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六章 アイオン落日編
承認……彼にはそれを可能にするだけの力がある
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「わたしをおよめさんにしていいよ」
……。
ロッツガルドの悪夢を蒸し返すなちびっこ!
「……大きくなっても気が変わらなか――やっぱごめん、こんなんでも付き合ってる人がいるから。ライムなんてどう?」
高校生くらいの年代の女子の目がギラっとなった。
恐ろしい。
常套句の社交辞令で流そうとしただけなのに。
「ライムおにいちゃんはばいりつがたかいの」
「そっか、ライムはヒーローだもんね」
倍率。
何て言葉を知ってるんだ。
世の中の世知辛いとこばっか先に見るから、どっかスれた子どもが増えるんだろうか。
それとも女の子だからませているだけか?
「そうよ。でもわたしはあーいうのとか、かおはいいけどかいしょうなしのより、かいしょうがあるぶさいくがいいの」
直球すね、幼児。
「じゃあ僕の他だとだれが良いの?」
「んー、ともえちゃん!」
女やん!
せめてそこはコモエの方じゃないのかい!
あの子は意外と男の子っぽいとこもあるし、刀なんて持ってるしな。
「にいちゃん! にいちゃんはライムさんの弟子か!?」
「僕はねえ、ライムの先生の先生みたいなものかな?」
「わたしがくどいてるのよ、じゃましないで!」
「うそだー! ライムさんはちょーつよいんだぜ!」
「うー! じゃまー!」
「意外とねー僕も強い方なんだよ。あ、お婿さんは別に探してね、君の為にもね」
巴だから良いようなものの、昔リノンさえ警戒した澪を思うと軽はずみな発言は良くない。
「じゃあにいちゃんはちょーちょーちょーつよいのかー?」
「……そうだぞー! がおー! くえー!」
両手を上げた熊の如き定番怪獣ポーズからの片足上げ両手広げの鶴の構え。
やたらと話しかけてくる前の男の子と目で合図しあってる背後の子が、木の棒片手にじりじり寄ってきているのは承知の上だ。
熊で飛び掛かってくるかと思ってたら、鶴で仕掛けてきた。
「すきありー!!」
隙はないんだけどね。
しかし子どもらしく剣道の面よろしく上段で来るのかと思ってたのに、後ろの彼は体重を支えている片足めがけて木こりが斧を入れるかのごとき薙ぎ払いを放ってきた。
両手持ちのおまけつきで。
いわゆるセンスってこういうのをいうのか?
パキン!
小気味良い音を立てて木の棒が折れる。
元々枝みたいな細さだったから無理もない事だ。
「かってー!!」
「うおー! すげー!」
「つえー!!」
「悪戯をする子には……」
『にげろー!!』
「お仕置きだぞう!」
蜘蛛の子を散らす様に逃げ回る子を軽ーく追いかける。
「あの、私愛人でも構いません!」
「ライムさんより強いなんて絶対嘘だ!」
中学生か高校生くらいの男女が鬼ごっこに割り込んできた。
ループか!
いつまでも付き合えないぞ、こんなん!
しまった、しくじった。
僕も巴と一緒に改築のミーティングに参加すべきだった。
どんな子がいるんかな、とちょっと興味を持ったのが間違いだった。
無尽蔵の体力と無駄に大人びたちびっこの雨あられだ。
本人は野心的なつもりかもしれないけど、学園都市での古傷を抉るような路線のもわさわさいるし!
愛人もいらん! 僕が商会の代表だってこと、ばっちり知ってて言ってるなこの子ら!
それと男の子! お前が持ってる錆びたパイプみたいのは僕以外に向けると遊びじゃなくて暴行になるからな!?
