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第79話 夏を待つ音
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チャイムの音が、少しだけ軽く響いて聞こえた。
窓の外には、夏を待つような光が差しこんでいる。
白いカーテンが揺れて、机の上に落ちた影がゆらゆらと動いた。
終業式の午前、教室はどこか浮き立った空気に包まれていた。
テストが終わって、部活もほとんどお休み。
みんなの話題は、夏休みの予定か、宿題をどう乗り切るか。
そんな中で、私はノートの隅に“全国高校生美術展・出品要項”の紙を折りたたんで入れたまま、ぼんやりと外を見ていた。
「蒼、ちゃんと聞いてる?」
横から澪が小声でつついてくる。
「え、あ……うん。ちゃんと聞いてるよ」
「絶対ウソ。先生、明日から補習ある人の名前呼んでたよ」
「それは……大丈夫。たぶん」
そう言って笑うと、澪もふっと笑った。
彼女の笑い方は、静かでやわらかい。
まるで午後の風みたいに、気づいたらそばにある。
放課後。
美術室の前を通りかかると、開け放たれた窓から絵の具のにおいが流れてきた。
夏の匂いと混ざって、胸の奥が少しだけ熱くなる。
そこで、紺野先生と陸、千尋の声が聞こえた。
「先生、蒼が出す絵、あれもう完成してるんじゃないですか?」
陸の明るい声が響く。
サッカー部の練習帰りらしく、髪が少し濡れていた。
「まだ途中だよ。群青の奥を、もう少し深くしたいんだ」
そう答えると、先生が軽くうなずいた。
「焦らなくていい。ただ、絵は時間と同じで戻らない。
迷いながら描くことも、完成への一部だ」
その言葉に、胸の奥で何かが小さく灯った。
──先生の言葉は、いつも私の中で静かに響く。
千尋が私の横に来て、スケッチブックを覗き込む。
「蒼、この前の背景、少し空を明るくしたんだね」
「うん。光が射してる感じにしたくて」
「いいと思う。『群青の中にも、希望の色がある』って、文芸部でも話題になってるよ」
千尋が言って、にやりと笑う。
彼女は本当にそう思ってくれているようで、少し照れくさい。
「ありがとう。でも……まだ、完成までは遠いよ」
「それでいいの。完成しちゃったら、描けないこともあるから」
千尋の声は不思議と澪の言葉と重なった。
“途中であること”の意味。
その言葉が、今の私を支えている気がした。
「よし、そろそろ行こうぜ、千尋」
陸が軽く手を振って出ていく。
その背中が夕日に照らされて、橙色に光っていた。
美術室に残った私は、キャンバスを見つめた。
群青の上に、まだ何か描ける気がした。
でも、すぐには筆を取らずに、窓の外の空を見上げる。
雲が流れ、遠くで蝉が鳴きはじめていた。
新しい季節が、もうすぐそこまで来ている。
その音が、まるで未来の合図みたいに響いていた。
窓の外には、夏を待つような光が差しこんでいる。
白いカーテンが揺れて、机の上に落ちた影がゆらゆらと動いた。
終業式の午前、教室はどこか浮き立った空気に包まれていた。
テストが終わって、部活もほとんどお休み。
みんなの話題は、夏休みの予定か、宿題をどう乗り切るか。
そんな中で、私はノートの隅に“全国高校生美術展・出品要項”の紙を折りたたんで入れたまま、ぼんやりと外を見ていた。
「蒼、ちゃんと聞いてる?」
横から澪が小声でつついてくる。
「え、あ……うん。ちゃんと聞いてるよ」
「絶対ウソ。先生、明日から補習ある人の名前呼んでたよ」
「それは……大丈夫。たぶん」
そう言って笑うと、澪もふっと笑った。
彼女の笑い方は、静かでやわらかい。
まるで午後の風みたいに、気づいたらそばにある。
放課後。
美術室の前を通りかかると、開け放たれた窓から絵の具のにおいが流れてきた。
夏の匂いと混ざって、胸の奥が少しだけ熱くなる。
そこで、紺野先生と陸、千尋の声が聞こえた。
「先生、蒼が出す絵、あれもう完成してるんじゃないですか?」
陸の明るい声が響く。
サッカー部の練習帰りらしく、髪が少し濡れていた。
「まだ途中だよ。群青の奥を、もう少し深くしたいんだ」
そう答えると、先生が軽くうなずいた。
「焦らなくていい。ただ、絵は時間と同じで戻らない。
迷いながら描くことも、完成への一部だ」
その言葉に、胸の奥で何かが小さく灯った。
──先生の言葉は、いつも私の中で静かに響く。
千尋が私の横に来て、スケッチブックを覗き込む。
「蒼、この前の背景、少し空を明るくしたんだね」
「うん。光が射してる感じにしたくて」
「いいと思う。『群青の中にも、希望の色がある』って、文芸部でも話題になってるよ」
千尋が言って、にやりと笑う。
彼女は本当にそう思ってくれているようで、少し照れくさい。
「ありがとう。でも……まだ、完成までは遠いよ」
「それでいいの。完成しちゃったら、描けないこともあるから」
千尋の声は不思議と澪の言葉と重なった。
“途中であること”の意味。
その言葉が、今の私を支えている気がした。
「よし、そろそろ行こうぜ、千尋」
陸が軽く手を振って出ていく。
その背中が夕日に照らされて、橙色に光っていた。
美術室に残った私は、キャンバスを見つめた。
群青の上に、まだ何か描ける気がした。
でも、すぐには筆を取らずに、窓の外の空を見上げる。
雲が流れ、遠くで蝉が鳴きはじめていた。
新しい季節が、もうすぐそこまで来ている。
その音が、まるで未来の合図みたいに響いていた。
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