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「我はこれよりお前の守護をする。この至炎竜(ハイ・マグナ)がいれば、他国が無下にこの国を敵に回すことなどしないだろう」
「いやそういう理由じゃなくてよ! いきなり何を言いだすんだって聞きたいんだよ! 俺を守護して、なんでこの国を守…………れ…………」
言いながら、アインはその意味に自ら気付くことになる。
アインを守ることで、この国を守ることに繋がる。つまり、それは。
「王として再起せよ、アイン。それがあの小僧と、ディアナの娘に報いる道だ」
メナスが力強くそう言い放った時、何人かの男性が恭しく頭を垂れたまま部屋に入ってきた。男性たちはいずれも若く、よく見ると国の行政官が纏う衣服を着用している。
「アイン様、どうか我らの王に」
彼らは口を揃えてそう言うと、右手を胸元にやりその場に膝まづいた。メナスはそれらを一瞥し、さも満足だと言わんばかりに皮肉に笑った。
「ま、待てよおい。俺が王とか変だろ?」
「アイン様はただお一人、正統なる血に連なる御方。貴方様以外に、次代の王が勤まりましょうか」
若い青年が自信たっぷりに言う。こいつは確か軍部の……と考えながら、アインは苦笑いを浮かべた。
「なれって言われて、はいなりますよって出来るか!! 王だぞ、王!」
そうとしか考えられないだろ、普通。王なんて国を背負って、外交して戦って難しい顔して。弟の死を悲しむ間も無く、何を言いだすんだこいつらは。
そんな思考をめぐらせながらも、アインはそれを口には出せず、ただ穏便な否定を続ける。
「やめろよおい、頭下げんなって! 」
「どうかアイン様」
「どうか……」
「いやだから、俺はヘリオスとは違うんだって……なあ?」
懇願する彼らに、アインはただ戸惑い、メナスに助けすら求めてしまう。だがメナスは、その逃げ道を彼に与えはしなかった。
「水竜では無く、炎竜守護せし国か。それもまた良い」
「どういう心境の変化なんだよ!? てめえ俺たちを毛嫌いしてただろが!!」
声を張り上げるアインに、メナスは腕を組み偉そうに顎を上げて彼を見下ろし、高らかにこう言ってのけた。
「我は至炎竜(ハイ・マグナ)メナス。何回も言わせるな。相克ディアナとはいえ、同族の切なる遺志、決して無下にはせん!」
それを聞いたアインは、気の抜けたように笑った。
「はは……なんつー義理固さ……」
そう言うと、両手を腰に遣りかぶりを振る。そして、しばらく下を向いたまま黙りこくっていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「王様ねえ……」
まったくもって、想像がつかない。傷だらけの体、礼儀も作法も知らない荒い精神。
そんな男が一国の王だって?
王の役目はヘリオスだ。賢いヘリオスだから、ここまでやれたんだ。
だけど。
「……どうなっても知らねえからな」
「アイン様!!」
若い行政官たちの顔が、みるみるうちに明るくなった。互いに顔を見合わせ、満面の笑みでアインに詰め寄る。
「陛下! 早速ですがユリオプスとの条約についての……」
「リュシアナよりの書文がたまっているのです!! どうか全て閲覧を。国境紛争の件かと思われますが……」
青年たちはそれぞれ懐から書面やら封筒やらを取出し、アインに差し出す。小難しい文章が書かれた紙を一枚手に取り、アインはわっと叫んだ。
「待て待て待て!! なんだ!? お前らは事務作業するやつが欲しくて俺に回したのか!?」
「悲しむ暇など無さそうだな。アインよ」
他人事のように隅で笑うメナスに、
「お、お前!! お前手伝ってくれるんだろな!? 俺はこんな難しいこと……!」
「我は炎竜ぞ。そのような雑務は知らぬ」
「おい!」
アーリア聖暦×××年。
ダイアンサス、五代帝王ヘリオス崩御。