◇◆◇◆◇◆◇◆
巴は窓の側に立ち、ライドウと子ども達の様子を眺めていた。
(ふむ、子どもはお嫌いではない、と。一安心じゃな)
確かに巴はライムの上司であり、彼の願いを知っていたのも事実。
だが、だからその願いを汲んでウェイツ孤児院にチャンスを与える程、彼女は易しくはない。
真と関係を持った事で巴の意識は当然その先に向いている。
次のステップへの前段階として、彼の子どもへの意識を知っておきたいと巴は考えていた。
そして同時にヒューマンの子どもがどんなもので、亜人との違いは何なのか。
更には亜空に入れたとして、やがて必ず誕生する真の子に良い影響をもたらすか。
巴は真の記憶を見ている。
真の成長を知っている。
幼少時の彼がいかに貧弱であったかは当然として、保育園、小学校という存在も彼女は知っているのだ。
亜空にヒューマンを入れる事になるライムの提案は、全てとは言わないが巴の望みとも一致するところがあったのだ。
孤児院に教育要素を噛ませるのであれば、学び舎としての要素が強くなる。
亜空のそれと併せて、その時までにきちんと形になったものを用意しておかなくてはいけない。
寄場作りを堪能できる、というのも確かに魅力の一つではあったが。
今の巴はどちらかと言うと時代劇好きの江戸フリークではなく、子を夢見る女性として動いていると言えた。
巴の気晴らしにもなる、などという真の気持ちや思惑とは実はそれなりにかけ離れていたりする。
「巴様」
「様はやめよ。それだけの地位にはおると自負しておるが、これからのお主らとの関係を思えば気軽に巴さん、とでも呼べばよい。もしくはライムと同じく姐さんでも良いぞ」
堅苦しい関係性も悪くはない。
しかし子どもが関わる事を思えば、あまり緊張されっぱなしの関係では面倒の方が大きい。
良く知る大人の緊張は確実に子どもらにも伝播するものだ。
「ライムは確かにそう呼んでますけど、姐さん、ってどういう意味なんです?」
「女のボス、或いはボスの女、みたいなもんじゃ。ふむ……ふっ、ふふ」
後者の意味合いを自ら反すうして巴が不気味に笑う。
普段の彼女を知る人からすると、かなりの挙動不審だった。
「時に、ウェイツ孤児院で改築責任者となるのはそなたらで良いのか?」
「あ、はい! 私セーナと男子職員のティグでやります」
「そうか、よろしく頼むぞ。こちらは基本的には儂、巴が担当じゃ。無論若に直接話をしても構わんが――」
『……』
含みを持たせた巴の言葉。
セーナとティグはその後を待つ。
これまでの様子を観察する限り、巴よりもライドウの方が数倍楽そうだと彼らも感じている。
上司の方が楽なら、頼み事もそちらにしてしまった方が都合が良い。
そう考えるのも無理からぬ事だ。
「そういう真似をされると儂は非常に不愉快に思う、とは一応伝えておく。最初にな」
『……』
これまでウェイツ孤児院が巴に不愉快な思いをさせた事は無かった。
というよりも、今日この日まで巴にとってここはほぼ無価値な場所だった。
関心がなければ怒る機会もさほどない。
仕事として最低限の関わりをもつだけの間柄なのだから。
しかし場合によっては不愉快になるケースもあるよ、と今日示された。
ライドウに直訴すればその願いは容易く通るかもしれないけど何かしらペナルティも覚悟しとけよ、と巴は言っている。
自分では甘々になりそうだから巴に任せる。
主の言葉、その意味合いを巴は正しく理解していた。
「さて、改築についての話がメインなんじゃが」
「はい」
「その前にきちんと先ほどの話を理解しているか確認させてもらう」
「? 確認、ですか?」
ティグが首を傾げる。
先ほどの話というと、孤児院の改築や支援の確認、そして講師を招いたり教育を始めるというライドウの方針表明の事だろうか、と。
であれば確認するまでもなく記憶しているし覚えてもいる。
巴の真意がわからず、つい質問してしまった。
「うむ。教育を積極的に取り入れていく以上、日々の子どもらの質問に大人が答えられなくては話にならん」
「……それって、もしかして私たちも」
発言したセーナに巴が頷く。
「当然お主らも授業には参加してもらう。言うまでもないが子どもよりも成績が悪いなぞ論外じゃからな。文字通り寝る間も惜しんで精進せい」
「この年で勉強、していいの?」
「マジか。すげえ大盤振る舞いだな」
セーナもティグも自分たちも教育の対象になる事実に驚き、喜ぶ。
しかし子どもと一緒に授業を受け始め、しかも彼らより常に一歩先にいなくてはならないというのは結構大変な事だという事にはまだ気づいていないようだった。
