月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

ライムのぜつぼー

 この世にタダほど胡散臭いものはない。
 下心の無い出資など存在しない。
 善意の寄付など身の毛がよだつ。
 
 孤児院で働くものならば誰もが教訓としている言葉だ。
 ツィーゲで運営されている孤児院は、街が主体となっているものと個人が街の補助を受けながら私財を投じているものがある。
 完全な善意で個人が運営する孤児院は出来てもすぐに潰れていく。
 残念な事に教訓は正しく、誰の介入も認めず金だけを寄付するなら受け取る、などという清廉潔白な孤児院運営など事実上不可能だという証左でもあった。
 街が主体となった、いわば公立の院は商人ギルドや大手の商会の意思が隠然と働く。
 そして街の補助を受けて個人が運営する院、私立の院は大中小様々な商会の影響下にあるか運営する個人が私的な目的や利害を優先している場合が殆どだ。
 補助金を目的とした酷い環境の院も少なくない。
 だからこそ、特に私立の院は資金や物資の提供には確実な見返りをする。
 相手の意図をきちんと知った上で援助にはその場での具体的な感謝と行動で応え、貸し借りは作りたがらない所も珍しくはない。
 特に数人の子を犠牲にして数十人の子を救う事だってやる。
 良くも悪くも清濁併せ呑まねば孤児を育てる事すら出来なくなってしまうから。
 理想は現実の前には大概敗北する。

「ライム! おかえり、どうしたの? いつもより来る間隔が短いようだけど」

 いち早く来訪者の正体を見抜いた女性が彼の名を呼んだ。
 手を振ったライムは門をくぐり、あっという間に子どもに囲まれた。
 シンプルだが清潔な服装に身を包んだ女性とライム、そして二人の間は男女問わず子どもが群がっている。
 にわかに喧噪に包まれるウェイツ孤児院。
 数年前までは匿名で足長おじさんをしていたライムも、クズノハ商会に勤務するようになってからはきちんと名乗って援助を行っている。
 ウェイツ孤児院出身であり、しかもツィーゲにおける成功者に分類されるライムは子どもたちのヒーローだった。

「セーナ、おかえりは止めてくれって何度も……って、まあ良いや。ほれ、ガキども! 仲良く分けろよ!」

 ライムが甘味中心にセレクトしたお土産を年長の一人に渡す。
 渡された子は中を確認すると目を輝かせ、子どもたちを率いて室内に走っていく。
 こういう差し入れは消え物に限る。
 自身の経験からも確信を得ていたライムは毎度、食べ物を持ってきている。

「お土産なんていいのに。あんた、ウチに毎月あんだけお金入れて、ちゃんと生活できてるんでしょうね?」

 ライムと同年代の女性はセーナ。
 二人は孤児院での幼馴染であり、セーナの方は成長してからも孤児院に残り今も後輩らの面倒を見続けている。
 ライムは冒険者としての道を選び結果として成功し、今もこうして孤児院に金を入れ続ける事が出来ているが。
 内心ではセーナの選んだ生き方を尊敬していた。
 自分は所詮百人に一人の生き残りになれただけであり、セーナは堅実に確実に孤児を支える道を選んだのだと。
 数ある私立の孤児院の一つでしかないウェイツ孤児院に残って孤児の面倒を見たところで、救える子どもの数など知れている。
 かつてはライムもそう考えていた。
 だからもっとでかく街を動かせる金を手にできる可能性がある冒険者という生き方を、彼は選んだ。
 多くの仲間たちもだ。
 しかし結果は悲惨なものだった。
 集まるごとに人数は減り、道を踏み外す者も次々と出てきた。
 結局、生え抜きの冒険者でトップグループにまでなれたのはライムと数人ほど。
 それに孤児院はライムが考えていたよりもずっとずっと金がかかった。
 パーティを組み、装備の手入れを怠らず、必要に応じて更新して。
 そんな事をしながら支援するとなるとライムには一つが精いっぱいだった。
 その一つであるウェイツ孤児院ですら、公立に比べても他の私立に比べても十分な財政事情とは言えない状態を抜け出せずにいた。
 焦りからレンブラント商会を敵に回したりもした。
 あの頃もライムはいつも苛立っていた。
 何に、と問われれば自分と周囲の全てにだろう。
 懐かしい思いが去来するのは、ようやく己の胸の内を幼馴染のセーナに明かす時が来たからかもしれない。
 ライムは神妙にセーナと向き合う。

