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第114話 言えない理由、聞けない理由
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平田さんが唐突に黙り込んだあの瞬間。
まるで時間ごと止まってしまったような空気は、まだ胸の奥に残っていた。
並んで歩く私たちの間に、気まずい沈黙が降りている。
さっきまで自然に重なっていた足音が、微妙にずれはじめているのを感じる。
「あの……」
耐えきれなくなって、私は小さく声を出した。
「さっき、急に黙ったのは……どうしてですか?」
問いかけてしまってから、しまったと思った。
詰問みたいに聞こえる。そうしたいわけじゃないのに。
平田さんは一瞬だけ戸惑うように瞬きをして、それから、
「……朱里さんが、無理してる気がしたから」
静かに答えた。
「無理なんて、してません」
「ううん。してるよ」
私の返事に被せるように、優しいけれど逃げ場のない声で言われる。
「ほら、今も。俺の顔、ちゃんと見れてない」
ハッとする。
図星だった。
視線を向けようとしても、どうしても胸の奥がざわついてしまって、目が合うのが怖くて。
「……別に、避けてるわけじゃ……」
「うん、わかってる。避けてるんじゃなくて、戸惑ってるだけだよね」
そう言って、彼は少し歩みを緩める。
こちらを責め立てるような空気なんてまったくなくて、ただ穏やかに、私のペースを待つように。
「……金曜日のときは、もっと普通に話せてましたよね」
自分で言って、胸がきゅっと縮まった。
「なのに今日だけ、なんでこんなに……」
続く言葉を探していると、平田さんは照れたように苦笑した。
「それ、多分……俺のせいだよ」
「え……?」
「今日の俺、ちょっと気合入りすぎてたから」
思いもよらない答えに、思わず足を止める。
「いや。その……また一緒に帰りたいって言ったし、朱里さんが“ちょっとだけ”って言ってくれたから、嬉しくて」
耳の後ろをかきながら、少し俯き気味に。
「だから変に意識して……なんか、ぎこちなくなった」
それを聞いた瞬間、胸の奥で何かがふわっとほどけた。
──あ、同じなんだ。
ぎこちないのは、私だけじゃなかった。
「……それなら、私のほうこそです。金曜日みたいに自然にできなくて……」
声に出すと、恥ずかしいくらい正直な言葉になった。
「ううん。今日のほうが普通だよ。だって金曜日は、予想外のことばっかりだったし」
彼は小さく息を吐いて、照れた笑みを向けてくる。
「それに、金曜日より今のほうが……俺は好きだな」
その言葉に、一瞬だけ呼吸が止まった。
「……ど、どうしてですか?」
「ちゃんと“考えて”歩いてる感じがするから。朱里さんが」
また距離が、数センチ近づいた気がした。
「無理に明るくしようとしてるんじゃなくて……丁寧に、俺の言葉を拾ってくれてる感じがして」
胸の中心がじんわり熱くなる。
「だからね」
平田さんは、ほんの少しだけ声を落とした。
「止まったみたいに感じた時間も、悪くなかったよ」
その言葉が、ゆっくり私の心にしみ込んでくる。
どうしよう。
こんなふうに言われたら、また一歩踏み出したくなってしまう。
「……じゃあ、その……」
言いながら、私は勇気を出して彼の横顔を見た。
「もう少しだけ……ゆっくり歩いてもいいですか?」
一瞬、平田さんの目が驚いたように見開かれ──
すぐに、緩く微笑んだ。
「もちろん」
私たちはまた歩き出す。
ぎこちなさも戸惑いも、まだ全部消えたわけじゃない。
それでも。
──さっき止まった時間は、確かに前へ進み始めていた。
まるで時間ごと止まってしまったような空気は、まだ胸の奥に残っていた。
並んで歩く私たちの間に、気まずい沈黙が降りている。
さっきまで自然に重なっていた足音が、微妙にずれはじめているのを感じる。
「あの……」
耐えきれなくなって、私は小さく声を出した。
「さっき、急に黙ったのは……どうしてですか?」
問いかけてしまってから、しまったと思った。
詰問みたいに聞こえる。そうしたいわけじゃないのに。
平田さんは一瞬だけ戸惑うように瞬きをして、それから、
「……朱里さんが、無理してる気がしたから」
静かに答えた。
「無理なんて、してません」
「ううん。してるよ」
私の返事に被せるように、優しいけれど逃げ場のない声で言われる。
「ほら、今も。俺の顔、ちゃんと見れてない」
ハッとする。
図星だった。
視線を向けようとしても、どうしても胸の奥がざわついてしまって、目が合うのが怖くて。
「……別に、避けてるわけじゃ……」
「うん、わかってる。避けてるんじゃなくて、戸惑ってるだけだよね」
そう言って、彼は少し歩みを緩める。
こちらを責め立てるような空気なんてまったくなくて、ただ穏やかに、私のペースを待つように。
「……金曜日のときは、もっと普通に話せてましたよね」
自分で言って、胸がきゅっと縮まった。
「なのに今日だけ、なんでこんなに……」
続く言葉を探していると、平田さんは照れたように苦笑した。
「それ、多分……俺のせいだよ」
「え……?」
「今日の俺、ちょっと気合入りすぎてたから」
思いもよらない答えに、思わず足を止める。
「いや。その……また一緒に帰りたいって言ったし、朱里さんが“ちょっとだけ”って言ってくれたから、嬉しくて」
耳の後ろをかきながら、少し俯き気味に。
「だから変に意識して……なんか、ぎこちなくなった」
それを聞いた瞬間、胸の奥で何かがふわっとほどけた。
──あ、同じなんだ。
ぎこちないのは、私だけじゃなかった。
「……それなら、私のほうこそです。金曜日みたいに自然にできなくて……」
声に出すと、恥ずかしいくらい正直な言葉になった。
「ううん。今日のほうが普通だよ。だって金曜日は、予想外のことばっかりだったし」
彼は小さく息を吐いて、照れた笑みを向けてくる。
「それに、金曜日より今のほうが……俺は好きだな」
その言葉に、一瞬だけ呼吸が止まった。
「……ど、どうしてですか?」
「ちゃんと“考えて”歩いてる感じがするから。朱里さんが」
また距離が、数センチ近づいた気がした。
「無理に明るくしようとしてるんじゃなくて……丁寧に、俺の言葉を拾ってくれてる感じがして」
胸の中心がじんわり熱くなる。
「だからね」
平田さんは、ほんの少しだけ声を落とした。
「止まったみたいに感じた時間も、悪くなかったよ」
その言葉が、ゆっくり私の心にしみ込んでくる。
どうしよう。
こんなふうに言われたら、また一歩踏み出したくなってしまう。
「……じゃあ、その……」
言いながら、私は勇気を出して彼の横顔を見た。
「もう少しだけ……ゆっくり歩いてもいいですか?」
一瞬、平田さんの目が驚いたように見開かれ──
すぐに、緩く微笑んだ。
「もちろん」
私たちはまた歩き出す。
ぎこちなさも戸惑いも、まだ全部消えたわけじゃない。
それでも。
──さっき止まった時間は、確かに前へ進み始めていた。
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