彼は信頼していた副官により、その心臓を一突きされ、そのまま水の砂漠に消える。
伴侶のごとく常に寄り添っていたディアナドラゴンも、その遺体とともに消え、行方は分からない。
それを機に、一部の貴族が暴動を起こし、革命が起こる。
この国もここまでかと誰もが感じたその時、どういうわけか、それまでダイアンサスを目の敵にしていたマグナドラゴンが一転して共闘。圧倒的な力で反乱を制圧。更にその英知を以て、人々を導いた。
反乱は治まったものの、帝王が全ての主権を握っていたダイアンサスが王座を空のままにすることは極めて危険。
革命発生により通行不可となっていた海路が正常に運航するようになるや否や、皆はただ一人の王族を呼び戻す。
藍色の血気盛んな青年を迎え、ダイアンサスは炎竜の守護の元、更なる発展を遂げることとなるだろう。
心に、青い空白を残したまま。
――そして、時は流れた。
「ねえねえ、水ってどこからくるかしってる?」
年の頃七歳ほどの幼い少女が、傍らにいる同じくらい幼い少年に語り掛ける。
二人が歩く緑の木々が眩しい街道は明るく、道沿いには透明な水が流れる水路がある。
道行く人々は皆にこやかで、子供が二人で歩いていても安全だろう。
「水? 井戸からでてくるんでしょー?」
少年がそう返すと、少女は腰あたりまである長い銀色の髪を揺らし、誇らしげに人差し指を立ててこう言った。
「ちがうちがう! この国の水は竜がつくってるの」
「りゅう? うっそだあ」
「本当だもん!」
「うそつきー!」
「本当だもんっ!」
ムキになり、顔を真っ赤にする少女の周りを、少年は舌を出したり手をひらつかせたりしながらぐるぐる回る。
「うそつき! 水を出す竜なんか絵本の話じゃないか! この国の竜はメナスさまだけだぞー」
「いるもん……! いるんだもん!」
少女がついに泣きだした頃に、少年は道端の棒切れを持って、振り回しながらその場を走り去った。
「いるんだから……」
ぽろ、ぽろと大粒の涙が少女の頬を伝った。
大声を出すのをぐっと我慢し、ただ涙だけを流す少女に、道行く人は心配そうな視線だけを遣る。
「いるんだもん」
鼻をすすり、少女は手の甲で目を擦った。赤くなって瞳からはまだ涙が溢れていたが、少女は前を向いた。
青い空、流れる水、優しい風。
その優しい風景に似合う、穏やかな声が少女を振り向かせた。
「こんなところにいたの?探したよ」
「お母様っ!」
少女が振り向いた先には、華奢な体の若い女性が居た。その髪は少女と同じく長く、銀に輝き風に揺れる。睫毛までもが銀色で、薄いローブでそれを隠さなければ目立ってしまう。
少女はその腰元に抱きつくと、まだ涙に濡れた瞳で母親を見上げた。
「お母様、水は竜がつくってるんだよね? そうだよね?」
母親は少女の頭を撫でてやると、優しく微笑んだ。
「そうね」
「やっぱり!」
少女は母親の即座の肯定に喜び、更に強く抱きついた。母親は少女を同じように抱き締めた後、その体を少し離し、小さな手と自分の手を繋いだ。
「さあ、もう帰ろう。ここは目立ってしまうから」
「うん!」
少女は母親に手を引かれ、スキップしながら歩きだした。
周りをあまり見ずにそうした為、途中すれ違った男に軽くぶつかってしまった。
少女は「あ」と申し訳なさそうに頭を下げると、ぶつかった相手も軽く会釈をして手を振った。
「ごめんなさい」
母親も、次いで謝った。
すると相手はまた会釈をして、そう長く反応することなくその場から立ち去った。
しかししばらくしてその男は、何かを気にしたのか、母娘の方を振り返った。
すると、不思議なことに母親の方もこちらを見ていた。
しばらく見ていると、少女の方もこちらに振り向いた。
母親の翡翠の瞳は優しく細められたが、すぐに、背けられた。
少女の手には、懐かしい曲の流れる小さなオルゴールがあった。
曲の名は、トエイ・アストルム。
