神創系譜Episode of Diansas「水竜の夢」

橘伊鞠(ろさ)

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視線を逸らすと、燃える建造物の群れに向かって両手をかざした。

「じゃあ、火を消すね」

「ここでやるのか? 魔導部隊と合流してからの方が」

「ううん、ここでいい。どこからやっても一緒だもん」

それはどういう意味だろうか。ヘリオスはトエイの儚い横顔を見つめながら、緊張した。

「……消すね」

トエイがそう言った次の瞬間、彼女とヘリオスの周りに何か透明な球体が無数に出現した。それが水の塊だと気付くのに、時間はかからなかった。
トエイは平気な顔で水球の数を増やしていく。まるで、夜空の星のようにたくさん、たくさん。赤い空間に、碧く透き通る水球が無数に出現した。
それを確認したトエイは、前にかざしていた両手を、きつくぎゅっと握り締めた。
刹那、轟音と共に水球が次々と巨大な水柱に姿を変えた。それはまるで天から滝が流れているかのようで。
数えきれない程の水柱は、燃え盛る炎を優しく包みこみ、どんどん消火していく。

「な……ッ」

ヘリオスは驚愕した。
いくらダイアンサスの魔導師にそれ程の力は無いとはいえ、このような水の魔導術の形は他でも見たことが無かった。
しかも、トエイは平然としている。こんな術を使えば、普通の魔導師ならばたちまち疲労の色を見せる筈だ。

「トエイ……お前」

「ヘリオス。もう少しで火は消えるよ」

トエイの水柱は、燃える首都アグラの炎を全て捕らえていた。トエイ達からは見えない位置にある炎も、全てだ。
水柱は意志があるかのように、うねり、移動し、炎を包んでいる。まるで、水と彼女は同一であるかのように。

「それは魔法か……?」

トエイは答えなかった。
真剣な顔で手を前にかざしたまま、意識を集中させていた。

大量の水。
それを疲労せず自在に操る能力。

ヘリオスの脳裏に、あの湖で会った時の彼女の姿がフラッシュバックした。
水底で、気持ち良さそうに沈んでいた彼女の姿が。

「まさか……」

まさか、お前は。
そう言い掛けた瞬間、ヘリオスは自分に向けられた何者かの殺気に気付き、剣を抜くと後ろに振り返った。
だが、その殺気の持ち主は素早く。彼が振り向いたと同時に、冷たい刄の切っ先を彼の喉元に水平に突き付けた。
ヘリオスは、その人物の顔を見て目を見開いた。

「……お前は……!」

ヘリオスは驚愕し、その細い目をきつく歪ませた。相手もまた、怒りと戸惑いに満ちた瞳でまっすぐにヘリオスを睨み付ける。

「……アインか!?」

「ヘリオス! てめえトエイに何をさせてるんだ!!」

辺りはもう炎の牢獄ではなく、その火は小さく燻るだけで。それを見たアインは、トエイが炎を消したのだとすぐに察知した。
水を自由自在に操るディアナドラゴンでなければ、こんな大量の炎を一瞬にして消せるわけがないのだ。
二人は刄がほころびそうな程ぎりぎりと剣を押し合っている。だが、やがてヘリオスがその刄を引くことで二人はその距離を置いた。ヘリオスは剣を鞘にしまうと、落ち着いた様子で問い掛けた。

「いきなり何だアイン」

「質問に答えろ!!」

「アイン!」

トエイが名前を呼ぶと、アインはよろつきながら剣を降ろした。

「……トエイ……いなくなったと思ったらなんでこんなとこにいるんだよ?」

状況が理解出来ないのか、アインは混乱し戸惑った表情でトエイに問う。しかしそれは、トエイもヘリオスも同じことだ。

「お前、トエイを知っているのか?」

ヘリオスが尋ねると、アインは妙な苛立ちを覚えた。

「知ってるも何も、トエイは俺とルピナスが育てた大事な"妹"みてえなもんだ!」

「本当か?」

ヘリオスがトエイに視線を遣る。トエイの瞳もまた、困惑の色に染まっていた。

「……うん」

「なるほどな。お前とルピナスがディアナドラゴンの捜索を怠けていた意味がやっと分かった」

びく、とトエイの肩が跳ねた。
恐る恐るヘリオスを見上げるも、彼はこちらではなくアインに視線を遣っていた。

「……別にそいつが原因じゃねえよ。ディアナドラゴンの捜索はちゃんとやってる」

トエイの正体に気付いたのか?いや、まだ分からない。アインはヘリオスの冷たい瞳を見つめたまま、彼の腹の内を探るように答える。するとヘリオスは、目尻を下げひどく優しい口調で答えた。

