アンケート

菊池まりな

文字の大きさ
78 / 103

第78話 記憶の都市

しおりを挟む
藍都学園都市の片隅にある旧病院。廃墟の匂いは、湿った石と鉄錆の重たい気配を漂わせていた。
 美佳は、胸ポケットに忍ばせた銀色の鍵をそっと握りしめた。七海彩音から託されたそれが、今ここで意味を持つ瞬間を待っている。

 「こっちだ、階段が残ってる」
 純が懐中電灯を掲げ、暗がりを切り裂くように進んでいく。玲と翔も後に続き、慎重に瓦礫を避けて歩いていた。

 その時だった。
 ──ブゥゥゥン……。
 美佳のスマホが震えた。ディスプレイには「非通知」。背筋に冷たいものが走る。

 「誰だ?」
と純が振り向く。
 美佳は小さく息を呑み、恐る恐る通話ボタンを押した。

 『……やっとここまで来たのね、美佳さん』

 若い女性の声。記憶の奥で弾かれたように、美佳は立ち止まる。
 ──あの時だ。まだ何も知らなかった頃、突然かかってきた謎の電話。

 「……あなたは……」
 『忠告したのを覚えてる? “そのアンケートは選んではいけない”って』

 冷たい声の奥に、切実な響きがあった。純や玲が怪訝そうに耳を傾ける。

 『その“鍵”……大事にしてるわね。けれど、覚えておいて。あれは扉を開けるためだけのものじゃない。』
 「扉……?」
美佳は思わずつぶやく。
 『もし使い方を間違えれば、藍都学園都市そのものが崩壊する。』

 緊張が走る。玲の顔色がさっと変わり、翔が美佳に視線を送る。

 「お前……誰なんだ」
純が声を荒げた。
 だが受話器の向こうの彼女は、静かに言葉を重ねた。

 『橘誠二たちばなせいじに気をつけて。彼は真実を隠すためなら、どんな手段でも使う。』

 橘誠二──。聞き慣れない名に、美佳は眉を寄せる。
 だが純の瞳は一瞬だけ鋭く光った。まるで、その名を知っているかのように。

 「……橘誠二?」
玲が低くつぶやく。
 翔も口を閉ざしたまま、何かを思案している。

 『私はまだ名を明かせない。でも、必ずまたあなたの前に現れる。その時が来たら──その鍵を、私を思い出して使って。』

 ピッ、と通話は唐突に切れた。
 ただの雑音と闇が残り、旧病院の冷気が再び全員を包み込む。

 「美佳……今の声、誰だ?」
純が問い詰める。
 美佳は唇を噛みしめ、正直に答えた。
 「……前に、一度だけ話したことがあるの。意味不明な警告だけ残して、消えた“誰か”。」

 仲間たちの視線が重くのしかかる。
 美佳自身も混乱していた。けれど確かに、あの声は最初から自分を導こうとしていたのだ。

 そして新たに現れた名──橘誠二。
 それが、この先の運命を揺るがす黒い影となることを、美佳たちはまだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

処理中です...