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しかし、王はそれが不満だった。周りが高望んだわけではない。彼自身の性格故に、周囲の大国への劣等感を強く感じていた。
王は、密かに世界統一の野心を胸に抱いていた。
海を越えた大陸には、三大大国がある。それらに打ち勝つには、軍事力のみでは無理だと確信した王は、とんでもない研究に乗り出したのだ。
地方によっては禁忌とまでされる、「混血児」を産み出す研究だった。
それも、普通の混血児ではない。
最強と呼ばれる竜族を捕らえ、その相反する属性下の混血児を産み出すという、危険で非人道的な研究だった。
他種族同士が交わり生まれた混血児は多いが、人並みに育ち一生を終える者は半分。生きていても、体の弱い者がほとんどだった。
種族の掛け合わせ方にもよるが、交わりを持った時点で男女のどちらかが死亡、という例もある。
その原因は明確にはされていないが、一部の狂信家などの間では「神への冒涜故」と囁かれている。
そう、出来るならば、異種族間の婚姻は避けた方が無難ということだ。
タウサリスはそれら全てを理解した上で、禁忌の、命を弄ぶような研究を行った。
「まず、我ら炎竜の中の変り者が奴に協力した」
タウサリスは竜の、種族それぞれの性質をよく理解していた。力では適わぬ相手には話術、そして金品の奉納。
「そやつは元々変わっていた。そして愚かだった」
「その竜は今は……」
「恥として殺した。もう骨もあるまい」
冷たく言い放った男は、恐怖に青ざめたトエイを気にすることもなく話を続けた。
「……次に、哀れな水竜の女が一匹」
水竜が心優しい竜だと知っていたタウサリスは、その仲間を人質に、一番美しく力の強い水竜の協力を煽ったのだ。
「水……竜」
トエイが呟く。
「ああ」
マグナドラゴンの男は、少し沈んだトエイの顔を見て僅かにその緊張を解いた。
「案ずるな。女の方はディアナドラゴン達が既に救い出し、弔った」
その言葉に、トエイの目が柔らかさを持つ。男はふいと顔を背けると話を続けた。
「タウサリスは研究によりあの小僧共を産み出した。分かるか? 水竜と炎竜の相反する遺伝子の元、まともな子が成せるわけがない。だが」
「何かすれば、産まれるよね」
トエイが言葉を次ぐと、男はその勘の良さに目を丸くした。
「その通りだ。タウサリスは望みどおり、文武魔導に長けた"稀なる血統"を作り出すことに成功したのだ。……その影で、あの男が身籠った水竜の女に何をしたかなど、言いたくもない」
その一言で、水竜の女性に起きた悲劇は全て想像できた。トエイもまた、言葉にするのをためらいつつも、唾を飲み込みこう言った。
「母体に、何かの術で人間を掛け合わせて、相反する遺伝子を繋いだんだね。だからヘリオス達は無事産まれたんだ」
「聡明だな、小娘。その知識どこで得た?」
「本。あとはルピナスから。世界にはそうやって虐げられてきた竜の記録もあったから……ちゃんと覚えてなさいって」
「愚かな人間にも、マシな考えの奴がいたか」
男は肩を揺らし皮肉に笑う。灼熱の色の髪が僅かに逆立った。
「……これで分かったか。我がこの国を、あやつらを襲う意味が」
「……よく分かったよ」
素直に返事をしたトエイに、男は口調を強くした。
「ならば! 我と共にこの地に残るあの異端児を殺せ! この地から水を絶やし、根絶やしにしろ! 我ら竜の恥を生き長らえさせるな!」
男の周りに熱風が巻き起こる。それは空中の塵を燃やし、無数に赤く光った。
トエイは押し黙っていたが、意志の強い瞳で相手を見据えると、こう言った。
「それはできないよ」
「なんだと?」
「ヘリオスを殺すなんて出来ない。私はこの地に水を戻してみせる」
すると、予想はしていたが男の顔が不快感に染まった。瞳で威圧してくるものの、トエイは負けじと見つめ返した。
「……正気か。貴様今の話を何として聞いたのだ」
「聞いてたよ。でも、それは私には関係の無い話だから」
「貴様……人と馴れ合い竜の誇りを忘れたか」
トエイは、握った小さな拳に力を入れた。唇を噛み締めると、震える声でこう言った。
「竜は……仲間は私を捨てた! 温もりをくれたのは、血も繋がらないあの人たち!!」
暗い、暗い、常夜の洞窟。お腹が空いても、怪我をしても、淋しくても、光なんか見えなかった。
頭に残る「要らない」という声だけがやけにリアルに響いて、気が狂いそうだった。
そこに現われた、一筋の光明。
笑顔に、思いやりに、恋情に。なんて美しい人間の心。私はそれに救われた。
「あの人たちに……」
アインに、ルピナスに。
「大好きな人に、絶対に手出しはさせない!! だから、私は貴方を倒す!!」
刹那、トエイの体から竜巻にも似た水柱が舞い上がった。
* * *
「っ……あいつは一体何を考えているんだ!」
ヘリオスはそう言いながら、長い髪を振り乱し、重装備をもろともせず必死に走っていた。
「火が見事に消えてんな。……やっぱ、ディアナドラゴンなんだなあいつは」
同じく、横を走るアインがそう言って辺りを見回すと、ヘリオスは耳障りと言わんばかりに眉を寄せた。
トエイが居ないことに気付いたヘリオスとアインは、直ぐ様街の中へと駆け出し彼女を探していた。大の男が二人がかりとはいえ、街は狭くはない。捜索は難航していた。
「……いっつも急にいなくなりやがって。ま、前の時は誰かさんと夜中に逢瀬してた、だよな」
アインはわざとらしくヘリオスに向けて言うと、やはり彼は眉間にますます皺を寄せた。
「お前こそ、少女を囲う趣味があったのか」
「っ、囲うっ……って何つー言い方だよ!」
「……ふん」
嫉妬故か、ヘリオスは体に似合わず子供のような態度を取る。双子故か、アインには彼の考えが手に取るように分かった。
そんな彼の背中を見つめながら、アインはひとり笑いを零し、小さく呟いた。
「……あいつの頼るところは、俺だけだと思ってたのにな。馬鹿みてえだ」
* * *
一方、ルピナスもまたトエイを探し街を走り回っていた。走るのは得意なのか、彼女は軽い足取りで街中を駆けていく。
「きっと責任感じたんだわ、優しい子だから」
走りながら、独り言を呟く。その内に汗ばみ始めた目頭を不快に思い、ルピナスは立ち止まり眼鏡と帽子を外した。
「それにしても暑いわね……。火はとっくに鎮火された筈なのに」
周りの建物は焦げてはいるが、大雨が降った後のように湿っている。それらを見ていると、脳裏にはあの少女の懸命な姿が浮かんだ。
「……嫌ね、私はあの子に何をしてあげたかったのかしら」
ルピナスはそう呟くと、深緑の髪を後ろに掻き上げ、また走りだした。
「ん?」
すると前方に、慌ただしく駆けてくる無数の人影が在った。よく見ると彼らはこの国の魔導師で、ルピナスも多少なりとも面識のある人物たちばかりだった。
「街の鎮火に当たってた魔導師……何よそんなに慌てて」
「っあ……! 竜狩人(ドラゴンハンター)ルピナス!」
魔導師数名はルピナスに気付くと、息を整えるのも忘れているかのように、必死な表情で彼女に泣き付いてきた。
「ちょ、やだ。国の魔導師が、権威も何も無いわよ」
「た、助けてくれ! あんたの出番だ! あんたしか出来ない!」
「あたしの? どうしたのよ」
「竜だ!! 外見から見て取れる特徴から、あれはディアナとマグナだ!!」
ディアナ。それはトエイだ。
それを聞いた瞬間ルピナスはそう直観的に彼女に繋ぎ合わせ、不安に眉を潜めた。
「ディアナとマグナがどうしたのよ!?」
ルピナスは魔導師の中の一人の胸ぐらを掴み上げ、勢い良く問い質した。魔導師はルピナスの表情に驚き言葉を詰まらせたが、なんとか喋るに至った。
「でぃ、ディアナとマグナが戦ってるんだ……何故かは分からないけど」
「何処で!?」
「さっきは街の中央にいたけれど、今は……うわ!?」
情報を最後まで聞き取ることはなく、ルピナスは魔導師を捨て置き走りだした。
もはや、彼女に眼鏡や帽子をかける余裕も無い。ディアナとマグナが戦っている。それがどんな恐ろしい結果になるかルピナスには安易に予測出来るのだ。ドラゴンハンターであるが故に。