「いつか、会えるよな? トエイ……」
『いつか、会えるよ。アイン』
完
「いやそういう理由じゃなくてよ! いきなり何を言いだすんだって聞きたいんだよ! 俺を守護して、なんでこの国を守…………れ…………」
言いながら、アインはその意味に自ら気付くことになる。
アインを守ることで、この国を守ることに繋がる。つまり、それは。
「王として再起せよ、アイン。それがあの小僧と、ディアナの娘に報いる道だ」
メナスが力強くそう言い放った時、何人かの男性が恭しく頭を垂れたまま部屋に入ってきた。男性たちはいずれも若く、よく見ると国の行政官が纏う衣服を着用している。
「アイン様、どうか我らの王に」
彼らは口を揃えてそう言うと、右手を胸元にやりその場に膝まづいた。メナスはそれらを一瞥し、さも満足だと言わんばかりに皮肉に笑った。
「ま、待てよおい。俺が王とか変だろ?」
「アイン様はただお一人、正統なる血に連なる御方。貴方様以外に、次代の王が勤まりましょうか」
若い青年が自信たっぷりに言う。こいつは確か軍部の……と考えながら、アインは苦笑いを浮かべた。
「なれって言われて、はいなりますよって出来るか!! 王だぞ、王!」
そうとしか考えられないだろ、普通。王なんて国を背負って、外交して戦って難しい顔して。弟の死を悲しむ間も無く、何を言いだすんだこいつらは。
そんな思考をめぐらせながらも、アインはそれを口には出せず、ただ穏便な否定を続ける。
「やめろよおい、頭下げんなって! 」
「どうかアイン様」
「どうか……」
「いやだから、俺はヘリオスとは違うんだって……なあ?」
懇願する彼らに、アインはただ戸惑い、メナスに助けすら求めてしまう。だがメナスは、その逃げ道を彼に与えはしなかった。
「水竜では無く、炎竜守護せし国か。それもまた良い」
「どういう心境の変化なんだよ!? てめえ俺たちを毛嫌いしてただろが!!」
声を張り上げるアインに、メナスは腕を組み偉そうに顎を上げて彼を見下ろし、高らかにこう言ってのけた。
「我は至炎竜(ハイ・マグナ)メナス。何回も言わせるな。相克ディアナとはいえ、同族の切なる遺志、決して無下にはせん!」
それを聞いたアインは、気の抜けたように笑った。
「はは……なんつー義理固さ……」
そう言うと、両手を腰に遣りかぶりを振る。そして、しばらく下を向いたまま黙りこくっていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「王様ねえ……」
まったくもって、想像がつかない。傷だらけの体、礼儀も作法も知らない荒い精神。
そんな男が一国の王だって?
王の役目はヘリオスだ。賢いヘリオスだから、ここまでやれたんだ。
だけど。
「……どうなっても知らねえからな」
「アイン様!!」
若い行政官たちの顔が、みるみるうちに明るくなった。互いに顔を見合わせ、満面の笑みでアインに詰め寄る。
「陛下! 早速ですがユリオプスとの条約についての……」
「リュシアナよりの書文がたまっているのです!! どうか全て閲覧を。国境紛争の件かと思われますが……」
青年たちはそれぞれ懐から書面やら封筒やらを取出し、アインに差し出す。小難しい文章が書かれた紙を一枚手に取り、アインはわっと叫んだ。
「待て待て待て!! なんだ!? お前らは事務作業するやつが欲しくて俺に回したのか!?」
「悲しむ暇など無さそうだな。アインよ」
他人事のように隅で笑うメナスに、
「お、お前!! お前手伝ってくれるんだろな!? 俺はこんな難しいこと……!」
「我は炎竜ぞ。そのような雑務は知らぬ」
「おい!」
アーリア聖暦×××年。
ダイアンサス、五代帝王ヘリオス崩御。
彼は信頼していた副官により、その心臓を一突きされ、そのまま水の砂漠に消える。
伴侶のごとく常に寄り添っていたディアナドラゴンも、その遺体とともに消え、行方は分からない。
それを機に、一部の貴族が暴動を起こし、革命が起こる。
この国もここまでかと誰もが感じたその時、どういうわけか、それまでダイアンサスを目の敵にしていたマグナドラゴンが一転して共闘。圧倒的な力で反乱を制圧。更にその英知を以て、人々を導いた。
反乱は治まったものの、帝王が全ての主権を握っていたダイアンサスが王座を空のままにすることは極めて危険。
革命発生により通行不可となっていた海路が正常に運航するようになるや否や、皆はただ一人の王族を呼び戻す。
藍色の血気盛んな青年を迎え、ダイアンサスは炎竜の守護の元、更なる発展を遂げることとなるだろう。
心に、青い空白を残したまま。
――そして、時は流れた。
「ねえねえ、水ってどこからくるかしってる?」
年の頃七歳ほどの幼い少女が、傍らにいる同じくらい幼い少年に語り掛ける。
二人が歩く緑の木々が眩しい街道は明るく、道沿いには透明な水が流れる水路がある。
道行く人々は皆にこやかで、子供が二人で歩いていても安全だろう。
「水? 井戸からでてくるんでしょー?」
少年がそう返すと、少女は腰あたりまである長い銀色の髪を揺らし、誇らしげに人差し指を立ててこう言った。
「ちがうちがう! この国の水は竜がつくってるの」
「りゅう? うっそだあ」
「本当だもん!」
「うそつきー!」
「本当だもんっ!」
ムキになり、顔を真っ赤にする少女の周りを、少年は舌を出したり手をひらつかせたりしながらぐるぐる回る。
「うそつき! 水を出す竜なんか絵本の話じゃないか! この国の竜はメナスさまだけだぞー」
「いるもん……! いるんだもん!」
少女がついに泣きだした頃に、少年は道端の棒切れを持って、振り回しながらその場を走り去った。
「いるんだから……」
ぽろ、ぽろと大粒の涙が少女の頬を伝った。
大声を出すのをぐっと我慢し、ただ涙だけを流す少女に、道行く人は心配そうな視線だけを遣る。
「いるんだもん」
鼻をすすり、少女は手の甲で目を擦った。赤くなって瞳からはまだ涙が溢れていたが、少女は前を向いた。
青い空、流れる水、優しい風。
その優しい風景に似合う、穏やかな声が少女を振り向かせた。
「こんなところにいたの?探したよ」
「お母様っ!」
少女が振り向いた先には、華奢な体の若い女性が居た。その髪は少女と同じく長く、銀に輝き風に揺れる。睫毛までもが銀色で、薄いローブでそれを隠さなければ目立ってしまう。
少女はその腰元に抱きつくと、まだ涙に濡れた瞳で母親を見上げた。
「お母様、水は竜がつくってるんだよね? そうだよね?」
母親は少女の頭を撫でてやると、優しく微笑んだ。
「そうね」
「やっぱり!」
少女は母親の即座の肯定に喜び、更に強く抱きついた。母親は少女を同じように抱き締めた後、その体を少し離し、小さな手と自分の手を繋いだ。
「さあ、もう帰ろう。ここは目立ってしまうから」
「うん!」
少女は母親に手を引かれ、スキップしながら歩きだした。
周りをあまり見ずにそうした為、途中すれ違った男に軽くぶつかってしまった。
少女は「あ」と申し訳なさそうに頭を下げると、ぶつかった相手も軽く会釈をして手を振った。
「ごめんなさい」
母親も、次いで謝った。
すると相手はまた会釈をして、そう長く反応することなくその場から立ち去った。
しかししばらくしてその男は、何かを気にしたのか、母娘の方を振り返った。
すると、不思議なことに母親の方もこちらを見ていた。
しばらく見ていると、少女の方もこちらに振り向いた。
母親の翡翠の瞳は優しく細められたが、すぐに、背けられた。
少女の手には、懐かしい曲の流れる小さなオルゴールがあった。
曲の名は、トエイ・アストルム。
「いつか、会えるよな? トエイ……」
『いつか、会えるよ。アイン』
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