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しかし民達は静まるどころか、熱くなり口々に声を上げ始めた。
「……ディアナドラゴン」
「ディアナドラゴンだ」
「帰ってきた、帰ってきてくれた」
狂信的にそう言い始めた民は、渇いた両手を空にかざし、祈るような仕草をし始めた。
「許してくれたのか」
「水を与えてくれるのか」
「永遠に、水を」
「我らに水を」
その足元の砂に生命は無いが、彼らの瞳に希望の光が灯り始めた。
ただし、盲目的な希望の光が。
「――ルピナスも、アインも、皆家族だったんだね」
トエイは、ルピナスとアインに今までの経緯を説明した。ヘリオスと出会ってしまったこと、そして彼に「恋」をしてしまったことを。
「事情は、よくわかったけど……」
ルピナスはその話を聞くうちに落ち着きを取り戻したが、何とも微妙な表情を見せた。
「別にヘリオスじゃなくったって」
ちら、とルピナスがヘリオスを見遣ると、彼はきつく眉を寄せた。すると、すかさずトエイが言葉を挟む。
「あたしが好きなの。好きになっちゃったの」
裏表の無い、まっすぐな瞳をルピナスに向けながら。
「トエイ……」
それを聞いたルピナスがますます苦い顔をするも、トエイは笑みを浮かべたままだった。照れ臭いのか、ヘリオスは無表情に咳払いをした。
「ヘリオス、トエイをどうする気だよ」
アインが答えを急かすように尋ねる。
「国は深刻な水不足だ。しかし、トエイに協力を求める気はない」
「別の方法を捜すしかないってことだな」
「ねえ。やっぱり私が水を出すのは危険なことなの?」
トエイの質問に対し、真っ先に目の色を変えて返答したのはヘリオスだった。
「絶対にさせられない」
「そうよトエイ、もうそれは考えなくていいから」
ルピナスがそう続けるも、トエイは納得がいかないのか言葉を返した。
「でも、私はいくら水を使っても疲れないよ」
「規模が違うんだよ。国一つ支えなきゃなんねんだぜ?」
アインがトエイの頭に手を置く。するとすかさずヘリオスはそれを払い除け、トエイの前に立った。トエイは気圧されながらも、彼に進言する。
「……ヘリオス、せめてこの街だけでも水を」
「駄目だ。お前を道具のように扱いたくはない」
やはり、ヘリオスは頑として首を縦に振らない。トエイは熱く反論はせず、思い詰めたような暗い表情のまま、言葉を飲み込んだ。
「トエイがディアナドラゴンだということは、此処にいる三人だけの胸に留める。いいな」
「ああ」
「わかったわ」
アインとルピナスが頷いたのを認めると、ヘリオスはトエイにも声をかける。
「分かったかトエイ」
「……はい」
素直に返事をしたものの、トエイの翡翠の瞳には迷いがあった。ヘリオスはそれを見越すことなく、街の出口へときびすを返した。
続けてアインも足を進める。ルピナスもトエイに手招きをしながら、彼らに続いた。
トエイもまた彼らに続こうとしたが、自然とその足は静かに歩みを止めた。
「……私は、何もしなくていい?」
ぽつり、誰にも聞こえないように呟く。
「水の主たるディアナドラゴンに産まれた私が、この渇いた大地を前に何もしなくていい?」
遠ざかる三人の背中を見つめながら、そう言ってトエイはその足を一歩後ろに引いた。
「希望を無くし飢える人たちを見てきたのに、何もしなくていい?」
また、一歩。そしてまた一歩。
トエイは足を後ろに下げる。
「私はディアナドラゴンなのに。水の流れを司る竜、ディアナドラゴンなのに……!」
彼女がそんな風に思考を巡らせるのは、その血統故だろうか。
ついに、トエイは彼らとは違う方向に向けて走りだした。
煙だけが立ち上る建物の中を、息を切らしながら走る。
弱くて捨てられた。死ぬはずだった。見つかっても、水を作り出す道具として拘束されるはずだった。
なのに、アインが育ててくれた。
ルピナスが優しさをくれた。
ヘリオスが、「恋」を教えてくれた。
自分がディアナドラゴンと知っても、自分を見つめるあの眼差しは変わらなかった。
死ぬ運命にあった自分が生き長らえている。その意味は、きっと。
「……やはり我が炎を消したのは貴様だったかディアナの小娘」
「誰!?」
トエイは立ち止まり、辺りを見回した。すると、右手の建物の上に、巨大な赤黒い竜が一匹腰を据えていた。鋼のような赤黒い鱗に妖しく光る瞳は、まるで地獄からの使者のよう。
「何故邪魔をする? もう少しであの忌々しい小僧の街を焼き尽くせたものを」
声は低く、空気さえ震える。その話し方からして、恐らく男性だろう。
しかしトエイは、臆することなくはっきりと答えた。
「やっぱり、反乱軍の仕業じゃなかったんだ」
すると竜はその大口を開け、高らかに笑ってみせた。
「ふっ、はははは!! 我らのように誇り高き竜の炎を、ヒトが再現できるものか」
「貴方は……炎竜なのね」
「いかにも。炎獄の使者とは我らのことだ」
トエイは今初めて自分以外の竜に出会った。それも、水を操る自分とは対極の位置にある「マグナドラゴン」と。側にいるだけで、竜化した相手のその熱量に目眩がしていた。
「ディアナの小娘、我に逆らうは得策ではないぞ」
マグナドラゴンはそう言って、口の奥から灼熱の息を吐き出した。ただの吐息だというのに、すぐに空気は熱くなり、トエイはまるで火口にいるかのような気分になった。
「うっ……」
「炎は嫌だろう。我とて水は好かぬ。反対属性を持つ竜形態の者が側にいても平気なのは、煌竜ぐらいだ」
「あなたは……何故ヘリオスを攻撃するの?」
熱に耐えながら、トエイが問い掛ける。すると、マグナドラゴンは建物から飛び降り、トエイの眼前に着地した。
近くで見ると、なんと凶々しい姿をしているのか。マグマがそのまま固まって竜の形をかたどっているだけのように見える。
「聞きたいか?小娘」
「うん」
「竜族のよしみで教えてやろう。あの小僧どもは我らにとって最大の"恥"だからだ」
「恥……?」
トエイが苦しそうにするのを見兼ねたのか、マグナドラゴンはその姿を変化させた。一瞬辺りが強く光ったかと思うと、次の瞬間、マグナドラゴンはトエイと同じく「人」の姿に成っていた。
「我ら淵竜は誇り高き種族。異端は認めぬ」
そこにいたのは、赤と橙の炎に染まる髪をした男性だった。髪は全体的に短く、プライドが高そうな二重の瞳が印象的だった。
彼が人型になったことで、トエイの胸から苦しさは消えた。そして大きく深呼吸すると、彼に向き合った。
「ヘリオスとアインが異端?」
「そうだ。奴らの体には我ら竜の血が色濃く流れている」
「まさか! 竜と人の間に赤ちゃんが産まれるなんてありえない! 竜は竜同士でしか生まれないって聞いたもの!」
「だが、産まれた。分かるだろう、この地が何故枯渇しているか。このままでは草木も生えぬ大地になろう」
トエイは閉口した。
しかし、震える唇をなんとか動かし、こう問い掛けた。
「流れているのは、マグナドラゴンの血……?」
「……それだけならいい」
「え?」
「あの小僧どもには、マグナとディアナ、両方の血が流れている」
「マグナとディアナ……?」
トエイが言葉を反芻すると、マグナドラゴンは視線を彼方にやり、こう言った。
「相反する属性、さらに他種族の交わりにより生まれた子など、均衡を崩しかねない所業だ」
「この国の人が、そんなことを?」
トエイのたどたどしい尋ね方に、マグナドラゴンはその幼さを見抜き、どう説明したものかと閉口した。
「ヘリオスとアインは、純粋な人間ではないの?」
トエイが更に言葉を重ねる。
「……ああ」
マグナドラゴンの男性はため息を吐くと、次いで事の発端を語り始めた。
「全ては……前王、あの生意気な小僧の親が原因だ」
その頃のダイアンサスは、他国のように緑に満ちており、多少気温は高いものの、今のような砂漠などはどこにも見当たらなかった。
時のダイアンサス帝王タウサリスは、王子であった時から何事に対しても研究熱心で野心家であった。
タウサリスは、可も無く不可も無く、平凡な国王。魔導術もそこそこ使え、政治も外交も波風立つことがなく、国は安定していた。民にとっては、それが一番だった。
