25回目のプロポーズ~余命宣告されたきみへ~

菊池まりな

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25回目のプロポーズ

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桜の花びらが舞い散る春の夕暮れ。いつもの公園のベンチで、吉村真樹よしむらまき高橋隆一たかはしりゅういちの隣に座っていた。二人は大学時代からの付き合いで、もう五年になる。

「真樹、大事な話があるんだ」

隆一は真剣な表情で真樹を見つめた。真樹の心臓が早鐘を打つ。もしかして、これは……。

「俺と、結婚してくれないか」

隆一がポケットから小さな箱を取り出す。中には、シンプルで上品な婚約指輪が輝いていた。

「隆一……」

真樹の目に涙があふれる。嬉しい。こんなにも嬉しい。でも──。

「ありがとう。でも、少しだけ時間をちょうだい」

真樹はそう答えるのが精一杯だった。明日、病院で検査結果を聞く約束がある。ここ数ヶ月、体調がすぐれず、精密検査を受けていたのだ。結果を聞いてから、きちんと答えを出したかった。



翌日、真樹は一人で病院を訪れた。隆一にも母にも、誰にも言わずに。

「吉村さん、検査結果ですが……」

医師の表情が曇る。真樹は直感的に悟った。

「膵臓癌です。残念ながら、かなり進行しています」

医師の言葉が遠くから聞こえる。膵臓癌。ステージ4。手術は困難。化学療法の効果も限定的。そして──余命、約一年。

診察室を出た真樹は、ふらふらと病院の廊下を歩いた。どうして。どうして今なの。やっと隆一と幸せになれると思ったのに。

携帯電話が鳴る。隆一からだ。

「真樹、昨日の返事、急がなくていいから。俺、ずっと待ってるよ」

優しい声が、真樹の胸を締めつける。

「隆一……今日、会える?」

「もちろん。いつもの公園でいい?」


夕方、公園のベンチに二人は並んで座った。真樹は震える手で、診断書を隆一に差し出す。

「これ……今日、病院でもらったの」

隆一が診断書を読む。その顔からみるみる血の気が引いていく。

「真樹……これ、本当なのか」

「ごめんなさい。昨日、すぐに返事できなかったのは、これを」

涙がこぼれる。止めようとしても、止まらない。

「だから、隆一のプロポーズ、受けられない。あなたを不幸にしたくない。あと一年しか生きられない私と結婚しても……」

隆一は黙って診断書を握りしめていた。長い沈黙。真樹は覚悟を決める。これで終わりだ。隆一との五年間、幸せだった──。

「真樹」

隆一が口を開いた。

「もう一度聞く。俺と、結婚してくれないか」

「え……?」

真樹は顔を上げる。隆一の目には、涙が光っていた。

「一年でも、半年でも、一ヶ月でもいい。俺は真樹と一緒にいたい。真樹が生きている限り、俺は真樹のそばにいたいんだ」

「でも、私はもう……」

「関係ない。余命なんて関係ない。俺が真樹を愛していることに、何の変わりもない」

隆一が真樹の手を取る。

「むしろ今だからこそ、一緒にいる時間が大切なんだ。一日一日を、一瞬一瞬を、君と過ごしたい。結婚してほしい、真樹」

真樹の涙が溢れ出す。

「私なんかでいいの? もう長くは生きられないのに」

「真樹が『私なんか』なわけないだろう。俺にとって、真樹は世界で一番大切な人だ」

隆一が再び指輪の箱を開ける。

「受け取ってくれ。そして、俺と一緒に、残された時間を精一杯生きてほしい」

真樹は頷いた。涙でくしゃくしゃになった顔で、必死に頷いた。

「ありがとう、隆一。私、幸せになってもいいの?」

「当たり前だ。俺が、真樹を幸せにするから」



それから、真樹と隆一は籍を入れた。小さな結婚式も挙げた。真樹の母と隆一の両親、そして親しい友人だけの、温かな式だった。

化学療法が始まった。副作用で髪が抜け、吐き気に苦しむ日々。それでも隆一は、毎日病院に通い、真樹の手を握り続けた。

「今日は何が食べたい?」

「うーん、お母さんの作る肉じゃがが食べたいな」

「よし、今夜作ってもらおう。俺も作り方教わるから」

何でもない会話。でも、その一つ一つが、真樹には宝物だった。

ある日、真樹が言った。