「冗談じゃないわ……あの子にも教えた筈なのに……」
王は、密かに世界統一の野心を胸に抱いていた。
海を越えた大陸には、三大大国がある。それらに打ち勝つには、軍事力のみでは無理だと確信した王は、とんでもない研究に乗り出したのだ。
地方によっては禁忌とまでされる、「混血児」を産み出す研究だった。
それも、普通の混血児ではない。
最強と呼ばれる竜族を捕らえ、その相反する属性下の混血児を産み出すという、危険で非人道的な研究だった。
他種族同士が交わり生まれた混血児は多いが、人並みに育ち一生を終える者は半分。生きていても、体の弱い者がほとんどだった。
種族の掛け合わせ方にもよるが、交わりを持った時点で男女のどちらかが死亡、という例もある。
その原因は明確にはされていないが、一部の狂信家などの間では「神への冒涜故」と囁かれている。
そう、出来るならば、異種族間の婚姻は避けた方が無難ということだ。
タウサリスはそれら全てを理解した上で、禁忌の、命を弄ぶような研究を行った。
「まず、我ら炎竜の中の変り者が奴に協力した」
タウサリスは竜の、種族それぞれの性質をよく理解していた。力では適わぬ相手には話術、そして金品の奉納。
「そやつは元々変わっていた。そして愚かだった」
「その竜は今は……」
「恥として殺した。もう骨もあるまい」
冷たく言い放った男は、恐怖に青ざめたトエイを気にすることもなく話を続けた。
「……次に、哀れな水竜の女が一匹」
水竜が心優しい竜だと知っていたタウサリスは、その仲間を人質に、一番美しく力の強い水竜の協力を煽ったのだ。
「水……竜」
トエイが呟く。
「ああ」
マグナドラゴンの男は、少し沈んだトエイの顔を見て僅かにその緊張を解いた。
「案ずるな。女の方はディアナドラゴン達が既に救い出し、弔った」
その言葉に、トエイの目が柔らかさを持つ。男はふいと顔を背けると話を続けた。
「タウサリスは研究によりあの小僧共を産み出した。分かるか? 水竜と炎竜の相反する遺伝子の元、まともな子が成せるわけがない。だが」
「何かすれば、産まれるよね」
トエイが言葉を次ぐと、男はその勘の良さに目を丸くした。
「その通りだ。タウサリスは望みどおり、文武魔導に長けた"稀なる血統"を作り出すことに成功したのだ。……その影で、あの男が身籠った水竜の女に何をしたかなど、言いたくもない」
その一言で、水竜の女性に起きた悲劇は全て想像できた。トエイもまた、言葉にするのをためらいつつも、唾を飲み込みこう言った。
「母体に、何かの術で人間を掛け合わせて、相反する遺伝子を繋いだんだね。だからヘリオス達は無事産まれたんだ」
「聡明だな、小娘。その知識どこで得た?」
「本。あとはルピナスから。世界にはそうやって虐げられてきた竜の記録もあったから……ちゃんと覚えてなさいって」
「愚かな人間にも、マシな考えの奴がいたか」
男は肩を揺らし皮肉に笑う。灼熱の色の髪が僅かに逆立った。
「……これで分かったか。我がこの国を、あやつらを襲う意味が」
「……よく分かったよ」
素直に返事をしたトエイに、男は口調を強くした。
「ならば! 我と共にこの地に残るあの異端児を殺せ! この地から水を絶やし、根絶やしにしろ! 我ら竜の恥を生き長らえさせるな!」
男の周りに熱風が巻き起こる。それは空中の塵を燃やし、無数に赤く光った。
トエイは押し黙っていたが、意志の強い瞳で相手を見据えると、こう言った。
「それはできないよ」
「なんだと?」
「ヘリオスを殺すなんて出来ない。私はこの地に水を戻してみせる」
すると、予想はしていたが男の顔が不快感に染まった。瞳で威圧してくるものの、トエイは負けじと見つめ返した。
「……正気か。貴様今の話を何として聞いたのだ」
「聞いてたよ。でも、それは私には関係の無い話だから」
「貴様……人と馴れ合い竜の誇りを忘れたか」
トエイは、握った小さな拳に力を入れた。唇を噛み締めると、震える声でこう言った。
「竜は……仲間は私を捨てた! 温もりをくれたのは、血も繋がらないあの人たち!!」
