彼女はこのあと、僕がおいしく頂きました

なしひと

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7.彼女の手元には釘とトンカチ

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 それから僕らは浮月さんがどこからか拝借してきた楽器ケースの中に白地さんを詰めて、街の隅の廃倉庫へと運んだ。

 たどり着いた頃には時間もいい加減に遅く、幸いにして、夕暮れ闇を大荷物に横断する僕らの姿はあまり人目に付くこともなかったみたい。

 改めてコンクリート敷きの床へと転がされた白地さんの首筋に、浮月さんが普段から携帯している筋弛緩剤を打って、拘束をガムテープから鎖と手錠を組み合わせたものへと切り替えた。それでもあくまで服装だけは制服な白地さんは、今やどこからどう見ても立派な拉致監禁被害者といった趣だった。

「じゃあ早速、起きてもらうとしますか」

 と浮月さんがバケツいっぱいの水をかけるけれど、それだけではあいにく目覚めなかったので。むっ、と少し不満そうにした彼女は、白地さんの顔を直接に蹴り上げる。

「っ、!」「質問です。『はい』か『いいえ』で答えてください」

 ポケットから取り出した折りたたみナイフを流れるような動作の片手で開く。

「新しい白地さんも不死身ですか?」

 戸惑ったような瞳の下、口が開かれ。

「……誰?」

 絶叫。響き渡り、鎖ががちゃがちゃと音を立てる。見れば浮月さんの持っていたナイフが左腕、上腕部に穴を空けていた。

 あんまりに早過ぎる展開に付いていけない見学者な僕はもちろんのこと、当事者な白地さんさえも置き去りにして。実行犯な浮月さん一人だけは落ち着いたもので、これといった感動もなく淡々と所感を述べる。

「痛みあり。刺した感触も普通の肉っぽいですね」
「あああぁ……っ!」

 耐えきれず上げられた汗まみれの顔に、浮月さんは予期せぬ物を見付けたらしく尋ねる。

「あれ、何ですかその目は。もしかして恐怖より先に怒りが出てますか?」

 髪を掴んで、白地さんの頭を縛り付けた鉄柱に叩きつけて固定する。

「がっ!」

 こういう場面での浮月さんは、僕なんかよりも余程鬼だと思う。

 肘で頭部を固定したまま彼女の左目をこじ開けて、ナイフを黒目の数センチ先に突き立てる。

 白地さんの額が脂汗にまみれ、傍から見ていてもわかるほどに震えだした。

「はい、見えてますね。答えは二択で『はい』か『いいえ』のみ。『誰』や『どうして』は含まれません。わかりました?」
「……は、はい」
「今、どうして返事が出来ましたか?」
「え」

 蝸牛を踏み潰したような音がして、白地さんの眼球に深々とナイフを突き刺さる。

 刺しっぱなしのままに浮月さんはナイフを手放し、白地さんの髪も放した。

 泣き叫びながらいやいやするように首を振る白地さんは、しかし両腕が縛られているためナイフが自力で抜けず、ただ為す術なくもがき苦しんでいた。

 一方の浮月さんはと言えば、特に嬉しそうにするでもなく冷静に分析を続ける。

「自分の教室を血祭りに上げた人が普通の感性を残しているとは思っていませんでしたが、やっぱり元の白地さんとはメンタルから別人と考えた方が良さそうですね」
「……そうなの?」

 立ち上がって自分の鞄へと駆け寄り、中身を漁りながら言った。

「一般的な女子高生が、この短時間でよどみなく返事ができるほど、環境に適応できるわけないとは思いませんか」
「……」

 それは決めつけ過ぎな気もしたけれど、僕が真っ先に思い浮かべる女子高生はと言えば浮月さんなので、こちらの感性が基準として当てにならないのも間違いなくて、ひとまず僕は黙っておくことにした。

 彼女は釘とトンカチを取り出した。

「ま、待って。嫌、いやあああああぁ!」
「新しい白地さん、あまり騒がないでください。脳まで届かないそんなちゃっちぃナイフですぐ死ねないことくらい、頭を使わなくともわかるでしょう」

 そういう問題じゃないのではないかと思いつつ、僕は浮月さんの指示に従う形で白地さんの靴と靴下を脱がせるのを手伝った。

 綺麗に整えられた桃色の爪先が剥き出しにされる。

「記憶の一貫性も気になりますね」と、浮月さんはその甲を優しく撫でた。「新しい白地さん。あなたは古い白地さんが書いた、星田くんへの手紙の内容を覚えていますか」

 しばらく彼女は目からナイフを突き出したままの荒い息で答えなかったけれど、指の股に釘を当てられて、浮月さんがトンカチを掲げたあたりで「はい」と返事した。

「暗唱してみてください」
「え」と、これは僕。彼女は振り返った。
「そうですね。星田くんはそれが一致しているか確かめてもらえますか」
「待って浮月さん」

 実害がこちらに及ぶに至って、僕は今更に慌てる。

「記憶を確かめるだけなら、わざわざ僕への手紙の内容じゃなくても良くない?」
「いくつか理由はあるのですが」と顎に指を当てる。「ひとつ上げるなら、もし悩み抜いて書いたなら一番記憶に残っていそうだとは思いませんか」
「そうかもしれないけど」

 当然上手い反論は思いつかず、どうやら僕は、浮月さんの目の前で自らへの手紙を読み聞かせられるみたいだった。

 そこはかとなく、この場から逃げ出したい気持ちになる。

「純粋に文面も気になりますし」と呟かれたのが、しっかり聞こえてしまう。

 そう言えばこの人は凶器のたぐいを持つと性格が変わるのだった、と今更に思い出す。

 彼女の手元には釘とトンカチ。

 凶器……?
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