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第二幕*花に喰われた冒険者の見上げた景色

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「……可愛いね。エラン。怯えてるの?」
「ッ、そんな、ことは」

 言葉で否定しても、その声は震えている。
 エランは自分が何故こんなことに怯えているのかわからなかった。この男に興味を失われることが、どうしてこんなに怖いのか。
 だが、そんな理由で怯えていることをこの男に知られたくはなかった。
 ハッハッ、とまるで犬のように短い呼吸を繰り返しながら、震える自分の体を……その不可解な感情を必死で抑え込もうとする。

「……やっぱり、そうやって強がってるエランの方が、ボクは好きだよ」

 体を屈めてエランの耳元に顔を寄せたかと思うと、ルチアが囁くようにそう言った。
 その言葉の意味もエランには伝わらなかった。音は聞こえているのに、また意味がわからない。

「まぁ……このままでは話ができないから、このぐらいにしておいてあげるよ」

 ぴり、と頭の奥が電気が走ったような感覚が襲った。
 すると、先ほどまでの恐怖心が何だったのかと思うほどに、エランの心に平穏が戻る。体も震えも止まり、冷たくなっていた指先の温度も戻ってきた。

 ―――一体、今のは何だったんだ?

 自分の心と体の変化に全くついていけない。そんな戸惑うエランから手を離すと、ルチアはさっきまでエランが眠っていたベッドの上に腰を下ろす。
 そして、エランの方を見上げた。

「エラン、隣に座って。報酬の話と今後について話しておきたいから」
「……あぁ」

 この狭い部屋には椅子がない。
 座るとすればここしかないのはわかっていても、ルチアが座る隣に……しかもこの狭いベッドに腰かけるのは、勇気が必要だった。
 だが、報酬と今後についての話は必要なことだ。
 エランは覚悟を決めると、人一人分の隙間を空けて、エランの隣に腰を下ろす。その様子を終始見ていたルチアが小さく笑った声が聞こえたが、敢えて無視をした。

「まず、これが昨日の報酬の明細だよ」

 直接現金を渡されるわけではないらしい。そう言って手渡されたのは、小さな紙きれだった。エランはそれを受け取って、書かれていた金額に驚いて目を瞬かせる。

「……こんなに?」

 そこには、当初の約二倍の金額が書かれている。間違いではないのかとルチアの方を窺うが、小さく頷くだけで済まされてしまった。

 ―――こんな大金を、一晩で。

 Aランクの討伐依頼二回分の報酬。それが本当に一晩で手に入るなんて。
 エランは信じられなかった。信じられずに何度も手元の紙を確認するが、自分の見ているものに間違いはないらしい。
 この調子でいけば、あと一度だけ舞台に出ればエランの借金は全て返せることになる。あと一度―――魔物に犯されることを我慢すれば。

「初めての子にはお客様も甘いからね。二度目からはそうはいかないけど」

 エランの思惑は、ルチアのその一言に簡単に打ち砕かれた。
 この金額は初めてという付加価値に支払われたものらしい。だとすれば、二度目からの報酬はこれに届かないということだ。
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