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第117話 言わないつもりの本音ほど、声に出る
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「やっぱり、先輩と平田さんなんですね」
瑠奈の声は、静かだった。
でも、その静かさが逆に怖かった。
「……何のこと?」
とぼけたつもりでも、自分の声が少し震えているのが分かる。
「昨日、見ました。先輩と平田さんが一緒に歩いてるところ」
あっさり言われて、言葉が詰まる。
「偶然です。帰りが同じだっただけ」
「偶然、ですか」
瑠奈は小さく笑った。
でもその笑顔は、どこか苦そうだった。
「私は平田さんに映画をすすめられたり、休日の話をしたりしてました。先輩も、同じことしてたんですね」
責めるようでもなく、ただ事実を並べる口調。
「……私は、上司として」
「まだ、そう言うんですね」
瑠奈の声が、少しだけ強くなる。
「じゃあ聞きます。先輩は──平田さんのこと、何とも思ってないんですか?」
胸の奥を、正確に突かれた気がした。
「……」
答えられない沈黙が、すべてを肯定してしまいそうで怖い。
「私は、好きです。平田さんのこと」
まっすぐな告白だった。
「先輩がどう思ってるか分かりません。でも、私は譲る気ありませんから」
言い切る瑠奈に、私は何も言い返せなかった。
言えない。
“私も同じ気持ちです”なんて。
その日の午後、仕事にまったく集中できなかった。
(私は……どうしたいの?)
平田さんは、優しい上司。
頼れる指導役。
それだけのはずだったのに。
視界の端に、彼の背中が入るだけで、胸が落ち着かなくなる。
けれど──
(瑠奈の気持ちを知ってしまった今、私は何も言っちゃいけない気がする)
逃げたいのに、目が勝手に彼を追ってしまう。
定時前、デスクに戻ってきた平田さんが、少しだけ声を潜めて言った。
「今日も、少し歩く?」
一瞬、心が跳ねた。
「……すみません。今日は、用事があって」
本当は、何の予定もない。
ただ──
瑠奈の言葉が、頭から離れなかっただけ。
「そう。無理言ってごめん」
少し残念そうに笑う平田さん。
その笑顔が、こんなにも胸を締めつけるなんて思わなかった。
(私、大嫌いって何回言えば、この気持ちから逃げられるんだろう)
帰り道、ひとりで歩きながら私は小さくつぶやく。
「……大嫌い」
でも、その言葉はもう、
自分を守るための嘘にしか聞こえなかった。
瑠奈の声は、静かだった。
でも、その静かさが逆に怖かった。
「……何のこと?」
とぼけたつもりでも、自分の声が少し震えているのが分かる。
「昨日、見ました。先輩と平田さんが一緒に歩いてるところ」
あっさり言われて、言葉が詰まる。
「偶然です。帰りが同じだっただけ」
「偶然、ですか」
瑠奈は小さく笑った。
でもその笑顔は、どこか苦そうだった。
「私は平田さんに映画をすすめられたり、休日の話をしたりしてました。先輩も、同じことしてたんですね」
責めるようでもなく、ただ事実を並べる口調。
「……私は、上司として」
「まだ、そう言うんですね」
瑠奈の声が、少しだけ強くなる。
「じゃあ聞きます。先輩は──平田さんのこと、何とも思ってないんですか?」
胸の奥を、正確に突かれた気がした。
「……」
答えられない沈黙が、すべてを肯定してしまいそうで怖い。
「私は、好きです。平田さんのこと」
まっすぐな告白だった。
「先輩がどう思ってるか分かりません。でも、私は譲る気ありませんから」
言い切る瑠奈に、私は何も言い返せなかった。
言えない。
“私も同じ気持ちです”なんて。
その日の午後、仕事にまったく集中できなかった。
(私は……どうしたいの?)
平田さんは、優しい上司。
頼れる指導役。
それだけのはずだったのに。
視界の端に、彼の背中が入るだけで、胸が落ち着かなくなる。
けれど──
(瑠奈の気持ちを知ってしまった今、私は何も言っちゃいけない気がする)
逃げたいのに、目が勝手に彼を追ってしまう。
定時前、デスクに戻ってきた平田さんが、少しだけ声を潜めて言った。
「今日も、少し歩く?」
一瞬、心が跳ねた。
「……すみません。今日は、用事があって」
本当は、何の予定もない。
ただ──
瑠奈の言葉が、頭から離れなかっただけ。
「そう。無理言ってごめん」
少し残念そうに笑う平田さん。
その笑顔が、こんなにも胸を締めつけるなんて思わなかった。
(私、大嫌いって何回言えば、この気持ちから逃げられるんだろう)
帰り道、ひとりで歩きながら私は小さくつぶやく。
「……大嫌い」
でも、その言葉はもう、
自分を守るための嘘にしか聞こえなかった。
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