱいになったスタカー草は、依頼書に書かれていた数の五倍以上の量があった。
 少しやり過ぎてしまった感が否めない。
 収納の魔道具である腰のポーチに全部入ったので運ぶのに支障はなかったが、これがなかったら運ぶだけでも大変なことになってしまっていただろう。

「このポーチ、本当に便利だよね。売ってくれたカルカヤさんには感謝しなきゃ」
「好きなだけ感謝していいよ」
「わ……っ」

 突然、後ろから割り込んできた声に、アロイヴは驚いて飛び上がった。
 慌てて振り返ると、赤髪の青年がこちらを見て笑っている。カルカヤだ。

「あはは。驚かせてしまったか?」

 まさか、こんなところで出会うなんて。
 カルカヤはギルドで会ったときよりも、探索者らしい格好をしていた。
 腰には短刀、背中には弓を背負っている。
 カルカヤはアロイヴと紫紺の顔を交互に見ると、何やら満足げに頷いた。

「早速、依頼とは精が出るじゃないか。ポーチも役立ててもらって嬉しいよ。それはボクの自信作だからね。まあ、これまで作ったものは全部自信作だけどさ」
「え……これ、カルカヤさんの手作りなんですか?」
「そうだよ。あの店に置いていた魔道具は全部、ボクが作ったものさ」

 カルカヤは両腕を広げながら、自慢げに話した。
 女性の姿をしていたときより、こちらの姿のほうが振る舞いが少し子供っぽく見える。
 これが素のカルカヤなのだろうか。

「街に戻るとこだったんだろう? 歩きながら話さないか」
「あ、はい」

 三人並んで歩く。
 街の門が見える場所まで来ていたが、距離はまだあった。

「カルカヤさんは、どうしてここに?」
「散歩だよ。部屋に閉じこもって書類仕事ばかりじゃ、気が滅入ってくるからね。たまにこうして抜け出して、狩りをしているんだ」

 ――抜け出して……ってことは、サボりなのかな?

 ギルド長がそんなことをしていいのだろうか。
 でも、アロイヴが初めて出会ったときも人間の姿でナルカの町にいたし、カルカヤや周りの人にとっては、これが普通なのかもしれない。

「それに、キミたちのことも気になったからね」
「僕たちのことですか?」
「ああ。昨日は仕事の話しかできなかっただろう? ロイとはもう少し話しておきたかったんだ。あの部屋以外の場所でね」

 にやり、と笑ったカルカヤの表情に少しだけ緊張を覚える。
 繋いでいた手からそれが伝わったのか、紫紺がアロイヴの手を少し強めに握った。

「そんなに警戒しないでくれるかな? ボクはキミたちの味方のつもりだよ。ただ、あの二人より厳しめの意見を言うことはあるかもしれないけど」
「そういう意見も必要だと思います」
「ふーん……やっぱりキミは、少し肉体と精神の年齢にズレがあるように思えるな」
「……っ」

 カルカヤの指摘に、アロイヴは小さく息を呑む。
 これまでフィリやサクサハから何も言われなかったので、完全に油断してしまっていた。

「長命な魔族はこういうことに鈍感になりがちだけど、ボクは人間と接する機会が多いからね。キミが他の人間の子供と比べて異質だとわかるんだ」
「…………」
「キミが育った環境についても知っているけど、だからこそ違和感がある。あんな環境で育てば、考えが幼いままか、どうしようもないほど我儘になりそうなものなのに、キミはどちらでもない。どうしてなのか、ってね」
「それは……」

 いい誤魔化し方が思いつかなかった。
 カルカヤに嘘は通用しない気がする。かといって、本当のことを話す気にもなれなかった。
 今はこれ以上、下手なことを言ってしまわないよう、口を噤むしかない。

「翻訳能力を持っているからかとも思ったけど、それだけじゃ理由にならないだろう? そもそも、そんな能力を持っていることを、子供が周りに黙っていられるわけがないんだ。どう考えても不自然だろう?」
「イヴ」

 足を止めた紫紺が、アロイヴの腕を引いた。
 自分の背中にアロイヴを隠して、カルカヤを睨みつける。その手には紫紺の得物である黒い曲刃の双剣が握られていた。

「おや、狐くんを警戒させてしまったかな」
「待って、紫紺。いいんだ……カルカヤさんは僕の迂闊さを指摘してくれてるだけだから」

 カルカヤが、悪意でこんなことを言っているのではないのはわかっていた。
 だが、アロイヴが止めても紫紺は武器を下ろそうとしない。それどころか、カルカヤを睨みつける表情に鋭さが増している。

「ったく……そういうところが危ういと言っているのに、キミは」

 カルカヤは呆れた表情を浮かべていた。
 紫紺の威嚇を気にする様子もなく、なおも話し続ける。

「ロイ、狐くんの態度が正解だということはわかっているな?」

 カルカヤは、さっきまでの探るような物言いではなく、諭すような口調で言った。

「はい」
「相手に侮らせるな。必要だと思うなら口を封じろ。魔族であれ、魔獣であれ、人間であれ――ここは強者しか生きられない世界だ」
「……わかってます」

 それは、アロイヴがこれまで身をもって感じてきたことだった。
 この世界は決して優しくない。
 強くなければ生きられない世界だ。弱い人間は、平穏に生きることすら許されない。

「ただ、残酷になれという話でもない。ロイはロイの強さを手に入れるんだ」
「僕の、強さ?」
「そうだ。自分の心を殺す生き方を簡単に受け入れるな。他人から見て無様だとしても、抗いながら生きるのだって強さなんだから」

 ――この人は、どこまで僕のことを見抜いてるんだろう。

 カルカヤの言葉は、まるでアロイヴの事情をすべて知っているかのようだった。
 アロイヴが前世の記憶を持っていることも、称号の定めた役割から目を逸らして生きてきたことも――それによって苦しめられてきたことも、全部。

「キミの強さはそこにあると思うよ」
「……カルカヤさんは、どこまで知って」
「さあね。それを知りたきゃ金を払ってもらわないと。情報はタダじゃないからね」

 カルカヤは揶揄うような口調でそう言うと、くるりと踵を返して再び歩き始めた。
 武器を持つ紫紺に躊躇いなく背中を見せるところを見ると、強さには自信があるらしい。
 紫紺はしばらく不満そうな表情でその背中を見ていたが、なんとか感情に折り合いをつけたのか、小さく溜め息をついてから武器をしまった。

「そうだ。情報といえば、キミに尋ねてみたいことがあるんだった」
「僕にですか?」
「ああ。金が必要なら取ってくれて構わないよ。これはまだ直感でしかないが、重要な情報になる気がするからね」

 意味深な前振りに、アロイヴは無意識に息を止めていた。
 カルカヤがゆっくりと口を開く。

「キミは〈勇者〉という言葉に、何か心当たりはあるか?」
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