「ねえ、隆一。やり残したこと、一緒にやりたいな」

「いいよ。何がしたい?」

「まず、富士山が見たい。それから、沖縄の海。あとは……二人でゆっくり温泉に行きたい」

隆一は会社に休みを申請し、二人で小旅行に出かけた。体調の良い日を選んで、少しずつ夢を叶えていく。

河口湖から見た富士山。沖縄の透き通った青い海。箱根の温泉で見た満天の星空。

「きれいだね」

「ああ、本当にきれいだ」

「隆一と一緒だから、もっときれいに見えるのかな」

真樹の頭を、隆一がそっと撫でる。

「俺も、真樹と一緒だから、すべてが輝いて見えるよ」



秋が深まり、冬が訪れた。真樹の体調は徐々に悪化していた。入院する日が増え、自宅で過ごせる時間が減っていく。

それでも隆一は、毎朝「おはよう」と言い、毎晩「おやすみ」を言いに病室を訪れた。そして、毎日のように言うのだ。

「真樹、俺と結婚してくれないか」

最初は冗談かと思った。でも、隆一は本気だった。

「もう結婚してるのに?」

「何回でもプロポーズするよ。毎日、真樹を好きになるから」

五回目のプロポーズ。十回目のプロポーズ。十五回目のプロポーズ。

「はい、喜んで」

真樹も毎回、笑顔で答える。それが二人の、ささやかな幸せな時間だった。

年が明けた。真樹の容態は急変し、もう長くはないと医師から告げられた。

「最期は、自宅で過ごさせてあげたい」

隆一は在宅医療を選択した。リビングにベッドを運び込み、真樹を家に連れて帰った。

桜の季節が再び巡ってきた。あの日から、ちょうど一年。真樹は窓の外の桜を見つめながら、隆一の手を握っていた。

「隆一、幸せだった」

「俺もだよ、真樹」

「あなたと出会えて、本当に良かった」

「真樹……もう一度聞いてもいいか」

隆一が微笑む。涙をこらえながら。

「俺と、結婚してくれないか。これが二十五回目のプロポーズだ」

真樹も微笑んだ。精一杯の笑顔で。

「はい、喜んで。何回でも、あなたと結婚したい」

「ありがとう。愛してる、真樹」

「私も、愛してる、隆一」


桜が満開に咲き誇る春の朝。真樹は隆一の腕の中で、静かに息を引き取った。穏やかな顔で、まるで眠っているように。

葬儀の日、隆一は真樹の写真に語りかけた。

「真樹、俺たちは短い時間しか一緒にいられなかった。でも、その一年は、俺の人生で最も濃密で、最も幸せな時間だった」

参列者たちが静かに涙を流す。

「君は最期まで、俺を愛してくれた。俺も、君を愛し続けることができた。それだけで、十分だったんだ」

隆一は真樹の母から、一通の手紙を渡された。

『隆一へ』と書かれた、真樹の筆跡。

手紙には、こう綴られていた。



『隆一へ

これを読んでいるということは、私はもういないのでしょうね。
最期まで、そばにいてくれてありがとう。

私ね、最初は絶望していたの。せっかく隆一と幸せになれると思ったのに、どうして私だけ、って。
でも、あなたがそばにいてくれたから、最期まで幸せだった。

二十五回もプロポーズしてくれて、ありがとう。
毎回、心から嬉しかった。
何度でも、あなたの妻になりたいと思った。

隆一、これからも幸せでいてね。
いつか、また新しい誰かを愛してもいいんだよ。
それを、私は天国から応援している。

でも、ときどきでいいから、思い出してね。
あなたを愛した、私のことを。

最後にもう一度。
私と結婚してくれて、ありがとう。
あなたの妻になれて、私は本当に幸せでした。

愛してる、隆一。

真樹』



隆一は手紙を胸に抱きしめた。涙が止まらない。でも、不思議と温かい気持ちが胸に広がっていく。

「真樹、俺も幸せだったよ。君と出会えて、君を愛せて、本当に良かった」

空を見上げる。満開の桜が、春の風に舞っていた。

「ありがとう、真樹。そして、さようなら」

隆一は、真樹との思い出を胸に、これからの人生を歩んでいくことを誓った。真樹が教えてくれた、人を愛することの尊さを、決して忘れずに。

桜の花びらが、静かに舞い散っていく。
二人の愛の物語は終わったけれど、その温もりは、隆一の心の中で、永遠に輝き続けるのだった。


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