171 / 187
第171話 決めない選択に、丸をつける朝
しおりを挟む
朝の空気は、少しだけ冷たかった。
カーテンを開けると、昨日までと同じ街が広がっている。
(……世界は何も変わってない)
それが、少しだけ救いだった。
朱里は支度をしながら、何度も昨夜の会話を思い出していた。
嵩の声。
川沿いの灯り。
「選ぶのは君だから」という言葉。
(選んでないけどね、まだ)
駅へ向かう途中、スマホが鳴った。
《起きてる?》
美鈴だ。
《起きてるよ》
《昨日は……聞いた》
《だと思った》
《朝、コーヒー奢るから時間ちょうだい》
断る理由はなかった。
◆社内カフェ
出社前の社内カフェは、まだ人が少ない。
美鈴はすでに席にいて、朱里の分のカップを置いていた。
「ブラックでよかった?」
「……ありがとう」
一口飲む。
少し苦くて、目が覚める。
「で」 美鈴は、前置きなしに言った。
「何も決めなかったんでしょ」
朱里は、少し驚いてから頷いた。
「……決められなかった」
「正直に言うと、逃げたい気持ちもある」
美鈴は、眉ひとつ動かさなかった。
「うん。正常」
即答だった。
「決めないって、悪いことみたいに扱われがちだけど」
「状況が動きすぎてる時に、立ち止まるのは賢いよ」
朱里は、思わず息を吐く。
「……嵩は、決断を迫られてるのに」
「私だけ、保留で」
「違う」 美鈴は、コーヒーを一口飲んでから言った。
「朱里は“保留”じゃない」
「“向き合ってる途中”」
その言葉が、胸に落ちる。
「逃げる人は、考えない」
「考え続ける人は、ちゃんと向いてる」
朱里の目が、少し熱くなる。
「……もし、結論が出なかったら?」
美鈴は、即答しなかった。
その代わり、静かに言う。
「それも、答え」
「誰かの人生を背負うために、自分の人生を軽く扱わないで」
少し間を置いて。
「朱里が決めた“決めない”は」
「ちゃんと、勇気のある選択だよ」
朱里は、カップを両手で包んだ。
「……ありがとう」
「言われなかったら、自分を責め続けてた」
美鈴は、少しだけ笑った。
「親友の仕事はね」
「本人より先に、許可を出すことだから」
二人の間に、静かな時間が流れる。
「でも」 美鈴が、少しだけ声を低くする。
「決める日が来たら」
「その時は、私が背中押す」
朱里は、はっきり頷いた。
「……うん」
「逃げない」
そのやり取りだけで、朝が少し軽くなった。
出社の時間が近づき、二人は立ち上がる。
「行こ」
「うん」
同じ職場、同じ一日。
でも朱里の足取りは、昨日より少しだけ安定していた。
“決めない”と決めた選択は、
ちゃんと支えがあれば、前に進める。
そんな朝だった。
カーテンを開けると、昨日までと同じ街が広がっている。
(……世界は何も変わってない)
それが、少しだけ救いだった。
朱里は支度をしながら、何度も昨夜の会話を思い出していた。
嵩の声。
川沿いの灯り。
「選ぶのは君だから」という言葉。
(選んでないけどね、まだ)
駅へ向かう途中、スマホが鳴った。
《起きてる?》
美鈴だ。
《起きてるよ》
《昨日は……聞いた》
《だと思った》
《朝、コーヒー奢るから時間ちょうだい》
断る理由はなかった。
◆社内カフェ
出社前の社内カフェは、まだ人が少ない。
美鈴はすでに席にいて、朱里の分のカップを置いていた。
「ブラックでよかった?」
「……ありがとう」
一口飲む。
少し苦くて、目が覚める。
「で」 美鈴は、前置きなしに言った。
「何も決めなかったんでしょ」
朱里は、少し驚いてから頷いた。
「……決められなかった」
「正直に言うと、逃げたい気持ちもある」
美鈴は、眉ひとつ動かさなかった。
「うん。正常」
即答だった。
「決めないって、悪いことみたいに扱われがちだけど」
「状況が動きすぎてる時に、立ち止まるのは賢いよ」
朱里は、思わず息を吐く。
「……嵩は、決断を迫られてるのに」
「私だけ、保留で」
「違う」 美鈴は、コーヒーを一口飲んでから言った。
「朱里は“保留”じゃない」
「“向き合ってる途中”」
その言葉が、胸に落ちる。
「逃げる人は、考えない」
「考え続ける人は、ちゃんと向いてる」
朱里の目が、少し熱くなる。
「……もし、結論が出なかったら?」
美鈴は、即答しなかった。
その代わり、静かに言う。
「それも、答え」
「誰かの人生を背負うために、自分の人生を軽く扱わないで」
少し間を置いて。
「朱里が決めた“決めない”は」
「ちゃんと、勇気のある選択だよ」
朱里は、カップを両手で包んだ。
「……ありがとう」
「言われなかったら、自分を責め続けてた」
美鈴は、少しだけ笑った。
「親友の仕事はね」
「本人より先に、許可を出すことだから」
二人の間に、静かな時間が流れる。
「でも」 美鈴が、少しだけ声を低くする。
「決める日が来たら」
「その時は、私が背中押す」
朱里は、はっきり頷いた。
「……うん」
「逃げない」
そのやり取りだけで、朝が少し軽くなった。
出社の時間が近づき、二人は立ち上がる。
「行こ」
「うん」
同じ職場、同じ一日。
でも朱里の足取りは、昨日より少しだけ安定していた。
“決めない”と決めた選択は、
ちゃんと支えがあれば、前に進める。
そんな朝だった。
0
あなたにおすすめの小説
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる