140 / 155
第140話 その一言で、世界が変わる気がした
しおりを挟む
金曜の夜。
駅へ向かう道の途中。
少しだけ人通りが途切れた場所で、二人は足を止めた。
街灯の光が、朱里と嵩の距離をそっと照らしている。
「中谷さん」
嵩の声は、もう震えていなかった。
逃げる気配も、誤魔化す気配もなかった。
「俺は──あなたが好きだ」
その言葉は静かで、でも真っ直ぐで。
夜風よりも先に胸へ届いてきた。
朱里は呼吸を忘れる。
「ずっと前から、気づいてたのに言えなかった。
同じ職場で、立場があって、迷惑になるかもしれないって思って……
でも、それを言い訳にしてただけだと思う」
一語一語、丁寧に紡ぐように。
「金曜、一緒に歩けた時……
もう逃げるのはやめようって思った。
ちゃんと向き合いたいって思った。
“好きです、中谷さん”」
世界が止まったみたいだった。
いや、止まったのは世界じゃなくて朱里の方だった。
(……聞いちゃった。ほんとに、言われちゃった)
嬉しさ、怖さ、戸惑い、全部が胸いっぱいに押し寄せる。
返事しなきゃ。
言葉にしなきゃ。
でも、声が出ない。
息ばかりが先に溢れてくる。
「……わ、わた……」
喉にひっかかって、うまく言えない。
「わ、私……その……あの……っ」
まとまらない感情が先に顔に出る。
涙が出そうなのに笑いそうで、笑いそうなのに泣きそうで。
嵩は一歩だけ近づいた。
触れない距離で止まってくれる、気遣いの距離。
「ゆっくりでいい。言葉になるまで待つ」
その言葉が優しすぎて、胸があふれる。
涙が一粒、零れた。
「っ……待って、ください」
自分でも驚くほど弱い声だった。
「嬉しいのに、怖くて。
怖いのに、逃げたくなくて。
逃げたくないのに、ちゃんと返せる自信がなくて」
自分の気持ちを掘り起こすように、少しずつ言葉を探す。
「平田さんといると、落ち着かないのに落ち着くし……
嫌いなところ、探そうとすると全部好きになっていくし……
こんなの……勝てないじゃないですか……」
最後の言葉で、ぽとりと涙が落ちる。
嵩は息を吸って、静かに言った。
「それで充分だよ」
その優しさに、朱里はやっと笑った。
泣きながら、笑ってしまった。
「……私も、好きです。
まだ自信はないけど、逃げません。
ちゃんと向き合いたいって……思ってます」
言えた。
やっと、言葉にできた。
嵩はふっと息を吐き、少し照れたように笑う。
「……ありがとう。聞けてよかった」
でも。
その瞬間、世界は急に容赦なく動き出した。
「な、なかたにせんぱーーーいっ!!」
背後から全力疾走の足音。
振り返ると、瑠奈が息を切らして走ってきた。
「やっぱりダメです!!!今の聞きました!?
聞こえました!今の絶対聞こえましたけど私だってまだ勝負しますから!!」
(タイミング!?タイミングどうした!?)
「ちょ、望月、今はその……!」
「わかってます!わかってますけど……!」
瑠奈の声が震える。
「諦めたくないんです……!」
静かな夜が、また揺れた。
けれどもう、以前の金曜日とは違う。
朱里は涙を拭き、瑠奈に向き合う。
「……ありがとう、瑠奈ちゃん。
でも、私は逃げないって決めたから」
宣言。
ちゃんと前を向くための言葉。
瑠奈は唇を噛み、それでも笑った。
「……っ。はい。負けませんから。先輩も、覚悟してくださいね」
背を向ける瑠奈の目元は震えていたけれど、その背筋はまっすぐだった。
夜風が通り抜ける。
朱里は嵩の方を向き直り、小さく息を整えた。
「……じゃあ、帰りましょう」
「うん。これから、ゆっくりでいいから」
二人の歩幅が再びそろう。
逃げたいのに逃げられなかった帰り道は──
逃げたくない場所になっていた。
駅へ向かう道の途中。
少しだけ人通りが途切れた場所で、二人は足を止めた。
街灯の光が、朱里と嵩の距離をそっと照らしている。
「中谷さん」
嵩の声は、もう震えていなかった。
逃げる気配も、誤魔化す気配もなかった。
「俺は──あなたが好きだ」
その言葉は静かで、でも真っ直ぐで。
夜風よりも先に胸へ届いてきた。
朱里は呼吸を忘れる。
「ずっと前から、気づいてたのに言えなかった。
同じ職場で、立場があって、迷惑になるかもしれないって思って……
でも、それを言い訳にしてただけだと思う」
一語一語、丁寧に紡ぐように。
「金曜、一緒に歩けた時……
もう逃げるのはやめようって思った。
ちゃんと向き合いたいって思った。
“好きです、中谷さん”」
世界が止まったみたいだった。
いや、止まったのは世界じゃなくて朱里の方だった。
(……聞いちゃった。ほんとに、言われちゃった)
嬉しさ、怖さ、戸惑い、全部が胸いっぱいに押し寄せる。
返事しなきゃ。
言葉にしなきゃ。
でも、声が出ない。
息ばかりが先に溢れてくる。
「……わ、わた……」
喉にひっかかって、うまく言えない。
「わ、私……その……あの……っ」
まとまらない感情が先に顔に出る。
涙が出そうなのに笑いそうで、笑いそうなのに泣きそうで。
嵩は一歩だけ近づいた。
触れない距離で止まってくれる、気遣いの距離。
「ゆっくりでいい。言葉になるまで待つ」
その言葉が優しすぎて、胸があふれる。
涙が一粒、零れた。
「っ……待って、ください」
自分でも驚くほど弱い声だった。
「嬉しいのに、怖くて。
怖いのに、逃げたくなくて。
逃げたくないのに、ちゃんと返せる自信がなくて」
自分の気持ちを掘り起こすように、少しずつ言葉を探す。
「平田さんといると、落ち着かないのに落ち着くし……
嫌いなところ、探そうとすると全部好きになっていくし……
こんなの……勝てないじゃないですか……」
最後の言葉で、ぽとりと涙が落ちる。
嵩は息を吸って、静かに言った。
「それで充分だよ」
その優しさに、朱里はやっと笑った。
泣きながら、笑ってしまった。
「……私も、好きです。
まだ自信はないけど、逃げません。
ちゃんと向き合いたいって……思ってます」
言えた。
やっと、言葉にできた。
嵩はふっと息を吐き、少し照れたように笑う。
「……ありがとう。聞けてよかった」
でも。
その瞬間、世界は急に容赦なく動き出した。
「な、なかたにせんぱーーーいっ!!」
背後から全力疾走の足音。
振り返ると、瑠奈が息を切らして走ってきた。
「やっぱりダメです!!!今の聞きました!?
聞こえました!今の絶対聞こえましたけど私だってまだ勝負しますから!!」
(タイミング!?タイミングどうした!?)
「ちょ、望月、今はその……!」
「わかってます!わかってますけど……!」
瑠奈の声が震える。
「諦めたくないんです……!」
静かな夜が、また揺れた。
けれどもう、以前の金曜日とは違う。
朱里は涙を拭き、瑠奈に向き合う。
「……ありがとう、瑠奈ちゃん。
でも、私は逃げないって決めたから」
宣言。
ちゃんと前を向くための言葉。
瑠奈は唇を噛み、それでも笑った。
「……っ。はい。負けませんから。先輩も、覚悟してくださいね」
背を向ける瑠奈の目元は震えていたけれど、その背筋はまっすぐだった。
夜風が通り抜ける。
朱里は嵩の方を向き直り、小さく息を整えた。
「……じゃあ、帰りましょう」
「うん。これから、ゆっくりでいいから」
二人の歩幅が再びそろう。
逃げたいのに逃げられなかった帰り道は──
逃げたくない場所になっていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる