群青色-まだ名前のない色-

菊池まりな

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第48話 澪の言葉、揺れる心

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次の日の放課後も、私は美術室にいた。
けれど昨日と違って、今日は筆を動かすことができずにいた。
絵の具を前にして、ただぼんやりとキャンバスを眺めている。

(……やっぱり、私には無理なのかな)

コンクールに出す、という言葉はまだ自分の中で重すぎて、簡単に受け止められなかった。
でも描くことをやめたいわけじゃない。だからこそ、余計に迷う。

「……あ、また来てたんだ」

声に顔を上げると、昨日と同じように澪が立っていた。
手には小さな紙袋。中から甘い香りが漂ってくる。

「購買のパン、余分に買っちゃって……蒼、よかったら一緒にどう?」

思わず「ありがとう」と言って受け取った。
二人で美術室の窓際に腰掛け、パンを分け合う。
こんなふうに澪と過ごすのは初めてだった。

「ねえ、昨日の絵……」
澪がぽつりと言う。
「なんだか、見てると胸があったかくなるんだ。言葉にできないんだけど、でも私、好きだなって思った」

私は驚いて澪を見た。
彼女は真剣な顔で窓の外を見つめている。

「……私、文芸部だからさ。言葉で表現することしかできないって、ずっと思ってたんだ。でも、蒼の絵を見て……言葉にできないものもちゃんと伝わるんだって、気づいたの」

胸がぎゅっと締めつけられるような感覚。
私がずっと悩んでいたことを、澪は一瞬で言葉にしてしまった。

「……ありがとう、澪」
「え?」
「私、迷ってたの。描いても意味があるのかって……でも、澪にそう言ってもらえたら……少しだけ、自信が持てる気がする」

澪がこちらを見て、少しはにかんだように笑った。
その笑顔が、まるで夕焼けに照らされた群青色のように、私の心を満たしていく。

──この瞬間、私はほんの少しだけ、前に進む勇気を持てた気がした。
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