135 / 155
第135話 金曜までの三日間が長すぎる
しおりを挟む
火曜日の朝。
朱里は、出社した瞬間から妙な疲労感を覚えていた。
(まだ一日も経ってないのに……)
デスクにバッグを置き、パソコンを立ち上げる。
いつもと同じオフィス、同じ空気。なのに、落ち着かない。
「おはようございます」
背後から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。
嵩だった。
「……おはよう」
声が、少しだけ硬くなる。
嵩はそれに気づいたのか気づいていないのか、いつも通りの距離感で席に着いた。
「昨日は、雨上がりだったな」
「……そうだね」
それだけ。
それだけなのに、胸の奥がざわっとする。
(普通の会話、普通のはずなのに)
画面に視線を落としながら、朱里は自分に言い聞かせる。
(仕事中。切り替え、切り替え)
けれど──。
「朱里さん」
今度は別の声。
望月瑠奈が、すぐ横に立っていた。
「昨日、珍しく定時でしたよね」
柔らかい笑顔。
でも、その目は探るように細められている。
「……まあ、たまたま」
「へえ」
瑠奈は、嵩の方をちらりと見た。
「平田さんも、ですよね?」
空気が、一瞬止まる。
嵩は少しだけ間を置いて答えた。
「そうですね。珍しく」
それだけで済ませたのは、きっと配慮だ。
(ありがとう……)
朱里は内心でそう思ったが、同時に胸がちくりと痛む。
“配慮される関係”になってしまったことが、嬉しくもあり、怖くもある。
「そうなんだ」
瑠奈はにこりと笑い、何事もなかったように去っていった。
その背中を見送りながら、朱里は小さく息を吐く。
(やっぱり、気づかれてる)
午前中は、集中しようとすればするほど、時間が進まなかった。
キーボードを打つ音。
電話の呼び出し音。
コピー機の低い唸り。
すべてが、やけに鮮明だ。
(……金曜まで、長い)
昼休み。
朱里は一人で席を立ち、社外のコンビニへ向かった。
人混みを避けるように歩きながら、スマホを取り出す。
(連絡、来てないよね)
分かっているのに、画面を確認してしまう。
──通知なし。
(仕事中に来るわけないのに)
自嘲気味に笑い、ポケットにしまった、その瞬間。
メッセージが表示された。
『無理してない?』
嵩だった。
タイミングが良すぎて、思わず足を止める。
(……見てた?)
いや、そんなわけない。
朱里は一度深呼吸してから、短く返した。
『大丈夫
仕事してます』
すぐに返事は来なかった。
それなのに、心が勝手に待ってしまう。
数分後。
『ならよかった
金曜、無理なら言って』
その一文に、胸が締めつけられた。
(優しすぎるんだよ……)
朱里は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
──無理じゃない。
むしろ、行きたい。
でも、その気持ちを素直に認めてしまったら、もう戻れない気がした。
『大丈夫です
行きます』
送信。
それだけで、心拍数が上がる。
午後の仕事は、午前中よりさらに長く感じられた。
嵩と視線が合えば、すぐに逸らす。
逸らしたあとで、少し後悔する。
瑠奈の笑顔が、どこか意味深に見えてしまう。
(私、気にしすぎ)
そう思っても、感情は言うことを聞かない。
退勤時。
エレベーター前で、嵩と二人きりになった。
沈黙。
妙に重い。
「……金曜」
嵩が、ぽつりと言う。
「はい」
「雨、降らないといいな」
それだけ。
でも朱里は、少しだけ笑ってしまった。
「そうですね」
エレベーターが到着し、扉が開く。
(金曜まで、あと二日)
長すぎるはずなのに。
気づけば、指折り数えている自分がいた。
朱里は、出社した瞬間から妙な疲労感を覚えていた。
(まだ一日も経ってないのに……)
デスクにバッグを置き、パソコンを立ち上げる。
いつもと同じオフィス、同じ空気。なのに、落ち着かない。
「おはようございます」
背後から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。
嵩だった。
「……おはよう」
声が、少しだけ硬くなる。
嵩はそれに気づいたのか気づいていないのか、いつも通りの距離感で席に着いた。
「昨日は、雨上がりだったな」
「……そうだね」
それだけ。
それだけなのに、胸の奥がざわっとする。
(普通の会話、普通のはずなのに)
画面に視線を落としながら、朱里は自分に言い聞かせる。
(仕事中。切り替え、切り替え)
けれど──。
「朱里さん」
今度は別の声。
望月瑠奈が、すぐ横に立っていた。
「昨日、珍しく定時でしたよね」
柔らかい笑顔。
でも、その目は探るように細められている。
「……まあ、たまたま」
「へえ」
瑠奈は、嵩の方をちらりと見た。
「平田さんも、ですよね?」
空気が、一瞬止まる。
嵩は少しだけ間を置いて答えた。
「そうですね。珍しく」
それだけで済ませたのは、きっと配慮だ。
(ありがとう……)
朱里は内心でそう思ったが、同時に胸がちくりと痛む。
“配慮される関係”になってしまったことが、嬉しくもあり、怖くもある。
「そうなんだ」
瑠奈はにこりと笑い、何事もなかったように去っていった。
その背中を見送りながら、朱里は小さく息を吐く。
(やっぱり、気づかれてる)
午前中は、集中しようとすればするほど、時間が進まなかった。
キーボードを打つ音。
電話の呼び出し音。
コピー機の低い唸り。
すべてが、やけに鮮明だ。
(……金曜まで、長い)
昼休み。
朱里は一人で席を立ち、社外のコンビニへ向かった。
人混みを避けるように歩きながら、スマホを取り出す。
(連絡、来てないよね)
分かっているのに、画面を確認してしまう。
──通知なし。
(仕事中に来るわけないのに)
自嘲気味に笑い、ポケットにしまった、その瞬間。
メッセージが表示された。
『無理してない?』
嵩だった。
タイミングが良すぎて、思わず足を止める。
(……見てた?)
いや、そんなわけない。
朱里は一度深呼吸してから、短く返した。
『大丈夫
仕事してます』
すぐに返事は来なかった。
それなのに、心が勝手に待ってしまう。
数分後。
『ならよかった
金曜、無理なら言って』
その一文に、胸が締めつけられた。
(優しすぎるんだよ……)
朱里は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
──無理じゃない。
むしろ、行きたい。
でも、その気持ちを素直に認めてしまったら、もう戻れない気がした。
『大丈夫です
行きます』
送信。
それだけで、心拍数が上がる。
午後の仕事は、午前中よりさらに長く感じられた。
嵩と視線が合えば、すぐに逸らす。
逸らしたあとで、少し後悔する。
瑠奈の笑顔が、どこか意味深に見えてしまう。
(私、気にしすぎ)
そう思っても、感情は言うことを聞かない。
退勤時。
エレベーター前で、嵩と二人きりになった。
沈黙。
妙に重い。
「……金曜」
嵩が、ぽつりと言う。
「はい」
「雨、降らないといいな」
それだけ。
でも朱里は、少しだけ笑ってしまった。
「そうですね」
エレベーターが到着し、扉が開く。
(金曜まで、あと二日)
長すぎるはずなのに。
気づけば、指折り数えている自分がいた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる