歩く15億の花嫁~契約婚約から始まるオフィス・シンデレラ~

YOR

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第1章:許嫁契約!?

第1話:スターライト財閥の紋章と許嫁の宣告

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「今日の面接もさ、やっぱり難しかったよ。」

私は、面接官の鋭い視線や、咄嗟に言葉に詰まった瞬間を思い浮かべながら友人と電話をしていた。携帯を肩に挟み、五分置きくらいのペースで、重いスーパーの袋を持ち替え腕のだるさを軽減しつつ、路地を歩いている。

「スターライト企画なんて、雲の上って感じだよね。」

遠すぎて届きそうもない。でも、挑戦しないまま諦めるのも、悔しい。当然、人気が高く採用は狭き門。私のような貧乏育ちには高嶺の花だ。
お給料や待遇がいいのはもちろんだし、そこの御曹司はイケメンで高身長らしい。もし恋に落ちたら、一生分のラッキーを使い果たすだろうと、馬鹿な夢まで見てしまうほど魅力的な会社。

――もし、あそこの社員になれたら、こんな重いスーパーの袋じゃなくて、デパートの紙袋が似合うような生活が待っているのかしら。

現実、私は今、リンゴ3個と1パックのイチゴが入ったスーパーの袋を持っている。その重さは、諦めきれない挑戦の重さと同じなのかもしれない。そう思いながら、自宅のある路地に入った。

自宅に近づくにつれて、かすかに聞こえる話し声と、路地の先に集まる人だかりが、私の視界に徐々に入ってきた。火事でもあったのか、誰か倒れて救急車でも呼んだのか、私はそう思いながらも、歩みを止めずに進んだ。

すると、この光景を一緒に見ているのかと思うほどのタイミングで、携帯の向こう側にいる、友人の声が途端にひそめられた。

「ねぇ、奈月。私のママが言ってたんだけど、奈月の家、なんか騒動になってるって。大丈夫なの?」

「騒動?」

一体、何時から人だかりができたのだろう。そこには、カーテンの隙間から覗く者、窓を全開にして見ている者、外に出て見ている者、とにかくご近所中の人々で路地全体が、制御不能なざわめきに包まれていた。

「えー、黒のベンツ3台が止まってる。」

その先には私の家がある。小さな庭と古びた玄関の門を持つ、普通の木造二階建て。ベンツはその家の門前、狭い路地を縦一列に占拠するように並んでいた。この日常の風景が、漆黒の集団によって、異質な舞台に変えられていた。

その小さな玄関の門を背にするように、黒一色の集団が立っていた。

「本当に何かあったみたい。電話切るわ。」
私は慌てて通話を終了し、ポケットに携帯を押し込んだ。

黒スーツの男性三名、同じく黒のパンツスーツに身を包んだ女性三名、合計六名。彼らは、近寄りがたいほど完璧な正装だった。

「奈月お嬢様のおかえりです。」と、男の低く有無を言わせぬ声が響いた。

黒服の集団の中央に立っている一人の男。五十代ほどだろうか、背筋は真っ直ぐで、銀縁の眼鏡の奥から鋭い視線を放っている。

「奈月お嬢様を、お通ししろ。」その言葉と共に、黒スーツの男性二名が迅速に人だかりをかき分け、狭い路地と門への道を作った。

同時に、女性の黒服三名が私を囲むように隊列を組んだ。一人は前に立ち、残りの二人は両サイド。私は、まるで嵐に押し流されるように、門へと続く階段の下まで動いていた。

その護衛の隊列に押し上げられるようにして、苔むした10段ほどの階段を上りきった。階段の頂点に位置する古びた玄関の門の前で、先頭にいた女性が一度止まった。

私の家であるのに、なぜかその女性が私に代わって門を押し開けた。

あまりにも自然な動作であったことから、私は思わず彼女に頭を下げ、小さな玄関の門をくぐった。

その時、護衛の女性の胸元で、小さな紋章が光を反射した。

「スターライト財閥の紋章?」
今日、面接に行った会社の親会社だ。友人に電話で「雲の上」だと話していた、あのスターライト財閥だ。この混乱の中で、頭の中だけで状況を整理しようとした。でも、あまりにも情報が唐突で、現実に全く追いつかなかった。

「奈月、遅いぞ!」

母よりも少し背の高い父が、玄関前に置いてある古びた子供用の自転車からスッと立ち上がった。この自転車は、祖父母が外出先から帰宅した際に、腰掛け代わりとして使われていたものだ。

「お父さんがお使いを頼んだからでしょう」と、私は言いつつも、インテリアの一部のような存在となっていた自転車から立ち上がった父を見て、電話する手間を省くほどのことなのだろうと思うようにした。それにしても、気になるのは、久しぶりに使われた子供用自転車だ。もしかすると祖父母について知りたいことがあるのかと頭をよぎった。

「奈月、早く来なさい。」

父は、まるで獲物に飛びつくかのように慌てて近寄り、私の腕を捉えた。その手は、予想以上に強く、そして不自然に冷たかった。手のひらが、恐怖でわずかに震えているのが伝わってきた。

すると、父は「ずっと、神谷瑛斗様の執事がお前の帰りをお待ちしている」と、小声でささやいた。

神谷瑛斗といえば、スターライト財閥の孫息子で、その優秀さと同時に感情を欠いた氷の御曹司として業界では有名。その有名な財閥の執事が、どうして何の接点もない、うちのような家を訪ねてきたのだろうか。

私自身、お客が来るとは聞いていなかった。違和感を覚え、携帯を取り出すと、家族とのグループチャットに弟の悠真からメッセージが何件か入っていた。

悠真: 早く帰ってこい。

悠真: バカ姉。

悠真: 凄い人が来てるぞ。

このメッセージは、友人と電話をしていた時だった。家に着く十分ほど前に送られていた。

メッセージを見て、父が電話をかけなかった理由が分かった。
父は、悠真に「早く帰るように伝えろ」とでも頼んだのだろう。悠真の性格を分かっていない父ならではの展開だ。いつもメッセージオンリーの悠真と、電話オンリーの父。「奈月に電話してくれ」と言えば、悠真も渋々でも電話をかけたでしょうに。これがジェネレーションギャップというものだ。

そして、父が玄関の扉を開けた。

「高級そうな紳士靴だけ、何故?」私は、思わず声が漏れた。

家族の靴が乱雑に散乱している中に、一足だけまるでそこだけ時間が止まったかのように、きちんと向きを揃えて置かれていた。その持ち主は、既にリビングで待っているのだろう。

靴を脱ぎ揃えていると、廊下へ向かうドアを開けて待つ父が「早くしないか。」と焦り気味に言ってきた。

私は、スーッと立ち上がり父のいるドアへ向かった。

「えー、足の踏み場もないじゃん。」

狭い廊下もまた、混乱の跡を留めていた。リビングにあった小物、キッチンに置いてあった食器の一部、収納棚に入れてあった古い衣類などが、手当たり次第に引っ張り出され、通路を塞いでいた。

「夫婦喧嘩の仲裁に財閥の執事が来たの?」

私はそう口走りながら、父に促されるままリビングルームへ入った。そこは、一瞬で目を疑う光景だった。まるで泥棒が荒らした後のようだった。こたつの上には本やアルバムが無造作に置かれ、母の骨董品までも積み上げられている。混乱の痕跡が、家全体を異様な空気で満たしていた。

「お父さん、これどういうこと?」

父は静かにこちらへと言わんばかりの表情でリビングルームの隅に目を向けた。そこには、亡き祖父が座っていた年代物の椅子。その椅子に一人の男性が座っているのが見えた。

「あ...あちらの方が、神谷瑛斗様の執事さんだ。」

父は、そう囁くように私に教えた。

「執事さん...こちらが、水野敬一の孫娘の奈月でございます。」

父が頭を下げて私を紹介した。すると、執事はゆっくりと椅子から立ち上がった。

白髪交じりで、どこか落ち着いた雰囲気を持つ男性がいた。黒スーツに身を包んでいるにもかかわらず、その両手には真っ白な手袋がはめられていた。彼は荒れ果てたリビングルームで、一切動じることなく、静かに私を待っていた。

「奈月お嬢様に、神谷会長より、ご婚約に関するご挨拶を申し上げます。」

宣告を受けた瞬間、荒れ果てたリビングルームのざわめきが遠のき、世界から音色が消えたように感じた。

その言葉は、まるで私の名前に鎖をかけるようだった。「お嬢様」と呼ばれた瞬間、挨拶という名の未来の宣告が、私の人生の主導権を一方的に奪い去ることを悟った。20年間の生活が、見知らぬ誰かの所有物に変わったような錯覚に陥り、胸の奥で、自由という言葉が音を立てて崩れていくのを感じた。

「スターライト財閥の次期当主予定の許婚である水野奈月様のお迎えに上がりました。」

私の頭の中で、誰が?私が?たった二文字、許婚の単語を反芻する。この古びた居間で、私の名と共に読み上げられていた。

「許婚の相手が、スターライト企画の次期副社長と言われている神谷瑛斗ですか?」

「左様にございます。」

「お帰りなさいませ、奈月様。長らく失礼いたしました。私どもでお祖父様の遺言書を探しておりまして。ご家族の方にもご協力をお願いしている次第です。」

「遺言書?」

その時、兄が、キッチンのシンク上を見て叫んだ。

「執事さんが持っているそれ、これじゃないか?鍋敷きにしていた、この木目調のやつ。」

父が慌てて駆け寄る。キッチンシンクの上の棚から、小さな木箱を引っ張り出した。

「あ...ああ...ごめんなさいね。これがそんな大切なものだとは知らず...」

母が顔を真っ赤にして、すぐに執事へ向かって頭を下げた。その木箱は、祖父の遺品整理の際に見つけたものだ。蓋が固く閉まって開かず、中身を確認できなかったため、母が「それなら鍋敷きにちょうどいいね」と使い始めたのだった。

「遺言書を確認させていただきます。」
執事が静かに立ち上がり、白い手袋で丁寧に木箱を受け取った。彼は躊躇することなく、箱の隙間に細い器具を差し込み、梃子の原理で蓋を力任せにこじ開けた。乾いた音が、静まり返った居間に響き渡る。

執事は、開いた木箱の中から古い巻紙を取り出し、白い手袋で丁寧に遺言書を開いた。そして、私たち家族に向き直り、静かに内容を読み上げた。

内容は、孫同士の婚姻を約束し、その成立と同時に祖父の借金を財閥が肩代わりするというものだった。現実離れした一文が、私の未来を一瞬で縛りつけた。

読み終えた執事が、一呼吸おいて私たち家族に問いかけた。

「そして、この遺言には、一つの婚約の証が定められております。それは、アメジストカラーのリング。それが奈月様のお手元にあれば、即座に婚約成立といたします。」
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