「……ディアナドラゴン」
「ディアナドラゴンだ」
「帰ってきた、帰ってきてくれた」
狂信的にそう言い始めた民は、渇いた両手を空にかざし、祈るような仕草をし始めた。
「許してくれたのか」
「水を与えてくれるのか」
「永遠に、水を」
「我らに水を」
その足元の砂に生命は無いが、彼らの瞳に希望の光が灯り始めた。
ただし、盲目的な希望の光が。
「――ルピナスも、アインも、皆家族だったんだね」
トエイは、ルピナスとアインに今までの経緯を説明した。ヘリオスと出会ってしまったこと、そして彼に「恋」をしてしまったことを。
「事情は、よくわかったけど……」
ルピナスはその話を聞くうちに落ち着きを取り戻したが、何とも微妙な表情を見せた。
「別にヘリオスじゃなくったって」
ちら、とルピナスがヘリオスを見遣ると、彼はきつく眉を寄せた。すると、すかさずトエイが言葉を挟む。
「あたしが好きなの。好きになっちゃったの」
裏表の無い、まっすぐな瞳をルピナスに向けながら。
「トエイ……」
それを聞いたルピナスがますます苦い顔をするも、トエイは笑みを浮かべたままだった。照れ臭いのか、ヘリオスは無表情に咳払いをした。
「ヘリオス、トエイをどうする気だよ」
アインが答えを急かすように尋ねる。
「国は深刻な水不足だ。しかし、トエイに協力を求める気はない」
「別の方法を捜すしかないってことだな」
「ねえ。やっぱり私が水を出すのは危険なことなの?」
トエイの質問に対し、真っ先に目の色を変えて返答したのはヘリオスだった。
「絶対にさせられない」
「そうよトエイ、もうそれは考えなくていいから」
ルピナスがそう続けるも、トエイは納得がいかないのか言葉を返した。
「でも、私はいくら水を使っても疲れないよ」
「規模が違うんだよ。国一つ支えなきゃなんねんだぜ?」
アインがトエイの頭に手を置く。するとすかさずヘリオスはそれを払い除け、トエイの前に立った。トエイは気圧されながらも、彼に進言する。
「……ヘリオス、せめてこの街だけでも水を」
「駄目だ。お前を道具のように扱いたくはない」
やはり、ヘリオスは頑として首を縦に振らない。トエイは熱く反論はせず、思い詰めたような暗い表情のまま、言葉を飲み込んだ。
「トエイがディアナドラゴンだということは、此処にいる三人だけの胸に留める。いいな」
「ああ」
「わかったわ」
アインとルピナスが頷いたのを認めると、ヘリオスはトエイにも声をかける。
「分かったかトエイ」
「……はい」
素直に返事をしたものの、トエイの翡翠の瞳には迷いがあった。ヘリオスはそれを見越すことなく、街の出口へときびすを返した。
続けてアインも足を進める。ルピナスもトエイに手招きをしながら、彼らに続いた。
トエイもまた彼らに続こうとしたが、自然とその足は静かに歩みを止めた。
「……私は、何もしなくていい?」
ぽつり、誰にも聞こえないように呟く。
「水の主たるディアナドラゴンに産まれた私が、この渇いた大地を前に何もしなくていい?」
遠ざかる三人の背中を見つめながら、そう言ってトエイはその足を一歩後ろに引いた。
「希望を無くし飢える人たちを見てきたのに、何もしなくていい?」
また、一歩。そしてまた一歩。
トエイは足を後ろに下げる。
「私はディアナドラゴンなのに。水の流れを司る竜、ディアナドラゴンなのに……!」
彼女がそんな風に思考を巡らせるのは、その血統故だろうか。
ついに、トエイは彼らとは違う方向に向けて走りだした。
煙だけが立ち上る建物の中を、息を切らしながら走る。
弱くて捨てられた。死ぬはずだった。見つかっても、水を作り出す道具として拘束されるはずだった。
なのに、アインが育ててくれた。
ルピナスが優しさをくれた。
ヘリオスが、「恋」を教えてくれた。
自分がディアナドラゴンと知っても、自分を見つめるあの眼差しは変わらなかった。
死ぬ運命にあった自分が生き長らえている。その意味は、きっと。
「……やはり我が炎を消したのは貴様だったかディアナの小娘」
「誰!?」
