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第77話 潜入の夜
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夜の藍都学園都市は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
ネオンが輝く中心街から離れ、旧市街の奥へと向かうと、まるで時間が止まったような空気が漂っている。
その果てに、かつて廃院となった旧藍都病院が影を落としていた。
「ここが……」
美佳は言葉を飲み込む。
巨大な建物は長年の放置で外壁が黒ずみ、割れた窓から冷たい風が漏れていた。
廃墟というより、都市の“記憶”そのものが凝縮された墓標のように見えた。
「入口は正面じゃない。地下の非常口から入る」
純が低く告げる。
東郷翔が先行し、周囲を警戒しながら手信号を送った。
玲も無言で頷き、携帯端末を操作してセンサーを無効化していく。
「本当に……入るんだね」
ユリはバッグの中に黒い鍵をしまい、美佳の方を見た。
「二つの鍵を揃えた以上、もう後戻りはできない。ここで決めるの」
美佳は肩に力を入れ、銀色の鍵を取り出した。
手の中で光がわずかに震えた気がした。
「……わかってる。ここまで来て逃げたくない」
一行は非常口の前に立ち止まり、重たい扉を押し開けた。
錆びた蝶番が軋む音が闇に溶け、冷気が足元を這い上がってくる。
階段を降りるごとに、空気は湿り気を増し、耳鳴りのような低い音が響き始めた。
まるで建物そのものが呼吸をしているかのようだった。
「感じるか、美佳?」
純が囁く。
「……うん。誰かに呼ばれてるみたい」
地下の突き当たり、分厚い鋼鉄の扉が姿を現した。
そこには複雑な文様が刻まれており、中央には二つの鍵穴が向かい合うように並んでいる。
「これが……封印」
ユリが黒い鍵を掲げた。
「美佳、同時に差し込むのよ」
美佳は深く息を吸い、銀色の鍵を鍵穴に合わせる。
隣でユリも同じ動作を取った。
「三つ数えたら回す。いい?」
「……はい」
一、二──
三。
二人が同時に鍵を回した瞬間、扉全体が青白く光を放った。
床が震え、耳をつんざくような低音が鳴り響く。
文様の隙間から光の筋が走り、天井にまで広がった。
「くっ……!」
美佳は思わず目を閉じた。
だが次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、見覚えのない街並みだった。
──藍都学園都市。
だがそれは今の街ではなく、古い時代の姿。まだ再開発が始まる前の、雑多で泥臭い街並みが広がっていた。
「これ……記憶の投影……?」
玲が息を呑む。
扉の先は、ただの地下室ではなかった。
都市そのものの“過去”を再現した空間──零域のさらに奥に隠された、もう一つの藍都だった。
「行こう。ここにすべての答えが眠ってる」
ユリが言い、先に足を踏み入れる。
美佳は震える指で胸元を押さえた。
自分の鼓動が早鐘を打つ。
──ついに、核心に触れる時が来たのだ。
ネオンが輝く中心街から離れ、旧市街の奥へと向かうと、まるで時間が止まったような空気が漂っている。
その果てに、かつて廃院となった旧藍都病院が影を落としていた。
「ここが……」
美佳は言葉を飲み込む。
巨大な建物は長年の放置で外壁が黒ずみ、割れた窓から冷たい風が漏れていた。
廃墟というより、都市の“記憶”そのものが凝縮された墓標のように見えた。
「入口は正面じゃない。地下の非常口から入る」
純が低く告げる。
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玲も無言で頷き、携帯端末を操作してセンサーを無効化していく。
「本当に……入るんだね」
ユリはバッグの中に黒い鍵をしまい、美佳の方を見た。
「二つの鍵を揃えた以上、もう後戻りはできない。ここで決めるの」
美佳は肩に力を入れ、銀色の鍵を取り出した。
手の中で光がわずかに震えた気がした。
「……わかってる。ここまで来て逃げたくない」
一行は非常口の前に立ち止まり、重たい扉を押し開けた。
錆びた蝶番が軋む音が闇に溶け、冷気が足元を這い上がってくる。
階段を降りるごとに、空気は湿り気を増し、耳鳴りのような低い音が響き始めた。
まるで建物そのものが呼吸をしているかのようだった。
「感じるか、美佳?」
純が囁く。
「……うん。誰かに呼ばれてるみたい」
地下の突き当たり、分厚い鋼鉄の扉が姿を現した。
そこには複雑な文様が刻まれており、中央には二つの鍵穴が向かい合うように並んでいる。
「これが……封印」
ユリが黒い鍵を掲げた。
「美佳、同時に差し込むのよ」
美佳は深く息を吸い、銀色の鍵を鍵穴に合わせる。
隣でユリも同じ動作を取った。
「三つ数えたら回す。いい?」
「……はい」
一、二──
三。
二人が同時に鍵を回した瞬間、扉全体が青白く光を放った。
床が震え、耳をつんざくような低音が鳴り響く。
文様の隙間から光の筋が走り、天井にまで広がった。
「くっ……!」
美佳は思わず目を閉じた。
だが次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、見覚えのない街並みだった。
──藍都学園都市。
だがそれは今の街ではなく、古い時代の姿。まだ再開発が始まる前の、雑多で泥臭い街並みが広がっていた。
「これ……記憶の投影……?」
玲が息を呑む。
扉の先は、ただの地下室ではなかった。
都市そのものの“過去”を再現した空間──零域のさらに奥に隠された、もう一つの藍都だった。
「行こう。ここにすべての答えが眠ってる」
ユリが言い、先に足を踏み入れる。
美佳は震える指で胸元を押さえた。
自分の鼓動が早鐘を打つ。
──ついに、核心に触れる時が来たのだ。
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