紅葉-くれは-

菊池まりな

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第16話 誘いの声

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夜の気配が町を包み込む頃、氷川美奈は布団の上で身を固くしていた。
 窓の外から吹き込む風は冷たいはずなのに、耳に届くのは生暖かい囁き。

 ──美奈……
 ──こっちへおいで……

 聞き慣れた声。まるで亡くなった友人の声のようにも聞こえた。
 美奈は震える手で耳を塞ぐが、囁きは内側から響くように頭の奥に忍び込んでくる。

「やめて……私、行かない……」

 そうつぶやいても、声はやまない。むしろ強く、優しく、甘やかすように重なっていく。
 そして気づけば、彼女の足は勝手に床へ降りていた。



 一方その頃、橘春香は寺の一室にいた。
 古沢住職と祐真とともに、ろうそくの明かりの下で向かい合っている。

「やはり……美奈は森に呼ばれていますね」
 古沢の低い声に、春香は顔色を失った。

「彼女はまだ十七歳。私のくれはと同じ……どうしてこんなことに……」
 春香の言葉は途切れ、手は小刻みに震えていた。
 二十年前、最初の娘を失った時と同じように。

 祐真は彼女を見つめ、静かに言った。
「森が彼女を選んだんじゃない。弱った心を、森が狙っているんです」

「弱った心……?」
「美奈は何かを抱えているはずです。だから囁きに縋ろうとしてしまう」

 その時、古沢が眉をひそめた。
「……遅い」

 春香と祐真は顔を見合わせた。
 住職の目が鋭く光る。

「森の声が、もう彼女を動かし始めている」




 深夜。
 制服のままの美奈がふらりと家を出て、赤い紅葉の舞う森の入口に立っていた。
 瞳は焦点を失い、口元はかすかに笑っている。

 ──おいで……
 ──紅葉の下で待っているよ……

 囁きに導かれるように、一歩、また一歩と森の奥へ足を踏み入れる。
 背後の暗闇から、誰かがその様子を見ていた。

 それは祐真だった。
 彼は胸の奥に残る痛みを押さえ込み、彼女を追って森へ踏み出す。

「今度こそ──誰も失わせはしない」

 森は風もなく、ただ無数の声だけが蠢いていた。

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