大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな

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第137話 木曜日、言えない予感

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 木曜日の朝。

 朱里は鏡の前で、髪を整える手を止めた。

(……なんか、変じゃない?)

 別に特別な日じゃない。

 会議もあるし、仕事も山ほどある。

 でも “明日” のことを考えるだけで、胸がふわりと波立つ。

「……落ち着け、私」

 小さく息を吐いて出勤する。

 会社の空気は、いつも通り。

 コピー機の音、電話の声、書類の擦れる音。

「おはようございます」

 デスクに着くと、すぐ横から声がした。

「おはよう、朱里さん」

 嵩の声。

 それだけで、一日の色が少し変わる気がした。

 でも今日は、そのすぐ後に──

「おはようございまーす!あ、平田さん!昨日の資料、ありがとうございます!」

 望月瑠奈が元気いっぱいに割り込んでくる。
(来た……)

 明るい。近い。無邪気。

 朱里の苦手属性を全部乗せている。

「あ、あとで質問いいですか?平田さんの説明すっごく分かりやすくて」

「……いいよ。時間作る」

 嵩はいつも通りだったけれど、朱里には微妙に刺さる。

(別に、普通……普通だし)

 そう思おうとするのに、胸の奥がもやつく。

 午前の会議が終わり、席に戻ると、机の上に付箋が置かれていた。

14時、会議室A。

少しだけ、相談したいことがあります。
            平田

(“少しだけ”……)

 またその言い回し。

 でも、断る理由なんてない。

 14時。会議室A。

 扉を開けると、嵩が資料をまとめながら顔を上げた。

「来てくれてありがとう」

「はい。相談って……業務のことですか?」

「うん。それと……明日のことも」

 朱里は思わず姿勢を正す。

 嵩は机に手をつき、少し言葉を探すように目を伏せた。

「明日さ、ちゃんと話したいことがある。歩くだけとか、映画とか、そういうんじゃなくて」

 “歩くだけじゃない”

 その言葉に、心臓が跳ねる。

「だから……もし嫌だったら、無理しないで」

「……嫌じゃ、ないです」

 反射的に答えてしまい、朱里は慌てて目をそらした。

「嫌じゃないですけど……なんか、その……構えます」

 嵩が一瞬だけ目を見開き、すぐに苦笑した。

「そうだよね。俺も構えてる」

(言わないでよ……そういうの)

 言われたら、期待してしまう。

 会議室に、静かな空気が流れた。

 その時──

 コン、コン。

 ノック。

 扉が少し開いて、瑠奈が顔を出す。

「あっ、平田さん!失礼します、この前の資料の続きを……」

 瑠奈は、なぜか朱里の存在に気づいていなかったらしく、途中で固まった。

「……あれ?中谷先輩も?二人で……話?」

 空気が、変わる。

「業務の相談だよ」と嵩が落ち着いた声で答える。

 瑠奈は微妙な笑顔で「そっか……」と言いつつ、視線を朱里に向けた。

(なんでそんな目で見るの……)

 ライバルの目。

 踏み込もうとする人の目。

「じゃあ、後で来ますね」

 扉が閉まる。

 静寂。

 嵩がぽつりと呟く。

「……明日、ちゃんと話す。だから今日は無理に答えなくていい」

「……はい」

 本当は聞きたくないのに。

 本当は今日、言ってほしいのに。

(私、こんなに面倒くさい人間だったんだ)

 でも、ようやく気づく。

“大嫌い”って言いながら逃げてきたのは、
 本当は──
 怖かったからだ。
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