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第153話 言わなかったら、きっと後悔していた
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嵩の転勤が正式に決まったのは、月曜の朝だった。
総務からの一斉メールが、フロアに小さなざわめきを落とす。
異動対象者の一覧、その中に──嵩の名前があった。
朱里は、画面を見たまま動けなくなった。
(……やっぱり)
予感は、ずっとあった。
最近の引き継ぎの量、不自然なまでに整理されていくデータ。
それでも、本人の口から聞くまでは、認めたくなかった。
昼休み。
給湯室で朱里と美鈴は並んでコーヒーを入れていた。
「嵩、転勤だってね」
美鈴は、驚きも戸惑いもない声で言った。
「……知ってたの?」
「半分はね。人事の動き、見ればわかる」
カップを置きながら、美鈴は朱里を見た。
「で。いつ言うの?」
朱里は唇を噛んだ。
「……何を?」
「決まってるでしょ。気持ち」
その一言は、冷静すぎるほど正確で、朱里の胸に突き刺さった。
「転勤前じゃないと意味ない。
向こう行ってからじゃ、朱里が一番つらい」
「でも……」
「“迷惑かも”って思ってる?」
朱里は黙った。
美鈴はため息をついて、少しだけ声を落とした。
「親友だから言うけどね。
言わなかった後悔の方が、ずっと残るよ」
その日の夕方。
嵩は、朱里のデスクの前に立った。
「……朱里さん。今日、少し時間もらえますか」
一瞬、心臓が跳ねる。
「転勤のこと、ちゃんと話しておきたくて」
──逃げ道は、もうなかった。
夜。
会社近くの小さな公園。
街灯の下、二人は並んでベンチに座っていた。
「三週間後です。大阪」
嵩は前を見たまま言った。
「急ですよね。でも、決まった以上……」
朱里は、握った手を見つめたまま、深く息を吸った。
(今しかない)
美鈴の言葉が、背中を押す。
「……嵩さん」
名前を呼んだ声が、思ったより震えていた。
「怖い、って言われるかもしれないけど」
嵩が、ゆっくりこちらを見る。
「私──」
朱里は顔を上げた。
「行かないで、って言えない立場なのはわかってます。
でも……好きです」
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。
「ずっと、嵩さんの隣が安心でした」
沈黙。
嵩は、しばらく何も言わなかった。
そして、静かに息を吐いた。
「……朱里さん」
その声は、いつもより低くて。
「それ、もっと早く聞きたかった」
朱里の目が見開かれる。
「でも」
嵩は、苦笑いを浮かべた。
「今でも、嬉しいです。
……正直に言うと、転勤、迷ってた」
夜風が、二人の間を通り抜けた。
物語は、まだ答えの手前で止まっている。
総務からの一斉メールが、フロアに小さなざわめきを落とす。
異動対象者の一覧、その中に──嵩の名前があった。
朱里は、画面を見たまま動けなくなった。
(……やっぱり)
予感は、ずっとあった。
最近の引き継ぎの量、不自然なまでに整理されていくデータ。
それでも、本人の口から聞くまでは、認めたくなかった。
昼休み。
給湯室で朱里と美鈴は並んでコーヒーを入れていた。
「嵩、転勤だってね」
美鈴は、驚きも戸惑いもない声で言った。
「……知ってたの?」
「半分はね。人事の動き、見ればわかる」
カップを置きながら、美鈴は朱里を見た。
「で。いつ言うの?」
朱里は唇を噛んだ。
「……何を?」
「決まってるでしょ。気持ち」
その一言は、冷静すぎるほど正確で、朱里の胸に突き刺さった。
「転勤前じゃないと意味ない。
向こう行ってからじゃ、朱里が一番つらい」
「でも……」
「“迷惑かも”って思ってる?」
朱里は黙った。
美鈴はため息をついて、少しだけ声を落とした。
「親友だから言うけどね。
言わなかった後悔の方が、ずっと残るよ」
その日の夕方。
嵩は、朱里のデスクの前に立った。
「……朱里さん。今日、少し時間もらえますか」
一瞬、心臓が跳ねる。
「転勤のこと、ちゃんと話しておきたくて」
──逃げ道は、もうなかった。
夜。
会社近くの小さな公園。
街灯の下、二人は並んでベンチに座っていた。
「三週間後です。大阪」
嵩は前を見たまま言った。
「急ですよね。でも、決まった以上……」
朱里は、握った手を見つめたまま、深く息を吸った。
(今しかない)
美鈴の言葉が、背中を押す。
「……嵩さん」
名前を呼んだ声が、思ったより震えていた。
「怖い、って言われるかもしれないけど」
嵩が、ゆっくりこちらを見る。
「私──」
朱里は顔を上げた。
「行かないで、って言えない立場なのはわかってます。
でも……好きです」
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。
「ずっと、嵩さんの隣が安心でした」
沈黙。
嵩は、しばらく何も言わなかった。
そして、静かに息を吐いた。
「……朱里さん」
その声は、いつもより低くて。
「それ、もっと早く聞きたかった」
朱里の目が見開かれる。
「でも」
嵩は、苦笑いを浮かべた。
「今でも、嬉しいです。
……正直に言うと、転勤、迷ってた」
夜風が、二人の間を通り抜けた。
物語は、まだ答えの手前で止まっている。
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