職員としての仕事も別に減る訳ではなし、大人が学ぶというのは存外強い意志と体力を必要とする。
「次に職能訓練、職人の技術を学ぶ科目を入れると若が仰っている以上、必然、学ぶための場所も必要になる」
「……確かに料理の勉強を今のキッチンでやるのは無理だわ」
「木工とかなら外でも……いや雨もあるし音も出る。やっぱきついか」
「更に通常の学習でも、最初はともかく年齢も適性もばらばらな子どもらが相手じゃから幾つかのステップが必要になる。これにも場所分けが必須じゃろう」
「場所分け、ですか? みんな一緒でやれば良いと思いますけど」
「セーナよ。さっき言ったが、年齢も適性も、更にいえば今の能力もばらばらな子を一度に訓練しようというのに、みんな一緒、では都合が悪い」
「そう、ですか?」
「最初は皆一緒じゃ。しかし学ぶ内に能力の差が出る。ならば能力に応じた幾つかのクラス分けを取り入れて個人の進捗に合わせてステップアップさせていく方がここに合っておる、そうは思わんか?」
何より亜空がその方針で教育、訓練を施しているからだが、巴はもちろんそこには触れない。
まだ、意味がないからだ。
「何か競争みたいで面白そうすね。出来る事をいつまでも繰り返すんじゃ飽きる子も出てくるし」
ティグは巴の言ったクラス分けに好意的なようだ。
いわば疑似的な飛び級要素でもあるが、今回のようなスタートの場合は確かに有効な一面もある。
当然ながら巴はそのデメリットも把握済だが、自身の意見を通したい時にわざわざ不利な事に触れはしない。
「そうかしら。競争って子ども同士を競わせるみたいで私はあんまりかな。出来れば脱落する子とか落ちこぼれが出ないようにした方が……」
セーナは否定的な意見を述べる。
「じゃが生きていく事はそれそのものが競争みたいなもんじゃろ? 外に出るまでに多少の訓練が出来ると思えば悪い事ではなかろうよ。そもそも孤児院で暮らしておるんじゃ、世の中の厳しさはもう肌で感じておろう。脱落者が出ない作りを考えるのは後々の仕事で、そういった子を出したくないのならお主らがきっちり支えてやればよい」
「わかりはするんですけど……いえ、確かに。出来る子だけを教えるんじゃなくて出来る子にはもっと先の事を教えるって事ですもんね。わかりました。そもそも教育の方針についてはクズノハ商会さんにリードしてもらわなきゃ、私たちには思いつかない事ばかりです」
「言えてる。スタートは完全にお任せになるよな。どうしたってさ」
畑違いの分野だと肌で感じている二人。
出来ない事にも知らない事にも出しゃばって理想を語る輩よりは随分マシだと、巴は二人を評価した。
「ま、そうじゃな。最初は儂らが主導する。提案した以上は責任を持たねばな。で、少し話が先に飛んでしまったがまず理解しておいてもらいたいのは大事な前提について。今日この時から、ウェイツ孤児院に新たに子を受け入れるのは禁止する、という点じゃな」
『!?』
「若が説明した様に既にここは一杯じゃ。改築したとてそこは変わらん。お主らが面倒を見られる容量をちと超えておるとすら感じるが……そこは目を瞑ろう。良いな、新たな受け入れは……まかりならん」
「後、十人くらいなら問題ないと、思います」
「一人も許さん。もし破った場合は」
食い下がるセーナを一刀両断する。
これは巴の主にはまだ難しいやり方でもあった。
「……」
「クズノハ商会はウェイツ孤児院を見捨てる。完全に手を引く。これはライムにも話してある事じゃ」
これは事実だった。
巴は頭越しに真を頼ったライムにペナルティ代わりにこの条件を飲ませていた。
もちろん、今後ライムが個人的に助力する分には構わないとも伝えてある。
この二人はそこまで伝えないのはもちろん意図的にだ。
「いきなり、そんな!」
「約束さえ守ってもらえれば問題ない。儂も斯様に非道な真似は出来ればしとうない。故に、厳に頼む」
『……』
巴は本気だ。
目も言葉も態度も本気と伝える。
一人でも人数を増やせば、クズノハ商会は援助を止めると。
「しかし、代表のライドウさん」
「様、じゃな。若にまで気安くしろ、と儂は言っとらんよ」
「っ、ライドウ様は援助の打ち切りなど一切仰ってはおられませんでした」
「若はご自分が担当するとウェイツ孤児院を甘やかしてしまうようだと、酷く気に病んでおられてな。故に先ほどの場でも巴を担当にする、と明言なさったろう?」
「……それは、そんなつもりだとは」
セーナはようやく自分が、藪をつついてとんでもないモノを出してしまった事に気づいた。
ライムも現状のままが良いと思っていたのだ。
もしも変化を生むのなら、それは自分が功績を上げてライドウに直談判して叶えれば良いと。
だが、既に会談は成ってしまった。
後の祭り、というやつだ。
事態を進めてしまった事を後悔した所で戻すことは出来ない。
もう、ウェイツ孤児院は進むしかないのだ。
「どんなつもりで若の真意などを知りたがったかなど、今更聞かんよ。大体、ウチ以外の援助が減っていくというのに大して引き留めもせんかったのは……儂にはお前らの都合の良い甘えそのものじゃないかと思うが、のう?」
『っ!』
セーナとティグの表情が強張る。
当面さして口を出してこないクズノハ商会が大きな援助をしている。
なんならそれだけで孤児院の必要を何とか満たしてしまえそうな結構な援助だ。
反面、精々金貨で数枚程度を年数回入れるだけの援助で、来るたび子どもを値踏みしては注文をつけてくる商会や金持ちども。
関係が悪くなった時、その金貨数枚に縋りつかず、援助打ち切りも構わない位の態度を取った事は、実はあった。
セーナもティグも、私欲の為にした訳ではない。
しかし、その援助が続いていれば出来た事は確実に存在する。
クズノハ商会の意図をいぶかしみながら、それに甘えていた事実は厳然と存在していた。
(まあ、援助打ち切りにはレンブラントの意図もある。外道な商会からの金貨に縋っていたのも事実。こやつらの責任だけとも言わぬがな。それに、きつい事も言っておかぬと本当に300やら400やら増えかねん。あの香りに反応した記憶を見た限り、気持ちはわからんではないが……まだ周辺の土地を買い集める段取りも出来ておらん上、将来的に亜空に入れてやる可能性も考えると、あまり甘い顔ばかりも見せられん。若がああ言われた以上、基本的には甘-い路線になるのは決定事項であっても、な)
巴はロクでもない記憶を思い出す。
セーナとティグ、それに他二名の職員の記憶の表層にソレはあった。
――ああ、良い貌をするね。じゃあ彼にしよう。君は見逃してあげる。また来るからね。私の大好きな表情、期待してるよ。
――ねえ選ばせてあげるよ。君か彼。どちらを攫っていくか。くふふ、そうだね、自分は助かりたいよね。折角のお願いだ、叶えてあげるからね。ふふふふ。
――駄目じゃないか、悲鳴を上げるなんて。ほら、大人が起きてきたよ? ああ、可哀そうに。君の所為でみんな死ぬ、私は殺しなんて面白くも何ともないのに。ああ、残念だ。君を攫う時間が無くなってしまったね。また来るよ。
――良い子だ。そうやって私好みの子を差し出してくれれば誰も死なない。これは必要な犠牲だ。頭の良い君は良く分かってる。おや、正しい事をしているのに何故歯を食いしばっているのかな。泣く必要なんて無いだろう? だってこれで他の子は助かるんだから。ね?
真から知らされていたエルフ、リオウだった。
彼は、常習的に子を誘拐していた。
ウェイツ孤児院にも、何度も何度も訪れていた。
決まって一人だけを、別の子ども、または職員を前にして犯行に及んでいた。
同じ香りを身につけて。
一人だけでやってきて、会話を楽しみながら子どもを攫う。
職員らにとって、最悪の記憶だった。
――この子はこれから奴隷になるんだよ、ヒューマンなのにね。
――ヒューマンの奴隷は時に亜人に売るんだ、どんな扱いを受けるか想像できる?
――期限は一年、売れなかったら廃棄するんだ、さよならって事だよ。
こんな記憶を回帰させる香りを身につけて会談が始まっていたら、心無い言葉の一つや二つ、いやもっと悪い状況も十分考えられた。
巴はため息を吐く。
相変わらず、我が主が持つ巡り合わせの妙は健在だと。
そして苦笑する。
だが今回はああして子どもと戯れながら事なきを得ていると。
(若とは遠からず決裂するな、あのエルフは。まあ、儂としては我が子の為にヒューマンの子どもを確保出来れば……と、いかんいかん。言っとる事だけ並べれば腐れエルフと大差ない。ん? そろそろ、この二人も折れる頃かの)
「あの、巴さん。クズノハ商会の援助が今無くなったら、子ども達が食べていく事すら出来なくなります」
当然だ。
人数が多すぎるのだから。
「じゃろうな」
「何とか、努力します。子どもをこれ以上増やしません。ですから」
「努力はしなくともよい。結果で応えよ。子が増えたらお仕舞。わかったな」
「目の前で病気で苦しんでいる子だって来る事があるんですよ!?」
「なら受け入れても良い」
「え?」
「代わりに中の子を一人出せ」
敢えて何でもない事のように、巴は言い捨てた。
『っ!!』
「のう、儂らは落としどころを探る関係ではなかろ? 崖の先端から一歩踏み出せば、落ちる。ただそれだけの事に説明が必要とは思わんがな」