「……なに? まさか本当に生活できないくらいギリギリなの? 御飯食べてく?」

「バカ言うな。俺は天下のクズノハ商会で働いてるんだぜ? 給料は相当出てるから気にすんな」

「天下? 天下で一番胡散臭い、の間違いじゃなくて?」

「あのな、これも毎度なんだが商会の事は悪く言わんでくれって。お前が思ってるようなとこじゃねえよ、ホントに」

「……どうかしら。私、あの巴って人がよくわからないもの。代表さんは顔を出した事ないし」

「旦那はお忙しいからな。今はツィーゲにいらっしゃるが、黄昏……あー、ちょっと取り込んでるんだ。巴の姐さんは別に無茶な事は何も仰ってねえだろ?」

「黄昏って、黄昏街? 冗談じゃないわよ? あそこにも出入りしてんのクズノハ商会って」

 セーナが露骨に嫌そうな表情で吐き捨てる。
 無理もない。
 黄昏街はツィーゲの住人にとってはタブーの一つ。
 夜牧場で魔獣が家畜を襲う様に、黄昏街の連中は時に孤児院に忍び込んでは子どもを盗む。
 対策は出来ない。
 冒険者を雇って守りを固めれば被害は減るが、彼らを雇い続ける体力など大半の孤児院にはない。
 それも相手が黄昏街では荒野入りしているような高位の冒険者でなければ意味がない。
 同様に例え侵入に気づいたとしても抵抗する事も出来ない。
 抵抗すれば盗まれる子ども以外と職員は殺されるからだ。
 歯を食いしばって、息を殺して、ただ連中の暴挙を黙認しなくてはならない。
 生きる為に。
 故に孤児院に近しい者ほど黄昏街には強い嫌悪を示す。

「出入りしてる訳じゃねえよ。大体、俺個人も出してるが今はクズノハ商会が金銭面も物資面も色々と相談に乗ってるはずだろ? どうして姐さんが気に入らねえのか、わっかんねえな」

 ライムとて黄昏街は嫌いだ。
 可能なら潰してしまいたい。
 だが不可能だ。
 一見潰せた様に見えたとしても、あれらは必ずどこかに潜んでいる。
 そして敵をあざ笑う様に、大切なモノを傷つける。
 無視以上に良い手段などそうそうないのだ。
 それに今のライムはクズノハ商会に所属している。
 彼らといると黄昏街すらちんけな悪党に感じられてくるから、普段はそこまで意識する事もなくなっている。
 むしろセーナがまともに会ってないライドウはともかく、巴にまで苦手意識を持つ理由の方が気になっていた。

「あの人、見返りは当然もらうから有能な子がいれば知らせよって」

「……まあその位はどこが金出したって言うだろ」

 商会が孤児院に金を落とす最低条件みたいなものだ。
 ライムはクズノハ商会とウェイツ孤児院の関係については直接タッチしていない。
 巴や森鬼、ドワーフが時折出向いているのは知っているが、巴を信頼するライムは上司に何かしらの追及をした事はなかった。
 それに聞こうと思えば馴染みのセーナや院長に聞けば済むのだから。

「最初に来た時にそういって金貨百枚置いていって」

「百……そうか」

「私も初見の商会だし貴方の名前だけで信用する訳にもいかないでしょ? その場で今ウチにいる子でお店でもすぐ働けそうな頭の良い子を何人か紹介したのよ」

「へえ」

 それにしてはクズノハ商会にウェイツ孤児院出身者は一人もいない。
 というか。
 現時点でもヒューマンの店員はいない。
 ライム自身は巴の提案を呑んで人ならざる力に手を伸ばした。
 一見すればヒューマンだし、この街で誰かに見抜かれた事は無いが厳密には亜人という事になる。
 では巴は紹介された子をどうしたというのか。
 そこにセーナの巴への不信があるかもしれない、とライムは続きを待つ。

「そしたら巴さん、この子はこういう道が向いてるんじゃないか、あの子はこう、さっきの子はって職の提案をしてきたの」

「んん?」

「で、本人らがその気なら心当たりを当たってみるって。結局自分とこじゃ一人も連れてかなかった」

「……」

「怖くなったからそれとなく探ってみたけど、就職先はどこもクズノハ商会の傘下とか関係先とかでもないしさ」

「あー……なるほど」

 孤児院の教訓か、とライムは苦笑する。
 クズノハ商会の従業員としては不十分と見たのか、それとも本当に適性を考えてやったのか。
 巴がどういう意図だったのかはわからないが、ライムにはセーナの疑惑と不信の正体がようやくわかった。
 クズノハ商会はきっと、あれを求めている、こんな見返りが欲しい、こうしてくれ、とそれらしい要望を出しながら結局は何も求めていない。
 利を見出さず、下心を持たず。
 本当にただウェイツ孤児院を支援しているだけの状態なのだ。
 ただここに巴がいれば、或いはライム一人にはそれだけの価値がある、と平然と言ったかもしれない。
 
「余りもので使いかけの食料と衣料があるから引き取れって言われたから行ってみたら、馬車三両に日持ちする乾物に新鮮な野菜、誰も袖を通して無さそうな服がぎっしり詰まってた事もあった」

「……そりゃあ、ああ、あれか。俺のボーナスの一部で孤児院に差し入れしといたって、いつだったか姐さんが」

「その時はプロの料理人が五人、三日がけで料理を作ってくれて子どもたちに調理指導もしてくれたわ。ありがとねライム」

「そ、そうか。喜んでもらえりゃ、それで」

 ライムは言葉少なだ。
 ちなみにこの二人は恋人とかそういう関係では一切無い。
 割り切った付き合いというのも無い。
 彼らの関係を示す一番近しい言葉は兄弟、だろう。
 我ら生まれた場所は違っても、というアレだ。

