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第5話 血を呼ぶ森
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夜明け前の空はまだ群青色を残していた。
祐真は交番の窓を開け放ち、外の冷たい空気を吸い込んだ。
胸の奥に、昨日から貼りついた不快なざわめきがある。
机の引き出しにしまった赤い葉──それは朝になっても、かすかに湿り気を帯びていた。
「呼ばれてる……」
春香の声が脳裏に響く。祐真は額を押さえ、首を振った。
迷信じゃない。だが、論理で説明できるものでもない。
午前、祐真は町の図書館を訪ねた。
資料室に入り、地元史の棚を漁っていると、背後から声をかけられた。
「刑事さん……また余計なものを探してる」
そこに立っていたのは、司書の老人だった。
痩せた背筋は曲がり、眼鏡の奥で小さな目が細められている。
「橘の家に関わるな」
いきなりそう告げられ、祐真は眉をひそめた。
「なぜです?」
「……あの家は、森に選ばれたんだ。代々、女の子が……」
老人はそこで言葉を濁した。
祐真は思わず問い詰める。
「20年前の失踪も、今回の件も、森と橘家に関係があると?」
「口に出すな!」
老人の声は図書室に不釣り合いなほど鋭かった。
周囲の誰もいない本棚の影。
その一瞬、窓の外の木立がざわめき、紅い葉がひらひらと舞い込んできた。
老人は顔を青ざめさせ、祐真の胸ぐらを掴んだ。
「呼ばれるぞ。あんたもな……!」
その眼に浮かんだのは狂気か、それとも純然たる恐怖か。
夕方。
祐真は橘家を再び訪れた。
春香は仏壇の前に座り、じっと線香の煙を見つめていた。
「……美桜のことを調べてくださったんですね」
春香の声は落ち着いていた。
祐真は頷き、正直に話した。
「町の人間は“橘の家は森に選ばれている”と口を揃えます。……何か心当たりは?」
春香はしばらく黙り込んだ。
やがて、かすれた声で言った。
「母から聞いたことがあります。もっと昔……曾祖母の代にも、娘が祭りの夜に消えたと」
祐真の背筋が凍りついた。
二十年ごとに、橘の家から少女が消える──そういう筋書きが浮かび上がる。
春香は、仏壇の遺影に目をやった。
「美桜を失ったとき、私は信じたくなかった。でも……今度は現実です。
あの森は、橘の血を呼んでいる」
その夜。
祐真は森の入り口に立っていた。
風がざわめき、枝が軋み、赤い葉が舞う。
耳に、囁きが届く。
──くれは。
──かえして。
闇の奥から、少女の声が幾重にも重なり響く。
それは、くれはの声に混じって、別の幼い声──美桜のものまで含まれていた。
祐真は息を呑み、森を睨んだ。
背筋を這い上がる戦慄を押し殺しながら。
「……必ず助ける。俺が証明してみせる」
だがその言葉をかき消すように、木々のざわめきが笑い声へと変わった。
夜の森は、まるで祐真を試すかのように赤く染まっていた。
祐真は交番の窓を開け放ち、外の冷たい空気を吸い込んだ。
胸の奥に、昨日から貼りついた不快なざわめきがある。
机の引き出しにしまった赤い葉──それは朝になっても、かすかに湿り気を帯びていた。
「呼ばれてる……」
春香の声が脳裏に響く。祐真は額を押さえ、首を振った。
迷信じゃない。だが、論理で説明できるものでもない。
午前、祐真は町の図書館を訪ねた。
資料室に入り、地元史の棚を漁っていると、背後から声をかけられた。
「刑事さん……また余計なものを探してる」
そこに立っていたのは、司書の老人だった。
痩せた背筋は曲がり、眼鏡の奥で小さな目が細められている。
「橘の家に関わるな」
いきなりそう告げられ、祐真は眉をひそめた。
「なぜです?」
「……あの家は、森に選ばれたんだ。代々、女の子が……」
老人はそこで言葉を濁した。
祐真は思わず問い詰める。
「20年前の失踪も、今回の件も、森と橘家に関係があると?」
「口に出すな!」
老人の声は図書室に不釣り合いなほど鋭かった。
周囲の誰もいない本棚の影。
その一瞬、窓の外の木立がざわめき、紅い葉がひらひらと舞い込んできた。
老人は顔を青ざめさせ、祐真の胸ぐらを掴んだ。
「呼ばれるぞ。あんたもな……!」
その眼に浮かんだのは狂気か、それとも純然たる恐怖か。
夕方。
祐真は橘家を再び訪れた。
春香は仏壇の前に座り、じっと線香の煙を見つめていた。
「……美桜のことを調べてくださったんですね」
春香の声は落ち着いていた。
祐真は頷き、正直に話した。
「町の人間は“橘の家は森に選ばれている”と口を揃えます。……何か心当たりは?」
春香はしばらく黙り込んだ。
やがて、かすれた声で言った。
「母から聞いたことがあります。もっと昔……曾祖母の代にも、娘が祭りの夜に消えたと」
祐真の背筋が凍りついた。
二十年ごとに、橘の家から少女が消える──そういう筋書きが浮かび上がる。
春香は、仏壇の遺影に目をやった。
「美桜を失ったとき、私は信じたくなかった。でも……今度は現実です。
あの森は、橘の血を呼んでいる」
その夜。
祐真は森の入り口に立っていた。
風がざわめき、枝が軋み、赤い葉が舞う。
耳に、囁きが届く。
──くれは。
──かえして。
闇の奥から、少女の声が幾重にも重なり響く。
それは、くれはの声に混じって、別の幼い声──美桜のものまで含まれていた。
祐真は息を呑み、森を睨んだ。
背筋を這い上がる戦慄を押し殺しながら。
「……必ず助ける。俺が証明してみせる」
だがその言葉をかき消すように、木々のざわめきが笑い声へと変わった。
夜の森は、まるで祐真を試すかのように赤く染まっていた。
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