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第36話 森の境界
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月明かりの下、村はひっそりと眠っていた。
だが、春香、美奈、祐真の三人だけは眠れずにいた。
翌日の夜、森へ入る──。
その決意は固まったはずなのに、春香の胸はざわつき続けていた。
窓を開けると、外からは湿った風が流れ込み、紅葉の声を模したような囁きが耳をかすめた。
──待ってる。
胸の奥に冷たいものが走り、春香は窓を閉めた。
翌日。
三人はそれぞれに準備を整え、夕刻、村の外れにある「森の入口」に集まった。
だがそこには、彼らを待ち構える人々の姿があった。
村の古老たちが、焚き火の周りに集まり、無言で森の方を見つめている。
その中の一人、白髪交じりの佐伯老人が低い声で言った。
「……お前たち、森に入るつもりだな」
祐真が答えようとしたが、春香が一歩前に出た。
「紅葉が……娘が森で私を待っているの。止めないで」
老人は目を細め、煙の向こうから春香を見据えた。
「二十年前、美桜が消えた夜を覚えているか」
「……」
春香の喉が詰まった。
老人は続けた。
「森は“呼ぶ”んじゃない。森の奥にいる“何か”が、子どもを媒介にして人を引きずり込むのだ。行けば、戻れん」
美奈は唇を震わせた。
「でも……紅葉は生きてる。呼んでるんです」
老人は美奈を一瞥し、深くため息をついた。
「お前らの言う“声”は、本人じゃない。……森が作り出す幻だ」
春香は首を振った。涙で視界がにじむ。
「幻でもいい。……あの子に会いたい」
その強い言葉に、沈黙が落ちた。
老人たちは互いに視線を交わし合い、やがて誰も止めなくなった。
ただ、一人の老婆が震える声で囁いた。
「……森の境界を越えるとき、必ず“代償”を求められる。忘れるな」
三人は松明と懐中電灯を手に、森の入口へと進んだ。
その足元に広がるのは、紅葉の名にふさわしい散り敷いた赤い葉。
だが不思議なことに、落ち葉は風もなく揺れず、まるで彼らを待ち受けていたかのように道を形作っていた。
美奈が小さく息を呑んだ。
「……見て。紅葉の色が……森の奥へ続いてる」
春香の心臓が高鳴る。
まるで娘が手招きしているようだった。
祐真は拳を握りしめる。
かつて、美桜が消えたときも同じような紅い道が伸びていた記憶が蘇っていた。
「……もう後戻りはできない」
三人は互いに頷き合い、森の境界を踏み越えた。
その瞬間、空気が一変した。
風が止み、外の世界から切り離されたかのような、重苦しい沈黙が彼らを包み込んだ。
そして森の奥から、確かに聞こえた。
──おいで。
紅葉の声に似た、けれどどこか歪んだ囁きが。
だが、春香、美奈、祐真の三人だけは眠れずにいた。
翌日の夜、森へ入る──。
その決意は固まったはずなのに、春香の胸はざわつき続けていた。
窓を開けると、外からは湿った風が流れ込み、紅葉の声を模したような囁きが耳をかすめた。
──待ってる。
胸の奥に冷たいものが走り、春香は窓を閉めた。
翌日。
三人はそれぞれに準備を整え、夕刻、村の外れにある「森の入口」に集まった。
だがそこには、彼らを待ち構える人々の姿があった。
村の古老たちが、焚き火の周りに集まり、無言で森の方を見つめている。
その中の一人、白髪交じりの佐伯老人が低い声で言った。
「……お前たち、森に入るつもりだな」
祐真が答えようとしたが、春香が一歩前に出た。
「紅葉が……娘が森で私を待っているの。止めないで」
老人は目を細め、煙の向こうから春香を見据えた。
「二十年前、美桜が消えた夜を覚えているか」
「……」
春香の喉が詰まった。
老人は続けた。
「森は“呼ぶ”んじゃない。森の奥にいる“何か”が、子どもを媒介にして人を引きずり込むのだ。行けば、戻れん」
美奈は唇を震わせた。
「でも……紅葉は生きてる。呼んでるんです」
老人は美奈を一瞥し、深くため息をついた。
「お前らの言う“声”は、本人じゃない。……森が作り出す幻だ」
春香は首を振った。涙で視界がにじむ。
「幻でもいい。……あの子に会いたい」
その強い言葉に、沈黙が落ちた。
老人たちは互いに視線を交わし合い、やがて誰も止めなくなった。
ただ、一人の老婆が震える声で囁いた。
「……森の境界を越えるとき、必ず“代償”を求められる。忘れるな」
三人は松明と懐中電灯を手に、森の入口へと進んだ。
その足元に広がるのは、紅葉の名にふさわしい散り敷いた赤い葉。
だが不思議なことに、落ち葉は風もなく揺れず、まるで彼らを待ち受けていたかのように道を形作っていた。
美奈が小さく息を呑んだ。
「……見て。紅葉の色が……森の奥へ続いてる」
春香の心臓が高鳴る。
まるで娘が手招きしているようだった。
祐真は拳を握りしめる。
かつて、美桜が消えたときも同じような紅い道が伸びていた記憶が蘇っていた。
「……もう後戻りはできない」
三人は互いに頷き合い、森の境界を踏み越えた。
その瞬間、空気が一変した。
風が止み、外の世界から切り離されたかのような、重苦しい沈黙が彼らを包み込んだ。
そして森の奥から、確かに聞こえた。
──おいで。
紅葉の声に似た、けれどどこか歪んだ囁きが。
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