彼女はこのあと、僕がおいしく頂きました

なしひと

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26.それって、いわゆるデートなのでは

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 それから数時間後。

 浮月さんは我が家の居間でくつろいでいた。

「……」

 デインズさんらと別れて、昼下がり。今日も今日とて不登校児な僕らは私服に着替え、昼食の材料を買い揃えて、僕の家へと集合した。

 料理はできるけどしませんとの明確な宣言のち、浮月さんは台所を僕に任せて持ち込んだゲーム機をテレビに繋いで遊び始めていた。

「テレビなかったんじゃないですっけ?」「語弊があったかな。あるけど映らないんだよ」「契約切っちゃったってことですか?」「そうじゃなくて、ほら地デジだっけ。あれになってから何故か映らなくなって」「……」

 と絶句されたのが先刻のこと。お節介焼きと称して過言ではない浮月さんが他人の窮状を聞かなかったことにする場面なんて初めて見たし、恐らく我が家のテレビ事情は余程のものなのだろうと自覚させられる。

 とは言え現家主たる僕が基本使わないし半分居候な妹とて同じだろうけれど、たまにでも浮月さんのゲームが繋げるなら捨てなくて正解だったかなとの感想が浮かぶ程度だった。

 ふとその画面に目をやれば、彼女が今やっているのは静岡のゴーストタウンを舞台とするゾンビっぽい敵を倒していくホラーで、ゲームの中でまで死なない人外を相手にしなくてもいいんじゃないかと思いつつ。でも浮月さんにしてみればむしろ敵側に感情移入できるのかもしれない、なんて妙な具合に腑に落ちてしまった。さっきからわざとかと思えるほど負けて死にまくっているみたいだし。

 さて。

 一方の僕はと言えばパスタを茹でてソースの具材を炒めて皿によそって、二人分をこうして居間まで運んできたものの、先述の通りな光景を前に何か釈然としないものを感じる。

 これはあれだ、えっと。

「……日常ほわほわ空間」

 つい先章までいざ決戦といった雰囲気だったのに、気付けば僕らはラブコメテンプレ、いわゆる同棲イベントの真似事のようなことをしている。

 すべての物語はラブコメに収束するとはテンプレート過激派の常識で、曲がり角でパンをくわえて待ち構えているのもどちらかと言えば邪道。下着を履いてないどころか下着という概念を知らないくらいが天然系ヒロインとしての最低ラインと断言していたのは少なくとも僕ではなく浮月さんでもない(途中で我に返る)。

