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第7話 紅葉の境界
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夜、町は静まり返っていた。
交番の机に広げた地図の上で、祐真は指を動かす。
赤鉛筆で囲ったのは、くれはが消えたとされる森の一帯──「楓の森」。
頬に残る赤い印は、もう細い筋ではなかった。
枝のように複雑に広がり、まるで樹木が皮膚の下から生えてくるようだ。
鏡を見るたび、吐き気を覚えた。
(放っておけば、俺自身が“森に還る”……)
だが、そんなことよりも先に──くれはを救わなければ。
翌朝、祐真は再び橘家を訪れた。
春香は玄関先に立ち尽くしていた。
痩せた肩は夜通し泣き明かしたように震えている。
「……刑事さん」
春香は祐真の頬の傷を見て、息を呑んだ。
「やはり、森に選ばれてしまったのですね」
「俺はまだ、囚われちゃいない」
祐真は力強く言った。
「必ず、くれはを連れ戻します」
春香はかすかに微笑んだ。
それは祈りとも諦めともつかない表情だった。
「くれはを見つけても……もし人でなくなっていたら、そのときは──」
祐真はその続きを聞かず、頭を振った。
「そんな可能性は考えない。俺が必ず助ける」
日が沈む頃。
祐真は拳銃と懐中電灯を手に、森の入り口に立った。
紅葉の木々はざわめき、風もないのに葉が舞っていた。
境界を越える一歩手前で、背筋を冷たい汗が流れる。
──来い。
──もっと奥へ。
囁きが耳の奥に直接響く。
それはくれはの声と、美桜の声、そして知らない少女たちの声が混じり合ったものだった。
祐真は深く息を吸い、境界を越えた。
森の中は、異様な静けさに包まれていた。
足音だけが土を踏みしめる音を立てる。
紅葉の葉は落ちてもなお赤を失わず、地面を血に染めていた。
やがて──足元の葉がざわめいた。
祐真は懐中電灯を向ける。
そこには、少女の影が立っていた。
背丈は小さく、三歳ほど。
振り返った顔は、写真で見た橘美桜のものだった。
「……美桜?」
祐真の声に、影は微笑んだ。
その瞬間、影は葉のように崩れ、無数の赤い羽虫となって宙に舞った。
耳を塞ぐ間もなく、声が渦を巻く。
──いっしょに。
──還ろう。
頭蓋に針を刺すような痛み。
祐真は地面に膝をつき、必死に声を振り払った。
「俺は……帰さない! 必ず、連れ戻す!」
その叫びに応えるように、森の奥で赤い光が瞬いた。
祐真はふらつきながらも、光の方へ足を進めた。
境界を越えた祐真の背後で、森は音もなく閉ざされた。
振り返れば、町の灯はもうどこにも見えない。
あるのは、血に染まったような紅葉の闇だけだった。
交番の机に広げた地図の上で、祐真は指を動かす。
赤鉛筆で囲ったのは、くれはが消えたとされる森の一帯──「楓の森」。
頬に残る赤い印は、もう細い筋ではなかった。
枝のように複雑に広がり、まるで樹木が皮膚の下から生えてくるようだ。
鏡を見るたび、吐き気を覚えた。
(放っておけば、俺自身が“森に還る”……)
だが、そんなことよりも先に──くれはを救わなければ。
翌朝、祐真は再び橘家を訪れた。
春香は玄関先に立ち尽くしていた。
痩せた肩は夜通し泣き明かしたように震えている。
「……刑事さん」
春香は祐真の頬の傷を見て、息を呑んだ。
「やはり、森に選ばれてしまったのですね」
「俺はまだ、囚われちゃいない」
祐真は力強く言った。
「必ず、くれはを連れ戻します」
春香はかすかに微笑んだ。
それは祈りとも諦めともつかない表情だった。
「くれはを見つけても……もし人でなくなっていたら、そのときは──」
祐真はその続きを聞かず、頭を振った。
「そんな可能性は考えない。俺が必ず助ける」
日が沈む頃。
祐真は拳銃と懐中電灯を手に、森の入り口に立った。
紅葉の木々はざわめき、風もないのに葉が舞っていた。
境界を越える一歩手前で、背筋を冷たい汗が流れる。
──来い。
──もっと奥へ。
囁きが耳の奥に直接響く。
それはくれはの声と、美桜の声、そして知らない少女たちの声が混じり合ったものだった。
祐真は深く息を吸い、境界を越えた。
森の中は、異様な静けさに包まれていた。
足音だけが土を踏みしめる音を立てる。
紅葉の葉は落ちてもなお赤を失わず、地面を血に染めていた。
やがて──足元の葉がざわめいた。
祐真は懐中電灯を向ける。
そこには、少女の影が立っていた。
背丈は小さく、三歳ほど。
振り返った顔は、写真で見た橘美桜のものだった。
「……美桜?」
祐真の声に、影は微笑んだ。
その瞬間、影は葉のように崩れ、無数の赤い羽虫となって宙に舞った。
耳を塞ぐ間もなく、声が渦を巻く。
──いっしょに。
──還ろう。
頭蓋に針を刺すような痛み。
祐真は地面に膝をつき、必死に声を振り払った。
「俺は……帰さない! 必ず、連れ戻す!」
その叫びに応えるように、森の奥で赤い光が瞬いた。
祐真はふらつきながらも、光の方へ足を進めた。
境界を越えた祐真の背後で、森は音もなく閉ざされた。
振り返れば、町の灯はもうどこにも見えない。
あるのは、血に染まったような紅葉の闇だけだった。
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