トエイは立ち止まり、辺りを見回した。すると、右手の建物の上に、巨大な赤黒い竜が一匹腰を据えていた。鋼のような赤黒い鱗に妖しく光る瞳は、まるで地獄からの使者のよう。
「何故邪魔をする? もう少しであの忌々しい小僧の街を焼き尽くせたものを」
声は低く、空気さえ震える。その話し方からして、恐らく男性だろう。
しかしトエイは、臆することなくはっきりと答えた。
「やっぱり、反乱軍の仕業じゃなかったんだ」
すると竜はその大口を開け、高らかに笑ってみせた。
「ふっ、はははは!! 我らのように誇り高き竜の炎を、ヒトが再現できるものか」
「貴方は……炎竜なのね」
「いかにも。炎獄の使者とは我らのことだ」
トエイは今初めて自分以外の竜に出会った。それも、水を操る自分とは対極の位置にある「マグナドラゴン」と。側にいるだけで、竜化した相手のその熱量に目眩がしていた。
「ディアナの小娘、我に逆らうは得策ではないぞ」
マグナドラゴンはそう言って、口の奥から灼熱の息を吐き出した。ただの吐息だというのに、すぐに空気は熱くなり、トエイはまるで火口にいるかのような気分になった。
「うっ……」
「炎は嫌だろう。我とて水は好かぬ。反対属性を持つ竜形態の者が側にいても平気なのは、煌竜ぐらいだ」
「あなたは……何故ヘリオスを攻撃するの?」
熱に耐えながら、トエイが問い掛ける。すると、マグナドラゴンは建物から飛び降り、トエイの眼前に着地した。
近くで見ると、なんと凶々しい姿をしているのか。マグマがそのまま固まって竜の形をかたどっているだけのように見える。
「聞きたいか?小娘」
「うん」
「竜族のよしみで教えてやろう。あの小僧どもは我らにとって最大の"恥"だからだ」
「恥……?」
トエイが苦しそうにするのを見兼ねたのか、マグナドラゴンはその姿を変化させた。一瞬辺りが強く光ったかと思うと、次の瞬間、マグナドラゴンはトエイと同じく「人」の姿に成っていた。
「我ら淵竜は誇り高き種族。異端は認めぬ」
そこにいたのは、赤と橙の炎に染まる髪をした男性だった。髪は全体的に短く、プライドが高そうな二重の瞳が印象的だった。
彼が人型になったことで、トエイの胸から苦しさは消えた。そして大きく深呼吸すると、彼に向き合った。
「ヘリオスとアインが異端?」
「そうだ。奴らの体には我ら竜の血が色濃く流れている」
「まさか! 竜と人の間に赤ちゃんが産まれるなんてありえない! 竜は竜同士でしか生まれないって聞いたもの!」
「だが、産まれた。分かるだろう、この地が何故枯渇しているか。このままでは草木も生えぬ大地になろう」
トエイは閉口した。
しかし、震える唇をなんとか動かし、こう問い掛けた。
「流れているのは、マグナドラゴンの血……?」
「……それだけならいい」
「え?」
「あの小僧どもには、マグナとディアナ、両方の血が流れている」
「マグナとディアナ……?」
トエイが言葉を反芻すると、マグナドラゴンは視線を彼方にやり、こう言った。
「相反する属性、さらに他種族の交わりにより生まれた子など、均衡を崩しかねない所業だ」
「この国の人が、そんなことを?」
トエイのたどたどしい尋ね方に、マグナドラゴンはその幼さを見抜き、どう説明したものかと閉口した。
「ヘリオスとアインは、純粋な人間ではないの?」
トエイが更に言葉を重ねる。
「……ああ」
マグナドラゴンの男性はため息を吐くと、次いで事の発端を語り始めた。
「全ては……前王、あの生意気な小僧の親が原因だ」
その頃のダイアンサスは、他国のように緑に満ちており、多少気温は高いものの、今のような砂漠などはどこにも見当たらなかった。
時のダイアンサス帝王タウサリスは、王子であった時から何事に対しても研究熱心で野心家であった。
タウサリスは、可も無く不可も無く、平凡な国王。魔導術もそこそこ使え、政治も外交も波風立つことがなく、国は安定していた。民にとっては、それが一番だった。
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