「巴さん、いえクズノハ商会って何が目的なの? 誰か特殊な才能を持ってる凄い子が実はいるとか? それともウチの土地を狙ってるの? もしかして院長とか私みたいな職員の誰かが標的?」

 セーナの疑いはもっともだった。
 巴は一応孤児院に出資、支援をするという事で体裁を繕ったのだろう。
 だが念入りに、何の疑惑を持たせぬほどに狡猾に細工を行うほどの手間をかける意味は無かった。
 だから結構大雑把に、的確に表現するならその場限りの適当な出まかせで金や物を提供していると。
 巴にとってのウェイツ孤児院、セーナにとっての出資者クズノハ商会。
 どっちの思惑や言い分もわかるだけにライムはどう説明、いや理解してもらうべきか悩む。

「……実はな」

「うん」

「俺、クズノハ商会じゃ無茶苦茶期待されててな。俺の出身がウェイツ孤児院だって知った旦那が、そりゃもう放っておけないって」

「私さ、かなり本気で聞いてんだけど?」

 波風立たなそうで、でも全部が嘘でもない一番平和に解決できそうな回答をライムが口にすると、言い切る前にセーナが全否定した。

「……俺も結構本気で応えてるつもりなんだが」

 苦しいか。
 ライムは流石に無理があったと反省する。
 しかしだ。
 どう説明したものか。
 これだけ意味がない不信感を募らせているセーナに、己の勤務先の良い意味での非常識さをどうすれば理解してもらえるのだろう。
 
(というか、この状況じゃ蜃気楼都市やら亜空やらの事を切り出せそうにねえ)

 本来の目的はそっちなのに。
 ライムは内心で頭を抱える。
 陰謀などないのだ。
 セーナはかなりの援助を受けていると認識しているが、商会的には全く痛くないのだ。
 実際、ウェイツ孤児院への援助など巴からすればライムが期待通りの働きをしているからご褒美、その程度のものだ。
 ライドウからすれば帳簿に乗せる意味も無い程の微々たる金額だとライムも理解している。
 しかし、目の前の幼馴染にはクズノハ商会は得体の知れない組織でしかない。

「もっと、ちゃんとクズノハ商会や旦那の事を話ときゃ良かった……」

「旦那、代表のライドウさんね」

「ああ、お前が思ってるような方じゃあねえんだ。俺が保証するよ」

「今ウチには200人を超える子どもたちがいるの。正確には昨日の時点で216人。いくらライムの言葉でもそれだけで信用するなんて無理」

「って言われてもなあ……」

「いいわ、わかった」

「お、ホントか?」

「そのライドウさん、一度お連れして?」

「……へ?」

「やっぱり、一度は直接お話させてもらわなくちゃ。わかりやすい普通の商会ならともかく、まるで善意だけで寄付してますよ、なんて言いたげな所だもの」

「旦那を、お連れしろってお前……」

「だって巴さんはその辺有無を言わさずって感じだもの」

 だろうな、とライムは納得する。
 巴がライドウの手間になりそうな事を、それもライムが関係している程度の事案で、了承する筈がない。
 しかも商会にもライドウにも何の利も無いのだ。
 だからといって自分に振られても、どうすればいいというのか。

「お忙しいんだって、本当なんだって!」

「でも今はツィーゲにいらっしゃるのよね?」

「それにお前、もし旦那に失礼でもあったら俺も困るしだな」

「大丈夫、子どもたちは引っ込めておくし、私だって普段色々と外との付き合いはしてるんだから」

「正直なとこ、ほぼほぼ善意だけの寄付ってので正解なんだよなぁ……」

 か細く呟くような響きでライムの口から言葉が漏れ出る。
 一緒に魂も半ば抜け出ているかのような、同情すべき姿である。

「あり得ない」

「あり得なくないんだよなぁ……」

「だったらどうして、ウチは何の見返りも求めずにここの孤児院に多額の援助をしてますよって宣伝しないのよ。善意が他どころかウチにも伝わってないって何の意味があるわけ?」

「意味とか求めてねえんだよなぁ、旦那は……」

「ともかく! ライムにしかお願いできないの。よろしくね!! 何か話があるなら代表さんと一緒の時に聞くから!!」

 パンパンと。
 強く肩と腰辺りを叩いてセーナは院の中に帰っていく。
 ライムも帰れ、と言外に示されていた。
 口から魂が抜けかけ、いつもの精悍な様子さえ猫背となった今の彼にはなく。
 希望に満ちたライムは難題を抱える事になったのだった。

「……そうだ、冒険者ギルド行こう」

 現実逃避とも、日頃染みついた仕事への真面目な姿勢とも取れるライムの言葉は、どこか虚しくツィーゲの地面に吸い込まれていった。

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