バーチャルアルファとオレ

コオリ

文字の大きさ
18 / 22
番外編

酔っぱらいのワンコ〔前編〕

しおりを挟む
そうくん、ごめんなさい!」

 悠吾ゆうごの家の玄関先で、そう言って勢いよく頭を下げたのは悠吾の秘書、八柳やなぎさんだ。
 その後ろには悠吾が立っているんだけど、いつもとどこか様子が違うというか――びっくりするほど無表情なせいか、綺麗すぎる顔がちょっと怖い。

「……八柳さん。どうしたんですか? 急に」

 突然謝られても、オレには意味がわからない。
 ちらりと悠吾の顔を見上げてみたけど、そっちもなんだか様子がおかしかった。
 いつもだったら、すぐに合うはずの視線は合わないし――本当にどうしたんだろう?

「あの……実は今日、専務のご友人が来られていて――先ほどまで一緒に食事をとられていたんですが」
「確か、大学の時の友達が来るって」
「はい」

 オレの言葉に、八柳さんが神妙な表情で頷く。
 友達とご飯に行く話なら、オレも悠吾から聞いていた。
 だからいつもより帰りが遅くなるけど、それでもよかったら家にいてほしいって言われて、こうして待っていたんだけど。

「もしかして、その人となんかあった……とか?」
「いえ。そんなことはなくて……ただ、かなり飲みすぎてしまったみたいでして」
「……へ?」
「専務ってお酒には強いんですけど、あまり顔色が変わらないせいで、酒量を把握するのが難しくて。それでも、いつもはご自分できちんと調整されているんですけど、今日はどうやらご友人に飲まされてしまったみたいで――」

 ――え……ってことは悠吾、酔っ払ってるってこと?

 そんな風には、全然見えない。
 普通にまっすぐ立っているし、顔が赤いとか、目が充血しているとか――父さんが酔って帰ってきたときみたいな、わかりやすい見た目の変化はない。
 ただ、いつもより表情が乏しいっていうか、不機嫌そうっていうか。
 そのせいで、いつもより美形が際立っている気はするけど。

 ――これが、酔っ払い?

 思わず観察するように、悠吾の顔をまじまじと見上げる。八柳さん越し、少し離れたところに立っている悠吾は、いまだにオレと視線を合わせてくれなかった。
 なんか、こっちを見てくれないの……ちょっと嫌なんだけど。

「悠吾――大丈夫?」

 玄関扉の前に立つ悠吾に、近づきながら声を掛ける。
 ようやく、悠吾の視線がオレのほうを向いた。じっと見つめてくる表情は、やっぱりいつもと違ってどこか冷たい。
 悠吾はオレを見て、一瞬目を細めた後、無言のまま首を傾けた。

 ――あ、ほんとだ。お酒くさい。

 空気が揺れて、ふわりとアルコールの香りが鼻を掠めた。
 八柳さんの話を信じていなかったわけじゃないけど、今の匂いで悠吾が酔っ払っているという事実に、急に現実味が増す。

 ――でも、それ以外はいつもと変わんないな。

 普段の悠吾を知らなければ、誰もこれが酔っ払いだとは思わないだろう。
 珍しいものを見るように観察していたら、今までほとんど動かなかった悠吾が急に動いた。
 オレのほうに近づいてきて、ぴたりと身体を寄せたかと思えば、抱きしめるように背中に腕を回してくる。
 そのまま、唇を塞がれた。
 
「……ぅ、んんッ」

 ――え、待って。八柳さんがまだ目の前にいるんだけど?!

