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第78話 記憶の都市
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藍都学園都市の片隅にある旧病院。廃墟の匂いは、湿った石と鉄錆の重たい気配を漂わせていた。
美佳は、胸ポケットに忍ばせた銀色の鍵をそっと握りしめた。七海彩音から託されたそれが、今ここで意味を持つ瞬間を待っている。
「こっちだ、階段が残ってる」
純が懐中電灯を掲げ、暗がりを切り裂くように進んでいく。玲と翔も後に続き、慎重に瓦礫を避けて歩いていた。
その時だった。
──ブゥゥゥン……。
美佳のスマホが震えた。ディスプレイには「非通知」。背筋に冷たいものが走る。
「誰だ?」
と純が振り向く。
美佳は小さく息を呑み、恐る恐る通話ボタンを押した。
『……やっとここまで来たのね、美佳さん』
若い女性の声。記憶の奥で弾かれたように、美佳は立ち止まる。
──あの時だ。まだ何も知らなかった頃、突然かかってきた謎の電話。
「……あなたは……」
『忠告したのを覚えてる? “そのアンケートは選んではいけない”って』
冷たい声の奥に、切実な響きがあった。純や玲が怪訝そうに耳を傾ける。
『その“鍵”……大事にしてるわね。けれど、覚えておいて。あれは扉を開けるためだけのものじゃない。』
「扉……?」
美佳は思わずつぶやく。
『もし使い方を間違えれば、藍都学園都市そのものが崩壊する。』
緊張が走る。玲の顔色がさっと変わり、翔が美佳に視線を送る。
「お前……誰なんだ」
純が声を荒げた。
だが受話器の向こうの彼女は、静かに言葉を重ねた。
『橘誠二に気をつけて。彼は真実を隠すためなら、どんな手段でも使う。』
橘誠二──。聞き慣れない名に、美佳は眉を寄せる。
だが純の瞳は一瞬だけ鋭く光った。まるで、その名を知っているかのように。
「……橘誠二?」
玲が低くつぶやく。
翔も口を閉ざしたまま、何かを思案している。
『私はまだ名を明かせない。でも、必ずまたあなたの前に現れる。その時が来たら──その鍵を、私を思い出して使って。』
ピッ、と通話は唐突に切れた。
ただの雑音と闇が残り、旧病院の冷気が再び全員を包み込む。
「美佳……今の声、誰だ?」
純が問い詰める。
美佳は唇を噛みしめ、正直に答えた。
「……前に、一度だけ話したことがあるの。意味不明な警告だけ残して、消えた“誰か”。」
仲間たちの視線が重くのしかかる。
美佳自身も混乱していた。けれど確かに、あの声は最初から自分を導こうとしていたのだ。
そして新たに現れた名──橘誠二。
それが、この先の運命を揺るがす黒い影となることを、美佳たちはまだ知らなかった。
美佳は、胸ポケットに忍ばせた銀色の鍵をそっと握りしめた。七海彩音から託されたそれが、今ここで意味を持つ瞬間を待っている。
「こっちだ、階段が残ってる」
純が懐中電灯を掲げ、暗がりを切り裂くように進んでいく。玲と翔も後に続き、慎重に瓦礫を避けて歩いていた。
その時だった。
──ブゥゥゥン……。
美佳のスマホが震えた。ディスプレイには「非通知」。背筋に冷たいものが走る。
「誰だ?」
と純が振り向く。
美佳は小さく息を呑み、恐る恐る通話ボタンを押した。
『……やっとここまで来たのね、美佳さん』
若い女性の声。記憶の奥で弾かれたように、美佳は立ち止まる。
──あの時だ。まだ何も知らなかった頃、突然かかってきた謎の電話。
「……あなたは……」
『忠告したのを覚えてる? “そのアンケートは選んではいけない”って』
冷たい声の奥に、切実な響きがあった。純や玲が怪訝そうに耳を傾ける。
『その“鍵”……大事にしてるわね。けれど、覚えておいて。あれは扉を開けるためだけのものじゃない。』
「扉……?」
美佳は思わずつぶやく。
『もし使い方を間違えれば、藍都学園都市そのものが崩壊する。』
緊張が走る。玲の顔色がさっと変わり、翔が美佳に視線を送る。
「お前……誰なんだ」
純が声を荒げた。
だが受話器の向こうの彼女は、静かに言葉を重ねた。
『橘誠二に気をつけて。彼は真実を隠すためなら、どんな手段でも使う。』
橘誠二──。聞き慣れない名に、美佳は眉を寄せる。
だが純の瞳は一瞬だけ鋭く光った。まるで、その名を知っているかのように。
「……橘誠二?」
玲が低くつぶやく。
翔も口を閉ざしたまま、何かを思案している。
『私はまだ名を明かせない。でも、必ずまたあなたの前に現れる。その時が来たら──その鍵を、私を思い出して使って。』
ピッ、と通話は唐突に切れた。
ただの雑音と闇が残り、旧病院の冷気が再び全員を包み込む。
「美佳……今の声、誰だ?」
純が問い詰める。
美佳は唇を噛みしめ、正直に答えた。
「……前に、一度だけ話したことがあるの。意味不明な警告だけ残して、消えた“誰か”。」
仲間たちの視線が重くのしかかる。
美佳自身も混乱していた。けれど確かに、あの声は最初から自分を導こうとしていたのだ。
そして新たに現れた名──橘誠二。
それが、この先の運命を揺るがす黒い影となることを、美佳たちはまだ知らなかった。
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