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「あたしが何年ドラゴンハンターやってると思ってるの。確かにあの子の瞳孔は私たちと同じだけど、竜の匂いくらい分かるわよ」
「…………だよな」
アインががっくりと肩を落とすと、ルピナスは彼に向き直りその頭に軽く拳を当てた。叱るためではなく、諭すかのように優しく。
「帝王からの命令が、組合(ギルド)経由にあんたに伝えられてるんでしょ」
「…………ああ。一応は、"聖騎士"だからな」
「国は今、ディアナドラゴンを躍起になって探してるわ。理由は、恐らく…………。言うまでもないわね」
ダイアンサスの大地は、枯渇している。自然豊かな国では、生活用水に金などかからないのが普通だ。だがここでは、コップ一杯の水にさえ法外な金がかかる。
帝王がディアナドラゴンを欲する理由は、まさに"それ"であった。
「ディアナドラゴンは体力の消耗無しに純水を作り出せる竜。捕まれば、きっと死ぬまで拘束される」
ルピナスはリビングに足を進ませると、手に持っていたシーツをソファにかけた。
アインは、身体の一部のように肌身離さず携えている己の剣に目を遣った。少し、悲しそうに。
「あんな子供だとは、知らなかったんだ」
「竜はねえ…………、人と同じ姿になるから。優しい貴方に竜を狩るなんて無理だとは思ってたけど」
眉を下げながら微笑むルピナスに、アインは焦って言葉を返した。
「見逃してくれるのか?」
「あたしは人に害を成すドラゴンのハンターだけど、同時にアミュレシア(希少生物保護官)でもあるのよ。今は希少種とされているディアナドラゴンを欲しがるなんて、今度会ったら一度ガツンと言ってやんなきゃって思ってたの! 」
ルピナスの心強い言葉に、アインはホッと胸を撫で下ろした。
「てことは、お前は最初から竜探しサボってたんだな」
「あら、一応いそうな場所の情報は提供してたわよ? 一応、はね」
「あいつ、怒るんじゃねーの?」
「だいじょうぶよ! あの子が竜化さえしなければ誰にもバレないわよ。他の人型竜みたいに、耳も尖ってないし」
自信満々なルピナスにほだされたのか、アインは雲が晴れた空のように明るい声を出して笑った。
「……だよな。ありがとう」
「そうよ、優しいお姉様に感謝なさい」
「はいよ、分かった分かった」
その返事を聞いたルピナスは、満足気に鼻歌を歌いながらシーツをたたみ始めた。
二人のそんな会話も知らずに、二階の部屋のベッドで眠るトエイがいた。
何の夢を見ているのか、口元には、微かに笑みを浮かべていた。
* * *
荘厳なステンドグラスに、そびえ立つ巨大な神々を模した銅像。降り注ぐ白い光は朝の太陽。
しかし、それが真の輝きを放っていたのは遠い昔のことで。今は、砂と埃に塗れた過去の遺物でしかなかった。
「…………ここにも、いなかったか」
男は血の滴る武器を片手に持ち、やるせなさそうに視線を落とした。男の前には、異形の生物が幾重にも重なって倒れている。
傍らにいた青年は血の匂いにむせながらも、彼に気を遣ったのかおそるおそる声をかけた。
「…………ヘリオス陛下、もしや、ディアナドラゴンはもう」
「――それ以上言うと許さん」
ヘリオスはそう言うと、剣に付着した血を払い落とし、鞘に収めた。血は床に滴り落ち、神聖なその場所を紅く染めた。
「アンナラルカ遺跡の情報も、やはり唯の噂だったか…………」
「…………次は、どちらへ行かれますか?」
「どこでもいい。見つけるまで、探す」
「畏まりました、陛下」
一行は、時間を惜しむかのように、足早にそこを立ち去った。
* * *
――それから、少しの時が流れた。
「起きてアインーッ!!」
日差しが熱を孕むダイアンサスの朝、その小さな雑貨屋で、少女の元気な声が響いた。
「ぐおっ!?」
腹部への急な負荷により、アインの内蔵は全て飛び出しそうになった。
「っ…………痛ぅ…………」
しかし彼は怒ることもせず、その原因となった人物に笑顔を見せた。
「頼むからさ、もっと可愛げのある起こし方してくれよ。トエイ」
そう言ったアインの腹の上には、悪戯心いっぱいの笑顔を浮かべるトエイがいた。頬杖をつき、舌を出しておちゃらけている。
「えへへ、だってこうしないと起きないんだもん」
アインは彼女を退かせると、ベッドの上に起き上がりながら欠伸をした。
「いや、起きるって普通に」
「嘘、起きないよ」
「それでなくてもトエイ最近重くなったんだからよ」
「重…………っ?!」
「アインッ!!」
刹那、電光石火の速さで、掃除用の箒がアインの頭に投げ付けられた。
垂直にそれを頭にぶつけられては、アインも無言に悶絶するしかない。
「女の子になんてこと言うの!」
箒を投げたのは、ルピナスだ。片手には、第二の武器、雑巾を持っている。
「ったく…………脳みその中も筋肉で出来てるのかしらアンタは!」
「出来てねえよ!」
「いいからトエイに謝りなさい! ね、トエイ」
ルピナスが少し背を屈めてトエイに語り掛ける。
トエイの頬は林檎のように赤くなり膨らんでいた。
「いつまでもちっちゃな女の子じゃないのよ」
確かに、「重い」などという台詞を、女性に向かっていう言葉ではない。
ここぞとばかりに、ルピナスがそれを責め立てる。
「あんたの目は節穴かしら覗き穴かしら。このすけべ!」
「なんですけべなんだよ!?」
「すけべ」
「と、トエイまで!!」
そう、トエイはもう、"小さな女の子"のトエイでは無かった。
あの日から、トエイの身体は陽が沈み月が昇る度に急速に成長していった。
それは竜族である故か。動物の子が生まれてすぐに一人で立つことが出来るように、トエイの言語能力や身体機能は、人間で言う十六歳程までに発達していたのだ。勿論、外見も。
女性らしいラインこそまだ未発達なものの、白くすらっと伸びた四肢に瑞々しい肌は、まるで花開く前の蕾のようだ。
あの日買ったワンピースは、もうとっくに着れなくなった。
「…………悪かったよ、トエイ」
「あたし太ってないもん」
「分かってるって」
むくれるトエイをなだめるのはアインにとっては慣れたものだった。
ルピナスは、二人の母親になったような気持ちでその光景眺めていた。
アインが起きると、三人は揃って朝食を取る。パンに干し肉、スープとあまり豪勢では無かったが、皆で食べる朝食は楽しいようだ。
「ねえ、アインは今日も傭兵さんの任務?」
トエイがスープを持ったまま問い掛ける。
「ん、ああ。稼いだらまた本買ってきてやるよ」
「どこに行くの?」
「領土拡大戦線の助っ人。つっても、ただの情報運びだけどな」
「へえー、ルピナスは?」
「ごめんね、あたしも今日は外で仕事なのよ」
「そっか…………」
つまらなさそうにトエイが下を向くと、二人は揃って取り繕った言葉を発した。
「か、帰ってきたら本屋行こうな! また湖の絵画集買ってやるよ」
「新しいお洋服買いに行く!? ちょうど新作のサリーが出た頃よ!」
こぞって媚びる言葉を並べる二人に、トエイは目を丸くした。そして、そんな二人に、感謝せずにはいられなかった。
砂を凌ぐ家、毎日のご飯。トエイが体調を壊さない程度の、十分な水。
「甘やかさないでよ。あたし、もう子供じゃないんだよ」
「甘やかしたいのよ。」
ルピナスのウインクは優しくて好き。
アインの笑顔はホッとするから好き。
トエイは、この空間を手放したくはなかった。時々、暗く狭い鍾乳洞の記憶が蘇ってはくるものの、トエイの今は幸せだった。
たとえ、この街から出られなくとも。
* * *
二人の仕事がどんなものか詳しくは知らないトエイだったが、稼ぎの良い仕事だということは分かっていた。
でなければ、この国のこんなご時世で、あんなに服だなんだと自分に買い与えられる余裕などある筈はない。
二人が出掛けた後、トエイは興味深げに雑誌を読んでいた。連日続く戦争のニュースと値上がりの記事にはもう飽き飽きだと言わんばかりに冷めた瞳でそれを読んでいる。
