紅葉-くれは-

菊池まりな

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第61話 記録層の祭

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落下の感覚が消えたとき、祐真は湿った土の上に横たわっていた。
 鼻を突くのは、焦げた木と血のような鉄のにおい。
 耳の奥で、笛や太鼓の音が混じった不気味な旋律が響いている。

 ──秋祭りの音だ。

 ゆっくりと顔を上げると、そこには夜の村が広がっていた。
 空には赤い月。
 周囲には、提灯の灯がゆらゆらと揺れている。
 だがその灯は、温かみを持たず、まるで魂の炎のように青白かった。

 「ここは……?」
 春香の声が震える。
 隣には、美奈が顔をこわばらせながら立っていた。
 「まさか……20年前の秋祭り……?」

 視線を巡らせると、祐真は自分たちが“境界層”にいることを直感した。
 記録──つまり、過去の“断片”が具現化した場所。
 それは映像でも夢でもない。
 過去の記憶そのものが、彼らを呑み込んでいる。

 村人たちが、境内の中央に集まっていた。
 提灯の列の向こう、神楽殿の前に小さな祭壇があり、その上には──。

 「……子ども……?」
 美奈が声を漏らした。

 3歳ほどの少女が、白い着物を着せられて祭壇に立っている。
 その頬には朱の印が描かれ、手には鈴。
 少女の名を、祐真は知っていた。

 ──橘美桜。

 胸の奥に冷たい痛みが走る。
 「やめろ……そんなことをさせるな……!」
 祐真が叫んだ。だが声は誰にも届かない。
 村人たちは無表情で、ゆっくりと祈りの詞を唱え続けている。

 春香が唇を震わせ、涙をこらえた。
 「こんな……こんなことが本当に……?」
 「これは過去の記録層です。俺たちは見てるだけなんだ……でも、なぜ見せられている?」

 そのとき、神楽殿の奥から、白衣をまとった“影”が姿を現した。
 その顔には面をつけており、口の部分だけが赤黒く濡れている。
 その手に数珠が光った。

 「古沢住職……!」
 春香が息を呑む。
 影は静かに美桜の額に手をかざし、低い声で言葉を紡いだ。

 《森の声を封じ、人の形に宿らせる。
  贄は“媒介”となり、境界を繋ぐ》

 祈祷の声が高まり、笛が狂ったように鳴り響く。
 その瞬間、空気が裂けた。
 背後の森から黒い風が吹き抜け、提灯の火をすべて飲み込んだ。

 少女の鈴が鳴る──カラン、カラン──
 そして、その身体は光に包まれ、形を失っていく。

 春香の叫びが響いた。
 「美桜ぁああっ!」

 だが、少女の姿はすでになく、祭壇の上にはただ一つの“影”が残された。
 それは、森の根のような黒い塊。
 無数の声がそこから漏れ出していた。

 ──カエセ。
 ──ヨコセ。
 ──マダ足リナイ。

 地面がひび割れ、祐真たちの足元に光の線が走る。
 記録層が崩壊していく。
 「逃げるぞ!」祐真が美奈と春香の腕を掴む。
 だが、春香の足は止まっていた。

 「今の……あの声、紅葉の声も混じってた……!」
 春香の目が狂気のように光る。
 「紅葉は贄なんかじゃない、呼ばれたんじゃない……あの子は──“選ばれた”のよ!」

 祐真が振り返ると、春香の足元から黒い影が伸びていた。
 それはまるで森の根が形を変えたように、彼女の脚を絡め取る。

 「春香さんっ!」
 美奈が叫んで手を伸ばした瞬間、世界が白く弾けた。

 最後に祐真の耳に届いたのは、春香の声でも美桜の声でもなかった。

 ──「次は、お前だよ、祐真くん。」

 低く囁くその声は、20年前とまったく同じ“森の声”だった。

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