「探す必要は、ないだろ」

「……ヘリオス……」

「俺は鈍感ではない」

バレた。
それを聞いた瞬間、アインは青ざめて早口に言葉をまくしたてた。今は優しく佇んではいても、アインはヘリオスの違う側面を知っている。
この国を潤す為、血眼になってディアナドラゴンを探していたことも。その、目的の為なら容赦の無い性格も。

「……ッやめろ! 違うんだ! そいつは……そいつはまだガキで!! 何もしらねえんだ!! だからヘリオス! そいつは……!!」

必死になるアインを、ヘリオスは黙って見つめていた。

「頼む!! 俺だってこの国をどうにかしたいとは思ってる! けどな、トエイは……!」

そう言い終わると、アインは手に持った剣を地に突き刺しがっくりとうなだれた。「頼む」、と小さく呟きながら。

「……アイン、ヘリオスとは」

知った関係なの?
トエイが最後まで言い終わる前に、その問いにはヘリオスが答えた。少し、言いにくそうに言葉を選びながら。

「こいつは……アインは……俺の、双子の兄だ」

「え!?」

弾かれたようにトエイはヘリオスとアインを交互に見つめる。二人が兄弟だと知った瞬間、トエイは安心感に顔が緩んだが、彼らはそうではなかった。

「トエイはヘリオスが誰だか分かってたのか?」

うなだれたまま、アインが問う。きつい物言いではなく、優しくそう問い掛けたのだが、トエイは罪悪感から視線を下に落としてしまう。

「……うん」

「何処で知り合った……つーか、何時の間に……」

「それは……」 

トエイが口籠もる。悪いと分かっいて内緒で家を抜け出しヘリオスと会っていたのだから。自分を守ろうとしてくれていたアインを裏切っていたのだ。
ふいに、トエイの肩にヘリオスの手が回され、ぐいと彼の体の方に引き寄せられた。

「もういいだろ」

その動作に、アインは一瞬にして腹立たしさを感じ眉を寄せた。トエイを守るように自身に引き寄せたヘリオスの様子を見れば、大抵の者は二人の関係を予測出来るだろう。

「……ッ、よ、よくないんだよ! トエイはディアナ……」

「心配しなくとも、トエイを拘束などしない」

「え……だけど……」

「魅入られた。アイン……お前もそうだったようにな」

少し冗談めいた口調で、ヘリオスが言う。それを聞いたアインの顔はすぐにかっと赤くなったが、トエイはあまり意味が分からなかったのか、首を傾げていた。 

「アインーッ!」

すると、遠くから聞き覚えのある声が耳に届いてきた。その声のする方に三人が目を遣ると、そこには慌てた様子でこちらに走ってくるルピナスの姿があった。

「……トエイ、ヘリオスも!! 何これどういうこと!?」

ルピナスは三人をその姿を視界に認めると、理解不能なこの組み合わせに口を歪めた。

「ま……まさかバレ……。…………アイン~ッ!」

ルピナスが背後に黒い何かを纏い眼鏡を光らせながらアインを睨み付ける。
アインは慌てて手を左右に振り弁解した。

「違う違う!! バレたにはバレたけど、心配いらねえよ!」

瞬間、ルピナスはアインの首元を掴み上げた。息を止めるつもりなのか、血管が浮き出るほどその手に強く力を込めている。

「なあ~に~が~よ! あんたが隠すって言ったんでしょうがァ! この子の非道っぷり分かってんでしょ! こんな可愛いトエイでも平気で自動水生産機械にしちゃうわよ!」

ひどい言い草だが、ヘリオスは怒ることはなかった。その様子を不思議に思ったトエイは、ヘリオスに問い掛けた。

「ルピナスとも、知り合い?」

「ああ」

どんな知り合いかは、それ以上聞かずともトエイには理解出来た気がした。

   *   *   *

「火が消えたぞ……!」

「あの水柱は何だったんだ……」

街の外に避難していた民達は、目の前で起こった不思議な光景にざわつき、囁き合った。

「中に入った帝王はどうなったんだ?」

「反乱軍は……」

口々に噂し合う民達を鎮めるかのように、部隊の隊長らしき中年の男性兵士が声を荒げる。

「落ち着け!! 騒ぐな!」

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