 悠吾はそんなこと全く気にしていないのか、そのままオレの口の中を舌で蹂躙し始める。
 静かな玄関に、くちゅりと濡れた音が響いた。

「ふ、……んぁ」

 やめてほしくて必死で身体を押し返すけど、オレの力じゃどうにもならない。
 身体を捻ろうとしただけ、余計に悠吾の腕に力がこもる。

 ――アルファって、マジで力強すぎ。

 痛くはないけど、これじゃ全然動けそうにない。
 密着してくる悠吾の身体はいつもより熱かった。お酒のせいだろう。
 ふわりと香ってくるアルコールとフェロモンの匂いのせいで、だんだん頭がぼーっとしてくる。

 ――いや、だめだって。

「ん、ぁ……ッ、ゆう、ご」

 息継ぎの合間に名前を呼んでみたけど、全然聞こえていないみたいだった。
 制止したいのに、うまくいかない。
 それどころか、するりと腰骨を撫でられただけで、オレの身体は勝手に反応してしまう。

 ――こんなの、誰かに見られんのは嫌なのに。

 快感に震える身体を誤魔化しながら、居心地の悪さにチラチラと八柳さんのほうに視線を向ける。
 そんなオレの行動が気に入らなかったのか、悠吾はゆっくりと唇を離すと、不機嫌そうに眉を顰めた。こんな風に苛立っている悠吾を見るのは初めてかもしれない。

「――八柳、いつまでいるつもりだ」
「……っ」

 悠吾の冷たい声に、どきりと鼓動が跳ねた。
 言われたのはオレじゃない。わかっているのに、ぎゅっと胸が痛くなる。悠吾の身体にしがみつく腕に力を込めると、それに気づいた悠吾がオレの頭に手を乗せた。
 髪を梳きながら撫でる手の優しさは、いつもと変わらない。

「奏くん」
「あの……大丈夫なんで」

 八柳さんは最後まで心配そうだったけど、オレがそう返すと、手に持っていた悠吾の荷物を玄関に置いて帰っていった。
 これで、悠吾と二人きりだ。
 扉が閉まった後も、酔っぱらいの悠吾はオレを腕の中に閉じ込めたまま、離してくれない。

「……悠吾。リビングのほうに……っ、うわ」

 言い終える前に抱き上げられていた。
 酔っ払いのはずなのに、リビングに向かう悠吾は全くふらついたりする様子もない。それでも落とされたりしたら嫌なので、オレはいつもよりしっかりと悠吾の身体にしがみついた。


   ◆


 ――やっぱり、まだ……いつもとなんか違うよなぁ。

 リビングに着いて、抱っこからは解放してもらえたけど、悠吾はオレの傍から離れてくれない。
 家の中だっていうのに片手は繋いだまま、じっとオレの顔を見つめてくる。
 さっきみたいに存在を無視されるよりはいいんだけど、相変わらず無表情のままだから、ちょっと反応に困るっていうか、なんていうか。
 
 ――どうしたらいいんだろ、これ。

 目を逸らすと少し不機嫌になるような気がして、オレからも悠吾の顔を見つめ返した。
 この美形にも、前よりは慣れてきた……と思う。
 まだ、不意打ちの笑顔を直視するのは、眩しすぎて無理だけど。

「奏」
「ん? どうした?」

 急に名前を呼ばれた。
 帰ってきてから、悠吾がオレの名前を呼んだの、これが初めてな気がする。
 それだけのことなのに嬉しくなって、繋いでいた悠吾の手をぎゅっと握る。堪えきれずに頬を緩めていると、その頬に悠吾の唇が触れた。
 ちゅ、ちゅ、と戯れるみたいに何度もキスを落としてくる。

「……ねえ、奏。脱がせて」

 ――んんん?