「人間って、広い土地が好きなのかなあ」
「…………だよな」
アインががっくりと肩を落とすと、ルピナスは彼に向き直りその頭に軽く拳を当てた。叱るためではなく、諭すかのように優しく。
「帝王からの命令が、組合(ギルド)経由にあんたに伝えられてるんでしょ」
「…………ああ。一応は、"聖騎士"だからな」
「国は今、ディアナドラゴンを躍起になって探してるわ。理由は、恐らく…………。言うまでもないわね」
ダイアンサスの大地は、枯渇している。自然豊かな国では、生活用水に金などかからないのが普通だ。だがここでは、コップ一杯の水にさえ法外な金がかかる。
帝王がディアナドラゴンを欲する理由は、まさに"それ"であった。
「ディアナドラゴンは体力の消耗無しに純水を作り出せる竜。捕まれば、きっと死ぬまで拘束される」
ルピナスはリビングに足を進ませると、手に持っていたシーツをソファにかけた。
アインは、身体の一部のように肌身離さず携えている己の剣に目を遣った。少し、悲しそうに。
「あんな子供だとは、知らなかったんだ」
「竜はねえ…………、人と同じ姿になるから。優しい貴方に竜を狩るなんて無理だとは思ってたけど」
眉を下げながら微笑むルピナスに、アインは焦って言葉を返した。
「見逃してくれるのか?」
「あたしは人に害を成すドラゴンのハンターだけど、同時にアミュレシア(希少生物保護官)でもあるのよ。今は希少種とされているディアナドラゴンを欲しがるなんて、今度会ったら一度ガツンと言ってやんなきゃって思ってたの! 」
ルピナスの心強い言葉に、アインはホッと胸を撫で下ろした。
「てことは、お前は最初から竜探しサボってたんだな」
「あら、一応いそうな場所の情報は提供してたわよ? 一応、はね」
「あいつ、怒るんじゃねーの?」
「だいじょうぶよ! あの子が竜化さえしなければ誰にもバレないわよ。他の人型竜みたいに、耳も尖ってないし」
自信満々なルピナスにほだされたのか、アインは雲が晴れた空のように明るい声を出して笑った。
「……だよな。ありがとう」
「そうよ、優しいお姉様に感謝なさい」
「はいよ、分かった分かった」
その返事を聞いたルピナスは、満足気に鼻歌を歌いながらシーツをたたみ始めた。
二人のそんな会話も知らずに、二階の部屋のベッドで眠るトエイがいた。
何の夢を見ているのか、口元には、微かに笑みを浮かべていた。
* * *
荘厳なステンドグラスに、そびえ立つ巨大な神々を模した銅像。降り注ぐ白い光は朝の太陽。
しかし、それが真の輝きを放っていたのは遠い昔のことで。今は、砂と埃に塗れた過去の遺物でしかなかった。
「…………ここにも、いなかったか」
男は血の滴る武器を片手に持ち、やるせなさそうに視線を落とした。男の前には、異形の生物が幾重にも重なって倒れている。
傍らにいた青年は血の匂いにむせながらも、彼に気を遣ったのかおそるおそる声をかけた。
「…………ヘリオス陛下、もしや、ディアナドラゴンはもう」
「――それ以上言うと許さん」
ヘリオスはそう言うと、剣に付着した血を払い落とし、鞘に収めた。血は床に滴り落ち、神聖なその場所を紅く染めた。
「アンナラルカ遺跡の情報も、やはり唯の噂だったか…………」
「…………次は、どちらへ行かれますか?」
「どこでもいい。見つけるまで、探す」
「畏まりました、陛下」
一行は、時間を惜しむかのように、足早にそこを立ち去った。
* * *
――それから、少しの時が流れた。
「起きてアインーッ!!」
日差しが熱を孕むダイアンサスの朝、その小さな雑貨屋で、少女の元気な声が響いた。
「ぐおっ!?」
腹部への急な負荷により、アインの内蔵は全て飛び出しそうになった。
「っ…………痛ぅ…………」
しかし彼は怒ることもせず、その原因となった人物に笑顔を見せた。
「頼むからさ、もっと可愛げのある起こし方してくれよ。トエイ」
そう言ったアインの腹の上には、悪戯心いっぱいの笑顔を浮かべるトエイがいた。頬杖をつき、舌を出しておちゃらけている。
「えへへ、だってこうしないと起きないんだもん」
アインは彼女を退かせると、ベッドの上に起き上がりながら欠伸をした。
「いや、起きるって普通に」
「嘘、起きないよ」
「それでなくてもトエイ最近重くなったんだからよ」
「重…………っ?!」
「アインッ!!」
刹那、電光石火の速さで、掃除用の箒がアインの頭に投げ付けられた。
垂直にそれを頭にぶつけられては、アインも無言に悶絶するしかない。
「女の子になんてこと言うの!」
箒を投げたのは、ルピナスだ。片手には、第二の武器、雑巾を持っている。
「ったく…………脳みその中も筋肉で出来てるのかしらアンタは!」
「出来てねえよ!」
「いいからトエイに謝りなさい! ね、トエイ」
ルピナスが少し背を屈めてトエイに語り掛ける。
トエイの頬は林檎のように赤くなり膨らんでいた。
「いつまでもちっちゃな女の子じゃないのよ」
確かに、「重い」などという台詞を、女性に向かっていう言葉ではない。
ここぞとばかりに、ルピナスがそれを責め立てる。
「あんたの目は節穴かしら覗き穴かしら。このすけべ!」
「なんですけべなんだよ!?」
「すけべ」
「と、トエイまで!!」
そう、トエイはもう、"小さな女の子"のトエイでは無かった。
あの日から、トエイの身体は陽が沈み月が昇る度に急速に成長していった。
それは竜族である故か。動物の子が生まれてすぐに一人で立つことが出来るように、トエイの言語能力や身体機能は、人間で言う十六歳程までに発達していたのだ。勿論、外見も。
女性らしいラインこそまだ未発達なものの、白くすらっと伸びた四肢に瑞々しい肌は、まるで花開く前の蕾のようだ。
あの日買ったワンピースは、もうとっくに着れなくなった。
「…………悪かったよ、トエイ」
「あたし太ってないもん」
「分かってるって」
むくれるトエイをなだめるのはアインにとっては慣れたものだった。
ルピナスは、二人の母親になったような気持ちでその光景眺めていた。
アインが起きると、三人は揃って朝食を取る。パンに干し肉、スープとあまり豪勢では無かったが、皆で食べる朝食は楽しいようだ。
「ねえ、アインは今日も傭兵さんの任務?」
トエイがスープを持ったまま問い掛ける。
「ん、ああ。稼いだらまた本買ってきてやるよ」
「どこに行くの?」
「領土拡大戦線の助っ人。つっても、ただの情報運びだけどな」
「へえー、ルピナスは?」
「ごめんね、あたしも今日は外で仕事なのよ」
「そっか…………」
つまらなさそうにトエイが下を向くと、二人は揃って取り繕った言葉を発した。
「か、帰ってきたら本屋行こうな! また湖の絵画集買ってやるよ」
「新しいお洋服買いに行く!? ちょうど新作のサリーが出た頃よ!」
こぞって媚びる言葉を並べる二人に、トエイは目を丸くした。そして、そんな二人に、感謝せずにはいられなかった。
砂を凌ぐ家、毎日のご飯。トエイが体調を壊さない程度の、十分な水。
「甘やかさないでよ。あたし、もう子供じゃないんだよ」
「甘やかしたいのよ。」
ルピナスのウインクは優しくて好き。
アインの笑顔はホッとするから好き。
トエイは、この空間を手放したくはなかった。時々、暗く狭い鍾乳洞の記憶が蘇ってはくるものの、トエイの今は幸せだった。
たとえ、この街から出られなくとも。
* * *
二人の仕事がどんなものか詳しくは知らないトエイだったが、稼ぎの良い仕事だということは分かっていた。
でなければ、この国のこんなご時世で、あんなに服だなんだと自分に買い与えられる余裕などある筈はない。
二人が出掛けた後、トエイは興味深げに雑誌を読んでいた。連日続く戦争のニュースと値上がりの記事にはもう飽き飽きだと言わんばかりに冷めた瞳でそれを読んでいる。
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