120 / 155
第119話 掘り返された白(二)
しおりを挟む
白い骨を見た瞬間、春香の喉から、かすれた息が漏れた。
「……み……お……」
名前にすらならない声だった。
祐真は即座に春香の肩を掴む。
「見るな! 春香さん、今は──」
「離して……!」
春香は震える手で祐真の腕を振りほどき、ふらつきながら一歩、穴の方へ踏み出した。
「それ……それは……あの子の……」
「違う。まだ、決まったわけじゃない」
祐真はそう言いながらも、視線は骨から離せなかった。
形状から見て、小さな子どものものだ。
──三歳。
数字が、無言のまま脳裏に浮かぶ。
美奈は口元を押さえ、必死に嗚咽を堪えていた。
「そんな……二十年も……ずっと……森の中に……?」
その問いに、答えられる者はいなかった。
そのときだった。
ざり……。
すぐ背後で、確かに“土を踏みしめる音”がした。
全員が一斉に振り返る。
ランタンの光が照らし出したのは──
先ほどまで“何もなかったはずの場所”。
だが今はそこに、人の形をした影だけが立っていた。
顔がない。
輪郭だけが、闇から浮き上がったように揺れている。
祐真が銃を構え、叫ぶ。
「誰だ! 名前を名乗れ!」
影は、答えない。
代わりに、ゆっくりと──
“埋められた穴”の方へ向かって、一歩、足を運んだ。
「……触るな!」
祐真が引き金に指をかけた、その瞬間。
影の足元から、湿った声のようなものが、重なり合って響いた。
──か……え……し……て……
──か……え……し……て……
幼い声。
だが、ひとつではない。
幾重にも重なった子どもの声だった。
美奈が堪えきれずに叫ぶ。
「やめて! 紅葉を返して!」
その名に、影がぴたりと動きを止めた。
そして──
ゆっくりと、首のないはずの“頭”を、こちらへ向けた。
空洞のはずの顔の位置に、
ほんの一瞬だけ、“誰かの目”が浮かんだ。
「……これは……」
春香の背筋が、ぞわりと粟立つ。
「“美桜”じゃない……。でも……紅葉とも、違う……」
次の瞬間──
森の奥から、無数の足音が一斉に鳴り出した。
人の数ではない。
獣でもない。
“誰かになりきれなかったものたち”が、こちらへ集まり始めている。
祐真が叫ぶ。
「退け! 今すぐ森を出る!」
だが、春香は動かなかった。
彼女の視線は、なおも“白い骨”に縫い止められていた。
「……あの子を……」
震える声で、春香は言った。
「美桜を……ここに、ひとりきりで、置いてたなんて……」
その瞬間──
影が、初めて“言葉”を発した。
低く、濁った、複数の声が混じる音で。
──ま……だ……か……え……れ……な……い……
──つ……ぎ……は……
影は、ゆっくりと──
春香の方へ向かって、一歩踏み出した。
そして同時に、
地中から、別の白いものが、土を押し上げて現れ始めた。
それは──一本ではなかった。
まるで、“まだ終わっていない”ことを、森そのものが告げるかのように。
「……み……お……」
名前にすらならない声だった。
祐真は即座に春香の肩を掴む。
「見るな! 春香さん、今は──」
「離して……!」
春香は震える手で祐真の腕を振りほどき、ふらつきながら一歩、穴の方へ踏み出した。
「それ……それは……あの子の……」
「違う。まだ、決まったわけじゃない」
祐真はそう言いながらも、視線は骨から離せなかった。
形状から見て、小さな子どものものだ。
──三歳。
数字が、無言のまま脳裏に浮かぶ。
美奈は口元を押さえ、必死に嗚咽を堪えていた。
「そんな……二十年も……ずっと……森の中に……?」
その問いに、答えられる者はいなかった。
そのときだった。
ざり……。
すぐ背後で、確かに“土を踏みしめる音”がした。
全員が一斉に振り返る。
ランタンの光が照らし出したのは──
先ほどまで“何もなかったはずの場所”。
だが今はそこに、人の形をした影だけが立っていた。
顔がない。
輪郭だけが、闇から浮き上がったように揺れている。
祐真が銃を構え、叫ぶ。
「誰だ! 名前を名乗れ!」
影は、答えない。
代わりに、ゆっくりと──
“埋められた穴”の方へ向かって、一歩、足を運んだ。
「……触るな!」
祐真が引き金に指をかけた、その瞬間。
影の足元から、湿った声のようなものが、重なり合って響いた。
──か……え……し……て……
──か……え……し……て……
幼い声。
だが、ひとつではない。
幾重にも重なった子どもの声だった。
美奈が堪えきれずに叫ぶ。
「やめて! 紅葉を返して!」
その名に、影がぴたりと動きを止めた。
そして──
ゆっくりと、首のないはずの“頭”を、こちらへ向けた。
空洞のはずの顔の位置に、
ほんの一瞬だけ、“誰かの目”が浮かんだ。
「……これは……」
春香の背筋が、ぞわりと粟立つ。
「“美桜”じゃない……。でも……紅葉とも、違う……」
次の瞬間──
森の奥から、無数の足音が一斉に鳴り出した。
人の数ではない。
獣でもない。
“誰かになりきれなかったものたち”が、こちらへ集まり始めている。
祐真が叫ぶ。
「退け! 今すぐ森を出る!」
だが、春香は動かなかった。
彼女の視線は、なおも“白い骨”に縫い止められていた。
「……あの子を……」
震える声で、春香は言った。
「美桜を……ここに、ひとりきりで、置いてたなんて……」
その瞬間──
影が、初めて“言葉”を発した。
低く、濁った、複数の声が混じる音で。
──ま……だ……か……え……れ……な……い……
──つ……ぎ……は……
影は、ゆっくりと──
春香の方へ向かって、一歩踏み出した。
そして同時に、
地中から、別の白いものが、土を押し上げて現れ始めた。
それは──一本ではなかった。
まるで、“まだ終わっていない”ことを、森そのものが告げるかのように。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる