21 / 35
第2章:公の役割(オフィシャル・ロール)
第21話:侵入の代償と、案内人の正体(黒瀬蓮視点)
しおりを挟む自己分析が大好きな僕、蓮からマドンナたちへ最高のプレゼントを贈るよ。これまでにどんなことが起きていたか。あの時、鉄壁の守りを誇る神谷家の門が、あんなに簡単に見知らぬ男(健太)を招き入れてしまったのか。その種明かしをする前に、少しだけ、僕の幼少期の話をしよう。
それは、監視カメラの映像は、いつだって真実を無機質に映し出すんだ。
僕はここが大好きだった。神谷家の広大な敷地を網羅する、壁一面のモニター群。たくさんのスイッチ。指先ひとつで重厚な門を開閉し、他人の行き道を自在に操れるその感覚は、幼い僕にとってどんなおもちゃよりも魅力的だった。
最初はただ、ボタンを押すのが楽しかっただけ。でも、いつしか僕は覚えたんだ。音のないスクリーンの向こう側にいる人たちの、焦燥や密会、そして裏切りを観察する方法をね。
「こんばんは、坂口さん。」
……ああ、挨拶は不要だった。ここへ歩いてくるのをレンズ越しに坂口は見ているのだから。微笑みかけると、コンソールに向かっていた初老の男――坂口が、椅子を回して小さく会釈した。坂口は僕が物心つく前から、この24時間365日止まることのない監視の塔を守っている、僕の数少ない……そう、理解者の一人。
「蓮坊っちゃま、懐かしのこれもどうぞ!」
坂口が差し出してきたのは、僕がお気に入りだった、アンティークな意匠の古い起動スイッチ。それをコンソールに差し込むと、特定のカメラ……ゲスト棟を最も美しく捉えるアングルが起動するよう、坂口が細工してくれたものだ。
「相変わらず気が利きますね、坂口さんは」
僕はそのスイッチを指先で愛おしげに撫でた。なぜ、こんなものを作らせたのかって?理由は単純。あそこ(ゲスト棟)は、商談で神谷家を訪れた者たちが、一夜を過ごして帰る場所だから。
昼間は会長である祖父や、僕の父上。それに瑛斗の両親や僕の母上にまで、慇懃無礼なほど頭を下げている。表では高潔なふりをした政治家や実業家たちが、あそこでどんな風に欲望を剥き出しにし、浅ましく這いつくばるのか。
幼い僕にとって、その絶望と強欲のグラデーションを特等席で鑑賞することは、どんな絵本よりも教訓に満ちた娯楽になっていた。
「あの実業家、昼間は父上に立派な理想を語っていたのに」
「……人間は、光が強いほど影も濃いものでございますから」
「大人って面倒だね」
「蓮坊っちゃは、そうなりませぬように」
「……それは、どうかな」
そんな会話をこの部屋で繰り返しながら、僕は育った。
でも、今回は少し趣向を変えたくなってね。欲望まみれの大人たちじゃない。あんなに真っ直ぐで、純粋な奈月が、この神谷家の濃すぎる色に当てられて、どう変色していくのか、見たくなった。
あの日、ゲスト棟の窓際に佇む彼女が、大きなスクリーンに映し出された。
まるで籠の中の鳥が、雲の隙間を伺うような真剣な眼差し。彼女はスマホのライトを反射させたのか、あるいは必死にズーム機能を使いこなそうとしているのか……分からなかったが、外に興味があることはすぐに分かった。
「自分から居場所を教えているのと同じだよ」と、思わず独り言が漏れたよ。
隠れているつもりなのだろうけれど、こちらから見ればスポットライトを浴びているも同然だ。あまりに無防備で、あまりに爪が甘い。そんな不器用な足掻きさえ、僕にとっては愛らしく、より深く執着したくなってしまう。
おそらく、ここから抜け出すルートを必死に探していたのだろう。
それにしても、滑稽だと思わないかい?
僕に一言、「外出したい」と甘えてくれればいいだけの話。門番を下がらせるのも、重厚な鉄の門を左右に開くのも、僕にとっては指先ひとつの、退屈な作業でしかないんだから。
――でも、彼女はそれを選ばない。
自分の力で出口をこじ開けようとする。
罰は嵐のように厳しく、褒美は少しずつゆっくり与える。それが支配というものだろう。
だからこそ、僕はその美しい羽をむしり取って、永遠にこの庭から出られないように、もっと丁寧に盤面(ボード)を整えてあげたくなったんだ。
そう。愛よりも恐怖を与える方が、人間はよっぽど管理しやすいからね。
「蓮坊っちゃま、瑛斗様は今、通話でお忙しいようです」
「僕が繋いだんだ」
「……?」
一番大きなモニターを見つめた。そこには、一台の軽トラックが停まっていた。降りてきた男――健太は、落ち着きなく辺りを見渡している。
「さて。盤面(ボード)は整った」
「蓮坊っちゃま?また、お仕置き部屋行きですぞ」
「坂口さん、まぁ、見ていて」
僕は坂口に背を向け、モニター室を出て門の近くへと向かった。向かうのは、警備の死角となる裏口だ。
闇に紛れ、僕はスマホを耳に当てた。実際に話しているのは、瑛斗を足止めしている工作員への追加指示。けれど、遠目から見れば、ただの住人が私用電話をしているようにしか見えないだろう。そこで、僕はあいつと目を合わせた。
僕は、片手でスマホを操作し、瑛斗の通話を長引かせるための追加メッセージを送信。そして、健太には顎をクイッと動かし、「行け」と合図を送った。道を示してあげる慈悲深い案内人のように。
……振り返ると、奈月が小走りで門に向かっていた。僕の合図に弾かれたように門の前へ進む健太。そして、ようやく門にたどり着いた奈月。
一つだけ、僕としたことが失敗した。予定では、僕がスマートに門を開けてあげるつもりだったんだ。けれど、再会のたかぶりに我を忘れた二人は、僕が操作するより早く、内と外からお互いを求めるように門の柵を固く握りしめてしまった。冷たい鉄格子を挟んで、必死に名前を呼び合う二人。
……これでは、迂闊に門を開けるわけにはいかない。指を挟んで、彼女の綺麗な手に傷がついてしまったら台無しだからね。
僕はスマホの画面をタップし、坂口へ次の指示を送った。
「門番を戻してもいいぞ。……それと、瑛斗に不審者発見の通知を。位置情報は、ここ(裏門)に固定してね」
工作は完璧だ。あとは、瑛斗をこの門の前に来させるだけ。
仕事に追われ、精神的に余裕のない瑛斗が、自分の許嫁が深夜に瑛斗の知らない男と鉄格子越しに何かを語らっている姿を見たら、一体どんな顔をするのかな?
想像するだけで、ゾクゾクする。
僕は暗闇の中から、重なり合う二人の手を冷ややかに見つめ、その場を後にした。男に助けられたと思った瞬間に、さらなる絶望の淵へ叩き落とされる。その残酷なショーの結末は、後で監視カメラの記録でゆっくり楽しむとしよう。
今の僕には、もっと優先すべき仕上げがある。
僕は足取りも軽く、静まり返った邸内を抜け、ゲスト棟の201号室へと向かった。
――翌朝。
瑛斗が部屋を出たと坂口からメッセージが届いた。案の定、熱を出して寝込んでしまった奈月の枕元に、僕はいる。
(……おしいな。あと少し、僕を頼るのが早ければ)
こんなにも熱で苦しむことはなかったのに。
奈月ちゃんはどっちかな?
恐怖に打ち勝つには二つしか方法がないんだ。
逃げ出すか、さもなくば憤るか。
逃げることを選ぶなら、僕が君をこの籠から永遠に連れ出して、僕の所有物として優しく飼い殺してあげよう。でも、もし君が自分を縛るものに憤り、牙を剥くことを選ぶなら……その時は、僕が君の最高の武器になってあげる。
……さて、君はどちらを選ぶのか楽しみだね。僕としては、君が美しく燃え上がる姿、憤る方を見てみたいけれど。
意識の混濁した奈月の頬に触れながら、僕は「うん。帰ろう。家に」と囁いた。満足げに立ち上がり、僕は瑛斗の部屋を出た。
そして、廊下に現れる志保――母と、視線だけで挨拶を交わして僕は時間稼ぎさ。何故なら、母は僕が瑛斗から奪い取った、この一瞬の隙を見逃さないからね。
志保が「――あら。相変わらず、親子揃って不器用なのね。」と言い、瑛斗に近づいた。何故、瑛斗に近づいたかと言うと、志保は奈月を手に入れたいそうだ。理由は教えてくれなかったけど。
すべては僕の書いたシナリオ通りだったわけだ。完璧だろう。監視カメラ室で人間観察をしていただけあるだろう。
ただ、……志保の目が、奈月を瑛斗の婚約者としてではなく、かつての自分を見るような、狂おしい執着の色に染まっていたところが気になるけど。
さて、数日後の出社が楽しみだね。
10
あなたにおすすめの小説
冷たい外科医の心を溶かしたのは
みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。
《あらすじ》
都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。
アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。
ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。
元々ベリカに掲載していました。
昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉
朝陽七彩
恋愛
突然。
同居することになった。
幼なじみの一輝くんと。
一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。
……だったはず。
なのに。
「結菜ちゃん、一緒に寝よ」
えっ⁉
「結菜ちゃん、こっちにおいで」
そんなの恥ずかしいよっ。
「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、
ほしくてほしくてたまらない」
そんなにドキドキさせないでっ‼
今までの子羊のような一輝くん。
そうではなく。
オオカミになってしまっているっ⁉
。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・*
如月結菜(きさらぎ ゆな)
高校三年生
恋愛に鈍感
椎名一輝(しいな いつき)
高校一年生
本当は恋愛に慣れていない
。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・*
オオカミになっている。
そのときの一輝くんは。
「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」
一緒にっ⁉
そんなの恥ずかしいよっ。
恥ずかしくなる。
そんな言葉をサラッと言ったり。
それに。
少しイジワル。
だけど。
一輝くんは。
不器用なところもある。
そして一生懸命。
優しいところもたくさんある。
そんな一輝くんが。
「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」
「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」
なんて言うから。
余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。
子羊の部分とオオカミの部分。
それらにはギャップがある。
だから戸惑ってしまう。
それだけではない。
そのギャップが。
ドキドキさせる。
虜にさせる。
それは一輝くんの魅力。
そんな一輝くんの魅力。
それに溺れてしまう。
もう一輝くんの魅力から……?
♡何が起こるかわからない⁉♡
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる