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肌を焼く炎、視界を染める戦慄の色達。全てが恐ろしい。
もう少し、もう少しで彼女を水の王国ユリオプスに連れていけたのに。
まさか、炎に飲まれてしまったのだろうか。いやもしかしたら、正体がバレて連れ去られたのか。
だが、それなら偽りの報告をしていた"自分"にも何らかの罰が来ている筈。
「……渡せるわけねえだろ……」
国の為に必要な水。それを自在に作り出せるディアナドラゴン。
この渇いた大地を潤す術は、もうそれしかない。国と民を救うにはそれしかないんだ。
そのドラゴンを探せと言われた当初は、何とも思っていなかった。さっさと捜し出し、生け捕りにして王に差し出そうと。
そうすると、自身の中の"志"の一角が達成されるからだ。
だが、彼女が竜だと知ると、アインはそうすることは出来なかった。
"アイン、アイン。ありがとう、大好き"
本を貰っただけで、心から喜び、無邪気に笑う彼女。自分の名を呼び、兄のように慕ってくる彼女。
そんな彼女を一生拘束し、ただ水を精製する機械にする為の手助けなど、出来るわけが無い。
たとえそれが、国から生活保障を受け、民の血税で生きる聖騎士の使命だとしても。
アインはふいに立ち止まると、目を細かく揺らしながら呟いた。
「……まさか……あいつ迷って逃げ道が無くなって……」
そうなるとどうなるか、容易に想像はつく。アインは必死に走った。
周りに細やかに視線を配りながら、燃える道を、右に左に走る。だが、どこにも彼女の気配が感じられない。
「トエイ! トエイ!!」
呼び声は炎に消されていく。
これ以上うろうろしていると、今度は自分の身が危ない。逃げ遅れた人の焼け焦げた死体が、彼の希望をくじいていく。
遠くに、炎に包まれた帝王の城が見えた。貴族や兵士は誰よりも早く逃げてしまったのか、その気配はどこにもない。
アインは、もう自分の中のなんらかの葛藤を抑えきれなくなったのか、頭を左右に振ると天空に向かって思い切り叫んだ。
「こんな時にテメエは何してんだよ!! 都が燃えてんじゃねえかよ!!!」
同時に、手に持っていた剣を思い切り大地に突き刺す。渇いた大地は、彼の剣をしっかりと受けとめた。
わなわなと剣の柄を握り締めながら、アインはがっくりとうなだれた。そして、突き刺さった剣の先を見ながら低く呟いた。
「…………ここはお前の国だろ、ヘリオス」
あの日交わしたあの言葉。それは決して色褪せず、彼の胸に残っていた。
ただし、ただの思い出から、罪の記憶にすり変わって。
『君の夢は何?アイン』
『うーん……この国を綺麗な水でいっぱいにすることかな』
『でも、この国は小さいし、大地は戦で荒れて水は無いし……』
『俺考えたんだけどさ、水竜ってのを捕まえんだよ! そしたら水なんかいくらでも出てくるぜ!』
俯いたお前を元気づけたくて、俺はなんてことを言ったんだろうか。
『……そう……か。うん、分かった。僕が立位したら、頑張ってみるよ』
『……君と僕は双子なんだから、一緒に王様になれたらいいのにね』
藍と紫苑の瞳が、向かい合って笑う。小さな指先に、幼い言葉が契る。
交わした約束の、愚かしさよ。
――先代の、ダイアンサス王の子は、双子の男児だった。
だが時の呪い師は、まだ幼い二人に残酷にもこう言った。
「お前たちの代でこの国は終わる。この地はもう枯渇した。見放されたのだ」
少年たちはその予言に反発しようと決意した。
何が何でも、この国を繁栄させようと。
片方は王に、片方は平民に降格し、いつか顔を合わすことすら無くなっても、その志は変わらなかった。
「なんて炎……」
アグラの入り口に辿り着いたトエイは、視界全部を染めるその巨大な赤い炎に恐怖した。
炎は石造りの民家さえその腹に収め、猛り狂うように天空に身を伸ばしている。トエイは、思わずヘリオスの手を握った。ヘリオスもまた、安心させるかのようにその手を優しく握り返した。
「大丈夫だ」
「……うん」
アグラの入り口には、焼け出された大勢の民達が座り込んでいる。彼らは皆、震えながらその光景を見つめていた。トエイの耳に、泣き叫ぶ赤子の声が響く。
「陛下!!」
民達を守るように囲んでいた兵士の一人が、馬に乗ったヘリオスに走り寄ってきた。兵士は体の至る所に火傷を負っている。上半身を包む鉄の鎧は、煤で真っ黒に汚れていた。
「お前か。状況は?」
ヘリオスに近しい位の兵士なのか、彼は普通よりも馴れ親しんだ様子で問い掛けた。
「はい。民は無事に避難。貴族、高官は既に南のダグラス市に移動しました。正規軍は隣国ナ・イルヴァとの国境付近に遠征中です。伝令を送りましたが、こちらに戻るのは……難しい状況かと」
「だろうな。ナ・イルヴァとの戦の決着には時間がかかる」
「はい。登録聖騎士、王宮駐屯兵は反乱軍を追尾、捜索中。更に、魔導部隊を中心に全員が街の消火にあたっていますが、やはり手こずっているようです」
「炎の原因は?」
「反乱軍の仕業と見て間違いないかと…………」
「反乱軍って、どんな人たち?」
ふいに、トエイが口を挟んだ。
兵士はヘリオスの前にいるトエイを見てひどく驚いたが、恐る恐る問い掛けた。
「陛下、この女性は……?」
「……今そんなことを気にする必要があるか?」
「は、いえ……失礼致しました」
兵士が頭を下げたのを確認すると、ヘリオスはトエイにこう言った。
「反乱軍の素性は分からん。だが、これだけの炎を操るならば、人外の者かもしれん」
「心当たりないの?」
「……ありすぎて、分からない」
ヘリオスは少し眉を寄せた。それは人目には怒りを表現しているように見えるが、トエイには悲しんでいるようにしか見えなかった。
トエイは一考すると、きゅっと唇を結び、馬の背から飛び降りた。
「あたし、火を消してくる」
「待て! 俺から離れるなと言っただろう」
するとトエイは街を背に、真剣な表情でこう言った。
「じゃあ早くついてきて。早く火を消さなきゃ、皆の街が無くなっちゃうから。このままだと、草も木も二度と育たなくなっちゃう」
「トエイ……」
「……燃えちまえばいいんだよ! こんな街!!」
すると、それまで黙って震えていた民衆の一人が、大声を張り上げた。
「ど、どうせ……滅びる運命の国だ! 時期が早まっただけさ!! ……うっ……」
むせび泣きながらそう言っているのは、手も顔もしわくちゃの痩せた老婆だった。体が悪いのか、胸を押さえながら必死に喚いている。ヘリオスは目を細めながら、そちらに向き直った。
「貴様! 陛下に無礼な口を聞くとタダでは済まさぬぞ!」
兵士の一人が手に持った剣を抜く真似をしながら威圧する。しかし老婆は言葉を止めようとはしない。
「た、たとえ戦をして土地や資源を手に入れても、あ、あんたが王である限りこの国は枯渇する運命なんだ!! 呪われて生まれた……異端のあんた達がいる限り、こっ……この国は駄目なんだ!」
その言葉を聞いた一同は、一瞬にして皆暗い表情を見せた。言ってはならない一言だったのか、老婆もすぐに「しまった」という顔をして視線を落とした。
「異端……」
トエイがヘリオスを見上げる。彼は、鋭く尖った槍のような瞳で、民達を睨み付けていた。
「ヘリオス…………」
トエイが心配そうに名を呼ぶと、ヘリオスは民達に背を向け、静かに馬から降りた。
「…………火を消しに街に入る。行くぞトエイ」
「……うん」
民達はざわついた。誰もが、その老婆の首が飛ぶのを予想していたからだ。皆ヘリオスの背中をちらちらと見ながら、その意外さを囁き合った。
「陛下!」
「陛下! 私がその娘を先導致します!」
「どうか避難を!!」
兵達が次々に声をかける。するとヘリオスは、振り向くことなく低く呟いた。
「お前たちは民を守れ」
そして彼はトエイを連れ立って、炎の街へと足を進めた。
その灼熱の空間は、トエイにとって決して良い環境では無かった。だが、トエイは体の苦しさを必死に隠しながら、ヘリオスに声をかけた。
「ヘリオス、大丈夫?」
「……ん?」
「胸、痛くない?」
眉を下げ、悲しそうな顔で自分を見つめてくるトエイに、ヘリオスは微笑みだけを返した。
トエイにとってその返事は釈然としないものがあったが、彼女はしつこく言葉を続けなかった。
もう少し、もう少しで彼女を水の王国ユリオプスに連れていけたのに。
まさか、炎に飲まれてしまったのだろうか。いやもしかしたら、正体がバレて連れ去られたのか。
だが、それなら偽りの報告をしていた"自分"にも何らかの罰が来ている筈。
「……渡せるわけねえだろ……」
国の為に必要な水。それを自在に作り出せるディアナドラゴン。
この渇いた大地を潤す術は、もうそれしかない。国と民を救うにはそれしかないんだ。
そのドラゴンを探せと言われた当初は、何とも思っていなかった。さっさと捜し出し、生け捕りにして王に差し出そうと。
そうすると、自身の中の"志"の一角が達成されるからだ。
だが、彼女が竜だと知ると、アインはそうすることは出来なかった。
"アイン、アイン。ありがとう、大好き"
本を貰っただけで、心から喜び、無邪気に笑う彼女。自分の名を呼び、兄のように慕ってくる彼女。
そんな彼女を一生拘束し、ただ水を精製する機械にする為の手助けなど、出来るわけが無い。
たとえそれが、国から生活保障を受け、民の血税で生きる聖騎士の使命だとしても。
アインはふいに立ち止まると、目を細かく揺らしながら呟いた。
「……まさか……あいつ迷って逃げ道が無くなって……」
そうなるとどうなるか、容易に想像はつく。アインは必死に走った。
周りに細やかに視線を配りながら、燃える道を、右に左に走る。だが、どこにも彼女の気配が感じられない。
「トエイ! トエイ!!」
呼び声は炎に消されていく。
これ以上うろうろしていると、今度は自分の身が危ない。逃げ遅れた人の焼け焦げた死体が、彼の希望をくじいていく。
遠くに、炎に包まれた帝王の城が見えた。貴族や兵士は誰よりも早く逃げてしまったのか、その気配はどこにもない。
アインは、もう自分の中のなんらかの葛藤を抑えきれなくなったのか、頭を左右に振ると天空に向かって思い切り叫んだ。
「こんな時にテメエは何してんだよ!! 都が燃えてんじゃねえかよ!!!」
同時に、手に持っていた剣を思い切り大地に突き刺す。渇いた大地は、彼の剣をしっかりと受けとめた。
わなわなと剣の柄を握り締めながら、アインはがっくりとうなだれた。そして、突き刺さった剣の先を見ながら低く呟いた。
「…………ここはお前の国だろ、ヘリオス」
あの日交わしたあの言葉。それは決して色褪せず、彼の胸に残っていた。
ただし、ただの思い出から、罪の記憶にすり変わって。
『君の夢は何?アイン』
『うーん……この国を綺麗な水でいっぱいにすることかな』
『でも、この国は小さいし、大地は戦で荒れて水は無いし……』
『俺考えたんだけどさ、水竜ってのを捕まえんだよ! そしたら水なんかいくらでも出てくるぜ!』
俯いたお前を元気づけたくて、俺はなんてことを言ったんだろうか。
『……そう……か。うん、分かった。僕が立位したら、頑張ってみるよ』
『……君と僕は双子なんだから、一緒に王様になれたらいいのにね』
藍と紫苑の瞳が、向かい合って笑う。小さな指先に、幼い言葉が契る。
交わした約束の、愚かしさよ。
――先代の、ダイアンサス王の子は、双子の男児だった。
だが時の呪い師は、まだ幼い二人に残酷にもこう言った。
「お前たちの代でこの国は終わる。この地はもう枯渇した。見放されたのだ」
少年たちはその予言に反発しようと決意した。
何が何でも、この国を繁栄させようと。
片方は王に、片方は平民に降格し、いつか顔を合わすことすら無くなっても、その志は変わらなかった。
「なんて炎……」
アグラの入り口に辿り着いたトエイは、視界全部を染めるその巨大な赤い炎に恐怖した。
炎は石造りの民家さえその腹に収め、猛り狂うように天空に身を伸ばしている。トエイは、思わずヘリオスの手を握った。ヘリオスもまた、安心させるかのようにその手を優しく握り返した。
「大丈夫だ」
「……うん」
アグラの入り口には、焼け出された大勢の民達が座り込んでいる。彼らは皆、震えながらその光景を見つめていた。トエイの耳に、泣き叫ぶ赤子の声が響く。
「陛下!!」
民達を守るように囲んでいた兵士の一人が、馬に乗ったヘリオスに走り寄ってきた。兵士は体の至る所に火傷を負っている。上半身を包む鉄の鎧は、煤で真っ黒に汚れていた。
「お前か。状況は?」
ヘリオスに近しい位の兵士なのか、彼は普通よりも馴れ親しんだ様子で問い掛けた。
「はい。民は無事に避難。貴族、高官は既に南のダグラス市に移動しました。正規軍は隣国ナ・イルヴァとの国境付近に遠征中です。伝令を送りましたが、こちらに戻るのは……難しい状況かと」
「だろうな。ナ・イルヴァとの戦の決着には時間がかかる」
「はい。登録聖騎士、王宮駐屯兵は反乱軍を追尾、捜索中。更に、魔導部隊を中心に全員が街の消火にあたっていますが、やはり手こずっているようです」
「炎の原因は?」
「反乱軍の仕業と見て間違いないかと…………」
「反乱軍って、どんな人たち?」
ふいに、トエイが口を挟んだ。
兵士はヘリオスの前にいるトエイを見てひどく驚いたが、恐る恐る問い掛けた。
「陛下、この女性は……?」
「……今そんなことを気にする必要があるか?」
「は、いえ……失礼致しました」
兵士が頭を下げたのを確認すると、ヘリオスはトエイにこう言った。
「反乱軍の素性は分からん。だが、これだけの炎を操るならば、人外の者かもしれん」
「心当たりないの?」
「……ありすぎて、分からない」
ヘリオスは少し眉を寄せた。それは人目には怒りを表現しているように見えるが、トエイには悲しんでいるようにしか見えなかった。
トエイは一考すると、きゅっと唇を結び、馬の背から飛び降りた。
「あたし、火を消してくる」
「待て! 俺から離れるなと言っただろう」
するとトエイは街を背に、真剣な表情でこう言った。
「じゃあ早くついてきて。早く火を消さなきゃ、皆の街が無くなっちゃうから。このままだと、草も木も二度と育たなくなっちゃう」
「トエイ……」
「……燃えちまえばいいんだよ! こんな街!!」
すると、それまで黙って震えていた民衆の一人が、大声を張り上げた。
「ど、どうせ……滅びる運命の国だ! 時期が早まっただけさ!! ……うっ……」
むせび泣きながらそう言っているのは、手も顔もしわくちゃの痩せた老婆だった。体が悪いのか、胸を押さえながら必死に喚いている。ヘリオスは目を細めながら、そちらに向き直った。
「貴様! 陛下に無礼な口を聞くとタダでは済まさぬぞ!」
兵士の一人が手に持った剣を抜く真似をしながら威圧する。しかし老婆は言葉を止めようとはしない。
「た、たとえ戦をして土地や資源を手に入れても、あ、あんたが王である限りこの国は枯渇する運命なんだ!! 呪われて生まれた……異端のあんた達がいる限り、こっ……この国は駄目なんだ!」
その言葉を聞いた一同は、一瞬にして皆暗い表情を見せた。言ってはならない一言だったのか、老婆もすぐに「しまった」という顔をして視線を落とした。
「異端……」
トエイがヘリオスを見上げる。彼は、鋭く尖った槍のような瞳で、民達を睨み付けていた。
「ヘリオス…………」
トエイが心配そうに名を呼ぶと、ヘリオスは民達に背を向け、静かに馬から降りた。
「…………火を消しに街に入る。行くぞトエイ」
「……うん」
民達はざわついた。誰もが、その老婆の首が飛ぶのを予想していたからだ。皆ヘリオスの背中をちらちらと見ながら、その意外さを囁き合った。
「陛下!」
「陛下! 私がその娘を先導致します!」
「どうか避難を!!」
兵達が次々に声をかける。するとヘリオスは、振り向くことなく低く呟いた。
「お前たちは民を守れ」
そして彼はトエイを連れ立って、炎の街へと足を進めた。
その灼熱の空間は、トエイにとって決して良い環境では無かった。だが、トエイは体の苦しさを必死に隠しながら、ヘリオスに声をかけた。
「ヘリオス、大丈夫?」
「……ん?」
「胸、痛くない?」
眉を下げ、悲しそうな顔で自分を見つめてくるトエイに、ヘリオスは微笑みだけを返した。
トエイにとってその返事は釈然としないものがあったが、彼女はしつこく言葉を続けなかった。
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