 何を言われたのか、一瞬わからなかった。
 きょとんと見つめ返していると、もう一度「脱がせて」と顔を近づけて囁かれる。ついでに鼻先に、ちゅっとキスを落とされた。
 ようやく意味を理解して、慌てて首を横に振る。
 そんなオレを見て、悠吾が不満そうに唇を尖らせた。

「だめ?」
「だめっていうか、何言ってんだよ」
「……じゃあ、ネクタイだけでいいから」

 会話は通じてると思う――けど、なんだかいつもの悠吾と違う。
 話し方はいつもよりゆっくりだし、何より言っていることがいつも以上に訳がわからない。
 これはまさしく、酔っ払いだ。

「それも、だめ?」
「わかったよ……ネクタイだけな」

 酔っ払い相手に真面目に取り合っても意味がない――そうオレに教えてくれたのは、いつも酔っぱらった父さんの相手をしている母さんだ。
 父さんも結構な絡み酒だった。
 普段はあんまり自分から話しかけてこないタイプなのに、酔っぱらうと途端に周りに絡み始める。
 そう、今の悠吾みたいに。

 ――いや、悠吾はちょっと違うかな。

 八柳さんに絡んでいる様子はなかったし、もしかしてオレに対してだけこんな感じなのかな。
 それはそれでまあ、じゃれついてくるワンコみたいで、可愛い……かも?
 繋いでいた手を解いて、悠吾の首元に指先を近づけた。こうやって誰かのネクタイを外すのは初めてだから、なんだか無駄にドキドキする。
 距離の近くなった悠吾の顔を見ないようにしながら、結び目に手を掛けた。
 結び目を通っているネクタイの片側をしゅっと引き抜くと、はらりと自然に結び目が解ける。

 ――あ、悠吾の匂い。

 外したネクタイから、フェロモンの香りが漂ってきた。
 濃くはないけど、一週間ぶりの番の香りに本能が強く反応する。鼻を近づけて嗅ぎたくなる衝動を必死で堪えながら、ネクタイを近くに椅子の背に引っ掛けた。

「……ほら、これでいいだろ」
「うん」

 まだ何か駄々をこねるかと思ったのに、悠吾は意外に素直だった。
 約束どおり、あとの服は自分で脱ぎ始める。
 それをじっと見ているのもなんだか居心地が悪くて、強引に悠吾から意識を逸らすため、オレは自分の特等席であるリビングのソファーに腰を下ろした。
 別に何をするわけでもなくスマホを弄っていたら、ジャケットを脱ぎ終えた悠吾がシャツの襟元を寛げながら、オレの前にやってくる。

「どうして、俺から離れるの?」
「別に、近くで見てる必要ないかと思って」
「あるよ。寂しい」

 今度は、やけにベタベタくっついてきた。
 オレの隣に座って身体を押しつけながら、くんくんと頭の匂いを嗅いでくる。

「ちょっと、やめろって」
「やだ。奏の匂い、嗅ぎたい」

 先にシャワーは浴びておいたので臭くはない、はず。
 気持ち的にはめちゃくちゃ恥ずかしいけど、これ以上抵抗してもややこしくなりそうなので、そのまま酔っ払いの悠吾の行為を受け入れることにする。

 ――ほんと、ワンコだ。

 でっかいワンコの相手をしていると思えば、たぶん大丈夫。
 ほのかに香ってくる悠吾のフェロモンをこっそり楽しんでいると、しばらくして、ようやく満足したのか悠吾がゆっくりと身体を離した。

「奏、喉乾いた」
「オレの飲みかけでよかったら、ペットボトルの水がそこに――」
「飲ませて」

 ――ちょ、っと!!

 この酔っ払い、予想以上にタチが悪いのかもしれない――っていうか、自由すぎる。
 でも、悠吾のこんな姿を見ることは滅多になさそうだし……そう考えれば、少しぐらい付き合ってやってもいいかって気持ちになってくる。
 テーブルの上に置いてあった、飲みかけのペットボトルを手に取る。
 蓋を開けて悠吾の口元に近づけようとしたのに、ペットボトルの口が悠吾の唇に触れる前に、ふいっと避けられてしまった。

「ちょ、動いたらこぼれるじゃん」
「違う」
「……は? 違うってなんだよ」
「これ」

 ふにり、と悠吾の指先がオレの唇に触れる。

「――口移しで飲ませて?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。