紅葉-くれは-

菊池まりな

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第93話 もうひとりの部屋

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 鈴の音は、確かに祠の外から聞こえた。
 けれど、その音が近づくにつれ、空気が妙にひんやりとしていく。
 まるで、地下全体が息をひそめて彼らを見つめているようだった。

「……春香さん、ここにいてください。僕が見てきます」
 祐真が低く言う。
 懐中電灯を構え、祠の方へ一歩踏み出した──その瞬間、また“コトリ”と背後で音がした。

「……今、聞こえました?」
 春香が小さくうなずく。
 灯りを当てると、通路の奥に細い階段が見えた。
 下へと続いている。

 躊躇いながらも、祐真は降りていった。
 春香も後に続く。
 階段の先は、まるで小さな部屋のような空間だった。

 そこには古びた木の机と、壊れかけた椅子、そして壁一面に貼られた紙があった。
 子どもの手で描かれた絵。
 森、鳥、月、そして女の子の笑顔。
 だが、それらの絵の隅に、赤黒いインクで上書きされている。

 ──「かえして」
 ──「おねえちゃんはどこ?」
 ──「また まつりがくる」

 春香は息を呑んだ。
 その筆跡は、美桜のものに似ていた。

 机の上には、小さな木箱が置かれている。
 蓋を開けると、中には乾いた花びらと、赤い鈴のついた髪飾り。
 それは、紅葉が失踪した夜、確かに身につけていたものだった。

「どうして……ここに……?」
 春香の声が震える。
 祐真は無言で髪飾りを見つめた。
 そこにこびりついた土の匂いが、どうしても“最近のもの”のように感じられた。

「春香さん。──誰か、ここを使っていたかもしれません」

 その言葉に、春香ははっとした。
 机の引き出しの奥に、小さなノートが隠されていたのだ。
 表紙には黒いインクでこう書かれていた。

 「くれはの日記」

 ページをめくると、細い文字でこう綴られていた。

 > ここは暗いけど、あたたかい。
 > すぐそばに、あの子の声がする。
 > 「いっしょにあそぼ」って、毎晩、呼ばれる。
 > でも、外には出ちゃいけないんだって。
 > お母さん、ごめんね。もうすこしだけ、待ってて。

 春香の指先が震えた。
 ページの端に、乾いた涙の跡が残っている。

 そのとき──
 上の階段から、土の崩れる音が響いた。

「……誰か、いる」
 祐真が反射的にライトを向けた。

 けれど、そこには誰の姿もなかった。
 ただ、光の端に、白いワンピースの裾のようなものが揺れた気がした。

 春香は無意識に手を伸ばした。
「美桜……? 紅葉……?」

 呼びかける声が、湿った空気の中に吸い込まれていく。
 返事はない。

 だが次の瞬間、部屋の壁に貼られた紙が、一斉に“ひらり”と揺れた。
 まるで見えない風が吹き抜けたように。

 そして、一枚の紙が春香の足元に落ちる。
 それには、幼い文字でこう書かれていた。

 「また まつり の よる に あえる ね」

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