紅葉-くれは-

菊池まりな

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第119話 掘り返された白(二)

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 白い骨を見た瞬間、春香の喉から、かすれた息が漏れた。

「……み……お……」

 名前にすらならない声だった。
 祐真は即座に春香の肩を掴む。

「見るな! 春香さん、今は──」

「離して……!」

 春香は震える手で祐真の腕を振りほどき、ふらつきながら一歩、穴の方へ踏み出した。

「それ……それは……あの子の……」

「違う。まだ、決まったわけじゃない」

 祐真はそう言いながらも、視線は骨から離せなかった。
 形状から見て、小さな子どものものだ。
 ──三歳。
 数字が、無言のまま脳裏に浮かぶ。

 美奈は口元を押さえ、必死に嗚咽を堪えていた。

「そんな……二十年も……ずっと……森の中に……?」

 その問いに、答えられる者はいなかった。

 そのときだった。

 ざり……。

 すぐ背後で、確かに“土を踏みしめる音”がした。

 全員が一斉に振り返る。

 ランタンの光が照らし出したのは──
 先ほどまで“何もなかったはずの場所”。

 だが今はそこに、人の形をした影だけが立っていた。

 顔がない。
 輪郭だけが、闇から浮き上がったように揺れている。

 祐真が銃を構え、叫ぶ。

「誰だ! 名前を名乗れ!」

 影は、答えない。

 代わりに、ゆっくりと──
 “埋められた穴”の方へ向かって、一歩、足を運んだ。

「……触るな!」

 祐真が引き金に指をかけた、その瞬間。

 影の足元から、湿った声のようなものが、重なり合って響いた。

 ──か……え……し……て……

 ──か……え……し……て……

 幼い声。
 だが、ひとつではない。
 幾重にも重なった子どもの声だった。

 美奈が堪えきれずに叫ぶ。

「やめて! 紅葉を返して!」

 その名に、影がぴたりと動きを止めた。

 そして──
 ゆっくりと、首のないはずの“頭”を、こちらへ向けた。

 空洞のはずの顔の位置に、
 ほんの一瞬だけ、“誰かの目”が浮かんだ。

「……これは……」

 春香の背筋が、ぞわりと粟立つ。

「“美桜”じゃない……。でも……紅葉とも、違う……」

 次の瞬間──

 森の奥から、無数の足音が一斉に鳴り出した。

 人の数ではない。
 獣でもない。
 “誰かになりきれなかったものたち”が、こちらへ集まり始めている。

 祐真が叫ぶ。

「退け! 今すぐ森を出る!」

 だが、春香は動かなかった。
 彼女の視線は、なおも“白い骨”に縫い止められていた。

「……あの子を……」

 震える声で、春香は言った。

「美桜を……ここに、ひとりきりで、置いてたなんて……」

 その瞬間──
 影が、初めて“言葉”を発した。

 低く、濁った、複数の声が混じる音で。

 ──ま……だ……か……え……れ……な……い……

 ──つ……ぎ……は……

 影は、ゆっくりと──
 春香の方へ向かって、一歩踏み出した。

 そして同時に、
 地中から、別の白いものが、土を押し上げて現れ始めた。

 それは──一本ではなかった。

 まるで、“まだ終わっていない”ことを、森そのものが告げるかのように。

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