紅葉-くれは-

菊池まりな

文字の大きさ
10 / 155

第9話 社の囁き

しおりを挟む
紅葉で敷き詰められた道を進むと、森は次第に狭まり、やがて一つの空間へと開けた。
 そこには、古びたやしろが佇んでいた。
 苔むした石段、黒ずんだ鳥居。
 屋根は半ば崩れ落ち、しかし赤い葉に覆われて、異様なほど荘厳に見える。

 祐真の頬の印が、じりじりと焼けるように熱を帯びた。
 まるで社そのものが、彼を歓迎しているかのようだった。



 鳥居をくぐった瞬間、空気が一変した。
 冷たい風が吹き、祐真の懐中電灯は一瞬、明滅する。
 気配──。
 祐真は銃を構えた。

 ざわ、と社の周囲の紅葉が揺れる。
 次の瞬間、木々の影から無数の人影が現れた。

 子ども、若い娘、壮年の男。
 着ている衣服は時代も姿もばらばらだが、誰もが瞳を失い、虚ろに祐真を見つめていた。
 皮膚は透け、身体の輪郭は紅葉に溶けかけている。

 (……これが、過去の犠牲者たちか)



 最前に立っていたのは、三歳ほどの幼子だった。
 紅葉の枝を握りしめ、首をかしげる。
 「いっしょに、あそぼ」

 祐真の胸が締め付けられた。
 「……橘、美桜……」

 名を呼んだ瞬間、幼子は微笑み、しかし口から紅葉の葉を吐き出した。
 それは虫の羽音に変わり、祐真の耳をつんざく。

 次々と亡霊たちが声を合わせる。
 「ここに残れ」
 「おまえも、還れ」
 「赤い森の中で、いっしょに……」



 祐真は必死に声を振り払った。
 「俺は還らない! 俺は、生きて彼女を取り戻す!」

 その叫びに、社の扉が音を立てて開いた。
 中は闇。
 だが、その奥から確かに聞こえる。

 「……ゆうま、さん……」

 ──くれはの声。


 祐真は一歩踏み出した。
 亡霊たちがざわめく。
 腕を伸ばす者、泣き叫ぶ者。
 だが彼らは祐真に触れることができない。
 祐真の頬の印が炎のように輝き、道を切り開いていた。

 石段を登るたびに、祐真の耳に過去の声が流れ込む。
 「助けて……」
 「寒いよ……」
 「痛い……」
 「ママ……」

 それは幾百年にもわたる生贄の叫びだった。

 社の中に足を踏み入れると、空気はさらに重くなった。
 奥には、巨大な鏡が据えられている。
 鏡面は割れ、ひびの隙間から赤い光が漏れていた。

 その前に、ひとりの少女が立っていた。
 長い黒髪、白いワンピース。
 振り返った顔は──くれはだった。

 「……くれは!」
 祐真は駆け寄る。

 だがくれはの瞳は虚ろで、唇がゆっくりと動いた。
 「ここにいれば、みんな幸せなの。だから、祐真さんも──」

 囁きに合わせ、鏡のひびから紅葉の葉が吹き出す。
 その葉は鎖のように祐真の腕に絡みついた。

 「……俺は、おまえを絶対に置いていかない!」
 祐真は銃を構え、鏡に狙いを定めた。



 引き金を絞った瞬間、轟音とともに鏡が砕け散った。
 紅葉の葉が渦を巻き、狂ったように空を覆う。
 亡霊たちの叫びが森全体に響き渡った。

 そして──闇の中から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。

 祐真の目に映ったのは、人でも獣でもない、紅葉そのものが形を持った怪異だった。
 赤い枝を腕とし、数え切れぬ顔をその身に宿した怪物。
 囁きの正体──森の主。

 その視線が祐真を射抜いた瞬間、胸の奥に冷たいものが流れ込んだ。

 「……おまえが、“紅葉”か」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...