 食事ですかと折よく浮月さんが振り向き、僕らはちゃぶ台の向かい合わせに膝をつく。

「いただきます」

 と手を合わせる浮月さんは、しかしやはり先刻の緊張感なんてどこ吹く風で料理上手なんですねと嬉しそうだった。

 うん。

 こうも美味しそうに食べてもらえれば作り手冥利に尽きるとは思うものの、もう少し複雑そうな顔をしても良くないかな、なんてことも同時に思う。

 されど、どう切り出したものか。

 少し考えて。浮月さん、と僕はフォークを置いた。

「……はい?」
「今後どうするの?」

 僕の質問なんて予想していたかのように、頬笑みを描く口元。

「紅茶でもいただきたいところです」
「食後じゃなくて」しかも催促。

 冗談です、と笑う。パスタを巻きながら。

「そうですね、まずは白地さんたちとの交渉でしょうか」

 と、存外に真面目な解答が返ってくる。

 巳寅さんと手を組むことに決めたあの後、彼は僕らにひとつやるべきことを指示した。

 ゲーム条件の設定。しかもそれは双方の合意が必要であるらしき以上、確かに話し合いは不可欠だろう。

 なんてことを考えていたら。

「チャンネルは星田くんと妹さんの繋がりがありますし」
「……え」

 と、固まる僕。

 こちらの懸念が伝わらなかったらしく、首を傾げる浮月さん。

「面識のない相手と突然話し合いをしても、あまり生産的ではないでしょう」

 そういうことではなく。

 つまりこの部長様は、自分を我が家の妹様と面会させろと仰っているのか。

「……白地さんで良いんじゃない」
「でも立場的に上の人を通す方が話は早いと思いますけど」
「いや、えっと」

 浮月さんを妹に会わせたくないという僕個人の感情はひとまず置いておくとしても、その邂逅にとてもつもなく嫌な予感がするのは僕だけなのかな。

「どうしてそんなに嫌がるんです……?」
「別に、嫌ってわけじゃないけど」

 僕だけなんだろうな……。

 と、その時。何かが鳴っていることに気付く。音源は僕のスマホだった。

 食事を続ける構えの浮月さんに断って廊下へと出る。画面を見れば知らない番号からだった。

 警戒、するだけの危機意識もなく浮月さん以外からは久々だな、なんて思いつつ出てみる。

「あ、お兄ちゃん?」

 件の妹様だった。彼女が携帯を持っているとも知らなかったし、当然番号交換なんてしていない。

 それにしてもどうして学校からわざわざ、と内心で首を傾げつつ尋ねる。

「これ砂音の番号?」
「違うよ」と答えられて、とうとう物理的にも首を傾げる。

 受話器越しの喧騒からすると、向こうはちょうど昼休みらしかった。

「白地ちゃんの携帯。新しいの買ったんだって」
「……あぁ」

 そういえば白地さんのスマホは、屋上から落ちてきた時に僕が踏み潰したのだった。

 今思えば結局持ち主は死んでいなかったのだから申し訳ないことをしたと反省しつつ、なるほどこの電話の用件はその件での妹を挟んだ弁償請求かと身構えた僕にそっけなく。

「でさ、この番号登録しといてって」
「……?」

 ちょっと意思疎通に齟齬があった。

「チャットも申請しとくから、早めに返してって」
「待って」

 色々と疑問ばかり浮かぶうちのあえてひとつを選び、言葉にしようと試みる。

 僕の携帯番号を知っているのが妹だったというのはわかるけど。

「どうしてそれを本人じゃなく砂音が僕に伝えてるの」

 直接に本人が電話しても良さそうなのに。

 されど返ってきたのはため息混じりの。

「察しなよ」、と。

 どうして僕はこうまで呆れた声を出されてるんだろう。

「とにかく、そういうことだから」

 と、かかってきた時同様の唐突さで切られてしまう。

 不通音に重なる形で緑の通知ポップが浮かび、友達帳のメンバーが増える。

 白地さんのアイコンは初期設定の花柄だった。

 よくわからないままに申請を返しつつ、居間に戻る。

 興味ありげな浮月さんと目が合う。

「妹さんでしたか」
「そう、」かな?
「ならちょうど、放課後に会えるよう約束を取り付けてしまえば良かったかもですね」
「…………」

 そういえば電話を取る直前まで、僕らはそんな話をしていたのだった。

 焼け石に水な時間稼ぎのつもりで僕はフォークを手に取る。

 さて一時的な逃避から連れ戻されてみても、相変わらずの窮地具合に苛まれる僕としては。是非とも浮月さんと妹の直接衝突を回避したく。

 と、そこで思い付いた。

「つまり交渉のチャンネルがあれば良いんだよね」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ、その件はちょっと僕に任せてくれないかな」
「……どういうことです?」

 彼女の怪訝な顔に僕は、その思い付きが場当たり的なことを隠すための精一杯の余裕を見せて。

「ちょうど今週末、僕は白地さんに会うつもりだったから」

 ガタタッと浮月さんが身を乗り出す。

「取り乱さないで、浮月さん」
「別に取り乱してなんか、いません」

 ……あ、そう。

 高級そうな浮月さんのゴシックワンピースにパスタソースが飛びかけて焦ったのは僕だけみたい、なんて冗談はともかく。

 こちらの思惑としては、ちょうど手に入れた白地さんの番号を使って会う約束を作ってしまえ、程度の軽い気持ちだったのだけれど。

 どうしてか浮月さんの声音からは想定外に波紋を呼び起こしそうな予感があって、墓穴を掘ったかと冷たいものが背中を滑り落ちる。

 一方の浮月さんは落ち着いた様子(自己申告)でこほん、と咳払い。

「なるほど、星田くんが白地さんと個人的にお会いするなら」

 気持ち、跳ね上がる語尾。

 卑怯な僕はそれに気付かなかったふりをした。

「交渉そのものとまではいかなくとも、きっかけとしてはちょうど良いかもですね」
「向こうの出方次第では、その日のうちにかなりの細部まで詰められると思うよ」
「もしこれが流されても、最終決定には妹さんのチャンネルが残っている、と。確かに段取りとしては理想的ですね」
「でしょう」

 と再度の相槌に、しかし浮月さんは大して構わず。

「それより、訊きたいのですが」

 と首を傾げた。

 僕もつられる形で傾げかける。

「話の流れからするに、週末は白地さんと遊びに行く予定だったんですよね」
「うん……遊びかな?」

 予定も何も、連絡手段さえたった今手に入れたばかり。例え渋られたとしても、スマホの件があるからとお詫びも兼ねて行けばそうそう断られることはないだろうという打算。

 されどそもそもが場しのぎのでっち上げだし、浮月さんが仰るほどの設定は用意していないというのが正直なところ。

「それって、いわゆるデートなのでは」
「……そうかな?」
「……っ」

 何故かイラッとしたような沈黙を挟まれた。

 しかしこちらが訝しむ次の瞬間には咳払いで誤魔化されて、浮月さんの目元に残ったのはどこか危機本能をくすぐられる笑顔。

 星田くん、と。

「今週末というと、もう明日ですか」
「そうだね、……まだ誘ってないから向こうの都合次第だけど」

 星田くん。星田くん。星田くん。

「どこか釈然としないものはありますが、そういう事情があるなら、この件は星田くんに任せます」
「……」何故か名前連呼。「承ります」

 もはや疑いようもなく不穏な彼女に薄ら寒いものを感じながら、ともあれ、思い通りにことが進みそうな安堵に息を吐く。

「そういえば」

 と、浮月さん。殺気と紛うほどの真剣さ。

「私って、友達と遊びに行くことも少なかったんですよ」
「……」

 だからちょっと羨ましいです、と続けられて。

 しばしの沈黙。

 ……えっと、つまり。

「なら、もし良ければだけど」

 万一にも返答を間違えたらとの想定に、背筋が冷たくなる感触を覚えながらも。恐らく、こういうことだろうと口を開く。

「落ち着いたら『普通部』でも、遊びに出てみようか」

 幸いにして僕は解答を間違えなかったらしく。

「それは名案ですね、あくまで部活動のつもりで」

 デートテンプレの体験実習ですと、口調そのものは真面目ながら。嬉しそうな線を描きかけては、堪えて真剣な顔に作ろうとする浮月さんの口元を見て。

 なるほどこれもテンプレかと納得する僕がいた。
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