暗い、暗い、常夜の洞窟。お腹が空いても、怪我をしても、淋しくても、光なんか見えなかった。
頭に残る「要らない」という声だけがやけにリアルに響いて、気が狂いそうだった。
そこに現われた、一筋の光明。
笑顔に、思いやりに、恋情に。なんて美しい人間の心。私はそれに救われた。
「あの人たちに……」
アインに、ルピナスに。
「大好きな人に、絶対に手出しはさせない!! だから、私は貴方を倒す!!」
刹那、トエイの体から竜巻にも似た水柱が舞い上がった。
* * *
「っ……あいつは一体何を考えているんだ!」
ヘリオスはそう言いながら、長い髪を振り乱し、重装備をもろともせず必死に走っていた。
「火が見事に消えてんな。……やっぱ、ディアナドラゴンなんだなあいつは」
同じく、横を走るアインがそう言って辺りを見回すと、ヘリオスは耳障りと言わんばかりに眉を寄せた。
トエイが居ないことに気付いたヘリオスとアインは、直ぐ様街の中へと駆け出し彼女を探していた。大の男が二人がかりとはいえ、街は狭くはない。捜索は難航していた。
「……いっつも急にいなくなりやがって。ま、前の時は誰かさんと夜中に逢瀬してた、だよな」
アインはわざとらしくヘリオスに向けて言うと、やはり彼は眉間にますます皺を寄せた。
「お前こそ、少女を囲う趣味があったのか」
「っ、囲うっ……って何つー言い方だよ!」
「……ふん」
嫉妬故か、ヘリオスは体に似合わず子供のような態度を取る。双子故か、アインには彼の考えが手に取るように分かった。
そんな彼の背中を見つめながら、アインはひとり笑いを零し、小さく呟いた。
「……あいつの頼るところは、俺だけだと思ってたのにな。馬鹿みてえだ」
* * *
一方、ルピナスもまたトエイを探し街を走り回っていた。走るのは得意なのか、彼女は軽い足取りで街中を駆けていく。
「きっと責任感じたんだわ、優しい子だから」
走りながら、独り言を呟く。その内に汗ばみ始めた目頭を不快に思い、ルピナスは立ち止まり眼鏡と帽子を外した。
「それにしても暑いわね……。火はとっくに鎮火された筈なのに」
周りの建物は焦げてはいるが、大雨が降った後のように湿っている。それらを見ていると、脳裏にはあの少女の懸命な姿が浮かんだ。
「……嫌ね、私はあの子に何をしてあげたかったのかしら」
ルピナスはそう呟くと、深緑の髪を後ろに掻き上げ、また走りだした。
「ん?」
すると前方に、慌ただしく駆けてくる無数の人影が在った。よく見ると彼らはこの国の魔導師で、ルピナスも多少なりとも面識のある人物たちばかりだった。
「街の鎮火に当たってた魔導師……何よそんなに慌てて」
「っあ……! 竜狩人(ドラゴンハンター)ルピナス!」
魔導師数名はルピナスに気付くと、息を整えるのも忘れているかのように、必死な表情で彼女に泣き付いてきた。
「ちょ、やだ。国の魔導師が、権威も何も無いわよ」
「た、助けてくれ! あんたの出番だ! あんたしか出来ない!」
「あたしの? どうしたのよ」
「竜だ!! 外見から見て取れる特徴から、あれはディアナとマグナだ!!」
ディアナ。それはトエイだ。
それを聞いた瞬間ルピナスはそう直観的に彼女に繋ぎ合わせ、不安に眉を潜めた。
「ディアナとマグナがどうしたのよ!?」
ルピナスは魔導師の中の一人の胸ぐらを掴み上げ、勢い良く問い質した。魔導師はルピナスの表情に驚き言葉を詰まらせたが、なんとか喋るに至った。
「でぃ、ディアナとマグナが戦ってるんだ……何故かは分からないけど」
「何処で!?」
「さっきは街の中央にいたけれど、今は……うわ!?」
情報を最後まで聞き取ることはなく、ルピナスは魔導師を捨て置き走りだした。
もはや、彼女に眼鏡や帽子をかける余裕も無い。ディアナとマグナが戦っている。それがどんな恐ろしい結果になるかルピナスには安易に予測出来るのだ。ドラゴンハンターであるが故に。
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