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第59話 心がほどける夜に
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モールからの帰り道、朱里はまっすぐ帰る気になれず、駅前のロータリーを歩き回っていた。
手にはまだ、嵩とおそろいで買ったマグカップの袋がぶら下がっている。
──“これ、職場でも使えるね”
そう言って笑った嵩の顔が、頭から離れなかった。
けれど、胸の奥にはずっと小さな棘が刺さっている。
さっき見た瑠奈の笑顔。
あの、何でもないような笑顔が──どうしてこんなに刺さるんだろう。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面を見ると、美鈴からのメッセージだった。
> 「デートどうだった?」
朱里は少し迷ってから、短く返した。
> 「楽しかったよ。たぶん」
数秒もしないうちに、美鈴から電話がかかってきた。
「たぶんって何? なんかあったでしょ?」
「……ううん。何もない。ただ、私が勝手に考えすぎてるだけ」
「朱里。あんたさ、また“嫌い”って言って逃げようとしてるでしょ」
図星だった。
朱里は思わず、街灯の下で立ち止まった。
「だって……怖いんだもん。もし、私の気持ちが重かったらどうしようって」
「重いとか軽いとか、そんなの相手が決めることじゃないよ」
電話の向こうで、美鈴の声が少し柔らかくなった。
「ちゃんと気持ち、伝えなよ。言わないと、伝わらないよ?」
朱里は小さくうなずいた。
でも、その勇気がまだ出ない。
そのとき、偶然通りかかった書店の前に貼られたポスターが目に留まった。
《資格取得フェア開催中!》
《中小企業診断士 合格体験記》──そこに、嵩の名前が載っていた。
「……え?」
驚きと同時に、胸が熱くなる。
嵩が勉強していた理由、何も聞けなかった。
なのに、ちゃんと努力してたんだ。
朱里はスマホを見つめ、ゆっくりとメッセージを打った。
> 「今日、ありがとう。楽しかった。また会いたいな」
送信ボタンを押す指が少し震えた。
画面の向こうで、すぐに既読がつく。
けれど、返事は来ない。
風が少し冷たくなって、朱里はカップの袋を抱きしめるように胸に当てた。
──“大嫌い”って何度も言ったのに。
気づいたら、“好き”が溢れて止まらない。
信号が青に変わる。
朱里は深呼吸をして、前を向いた。
その歩幅は、少しだけ強くなっていた。
手にはまだ、嵩とおそろいで買ったマグカップの袋がぶら下がっている。
──“これ、職場でも使えるね”
そう言って笑った嵩の顔が、頭から離れなかった。
けれど、胸の奥にはずっと小さな棘が刺さっている。
さっき見た瑠奈の笑顔。
あの、何でもないような笑顔が──どうしてこんなに刺さるんだろう。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面を見ると、美鈴からのメッセージだった。
> 「デートどうだった?」
朱里は少し迷ってから、短く返した。
> 「楽しかったよ。たぶん」
数秒もしないうちに、美鈴から電話がかかってきた。
「たぶんって何? なんかあったでしょ?」
「……ううん。何もない。ただ、私が勝手に考えすぎてるだけ」
「朱里。あんたさ、また“嫌い”って言って逃げようとしてるでしょ」
図星だった。
朱里は思わず、街灯の下で立ち止まった。
「だって……怖いんだもん。もし、私の気持ちが重かったらどうしようって」
「重いとか軽いとか、そんなの相手が決めることじゃないよ」
電話の向こうで、美鈴の声が少し柔らかくなった。
「ちゃんと気持ち、伝えなよ。言わないと、伝わらないよ?」
朱里は小さくうなずいた。
でも、その勇気がまだ出ない。
そのとき、偶然通りかかった書店の前に貼られたポスターが目に留まった。
《資格取得フェア開催中!》
《中小企業診断士 合格体験記》──そこに、嵩の名前が載っていた。
「……え?」
驚きと同時に、胸が熱くなる。
嵩が勉強していた理由、何も聞けなかった。
なのに、ちゃんと努力してたんだ。
朱里はスマホを見つめ、ゆっくりとメッセージを打った。
> 「今日、ありがとう。楽しかった。また会いたいな」
送信ボタンを押す指が少し震えた。
画面の向こうで、すぐに既読がつく。
けれど、返事は来ない。
風が少し冷たくなって、朱里はカップの袋を抱きしめるように胸に当てた。
──“大嫌い”って何度も言ったのに。
気づいたら、“好き”が溢れて止まらない。
信号が青に変わる。
朱里は深呼吸をして、前を向いた。
その歩幅は、少しだけ強くなっていた。
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