「だって……これまではそんな事一言だって……」
だってもでももない。
これまではこれまで。
これからはこれから。
変化の時とはそういうものだ。
まして、いくら誤算だったとはいえ、変化を起こした張本人であるセーナには口にする権利も無いだろう。
「何も言わないのは気持ち悪かったんじゃろ? これからはきちんと口を出してやる、そう言っておる。安心じゃな、セーナ」
巴とて、多少は面白くないのだ。
主の好意に甘えておきながら偉そうに世間を語りおって。
彼女の心情の隅っこにはそんな思いもある。
口にはしないが、存在はする。
「うう」
「わかりました」
「ティグ!?」
「セーナ。巴さんの言ってる事は、間違ってない。実際ライドウ様がおいでになって、改築までしてもらえる事になったじゃないか。なのにこれまで通り全部好きにやらせろってのは、無理だよ。何も言ってこなかったクズノハ商会様に、一度話をしようって振ったのウチの方なんだろ? それにこれからの事だって正直俺にはクズノハ商会に利があるとは到底思えない。ウチのガキどもが外に出て困らない様に手を尽くしてくれるって言ってるんだ。ひとまず、これからウチに来る子には他の孤児院を紹介しよう」
「う、うん……でも、どうしたら」
他が引き受けてくれるのか。
それも、比較的まともな環境のところが。
セーナの思いは皆まで言わずともティグにもわかっていた。
「ウチで今余ってる物資を融通したり、話の仕方は色々あるから。巴さんもそこまで禁止にするなんて仰ってない」
「……賢しいな、ティグ。が、確かにその辺り、儂らは関知するつもりはない」
「っ! ありがとうございます!」
「良い。その辺りは身内で良く話をして方針を決めよ。儂は絶対にしてはいけない事を先に伝えたまでよ」
「必ず、守ります。俺から皆にも徹底させます」
「で、な。そろそろ本題の建築の方に話を移すぞ。先に伝えた必要施設については予めこちらで間取りを決めておく。故に根本からお主らがデザインを考える必要は無い」
一番大事な事を伝えた巴は話を次に進める。
セーナは未だ引っかかりがあるようだが、巴の見たところ、彼女も馬鹿ではない。
一晩もすれば頭も冷えて現状をきちんと把握するだろう、と巴は踏んでいた。
なら無駄に時間をかけず、彼らがすぐやるべき事をきちんと指示しておく方が大事だ。
「……なら、私たちがまず始める事は何になりますか?」
セーナが一応気持ちを切り替えて質問する。
「うむ。まずは引っ越しの準備が絶対じゃ。職員と……比較的小さな子らに手伝わせるとして何日必要になる?」
「小さな子、と限定するのはどうしてですか?」
「詳細は明日ライムに伝えさせるが、一つ仕事を頼みたくてな。増築はこの対価にと考えておった。儂としては、な。結局、香水の感想を聞く簡単なお仕事で改築に相成った訳じゃが。な、若は甘かろう?」
「は、はい」
「子どもらが自らの住まいを仕事をして増築する。ちょっとした奇跡で、それなりの達成感も与えられたと思うんじゃがな。まあ良いわ。ともかくその仕事は引き受けてもらう、せめてもの恩返しとでも考えておけ。それに外に出ても大丈夫そうなのを何十かそこら割り振ってもらいたい。故にそれ以外のメンバーで引っ越し準備をまかなってもらいたいと考えておる」
「……わかりました、考えてみます」
「無論の事、仕事をしてもらう子に危険はない。安心せよ」
セーナの心配を先回りして巴が解消する。
「っ、ありがとうございます」
心を読まれたような気分になるセーナだが、実際心配していた事だ。
危険はないと約束してくれたのは、素直に嬉しい。
「216人は多い」
「!」
「多いが、それは引き受けると若は仰った。ならば減らす事は無い。あの方の意思はクズノハ商会では絶対じゃ」
「……はい」
「で、何日要る?」
「ティグ、どう思う? 外に出すとして私は三日かなって思うんだけど」
「三日か。うーん、今日から取りかかれば二日でいけないか?」
「でも明日は間取りについても決めていかないとだから私たちの方の手が足りなくなるわ」
「そっか、間取りも並行か。だったら、三日、いや四日必要じゃないか」
「重い物も結構あるものね。最悪ライムも引っ張る?」
「いや、クズノハ商会様のとこで仕事してるんだし、まずいだろ」
ティグが巴をちらっと見る。
「構わんよ。勤務時間外にライムがどこで何をしていようと文句は言わん」
やる事さえやっていれば自由もある、と。
巴はクズノハ商会のイメージは実際どうなっているのか、ふと気になった。
ツィーゲではそれなりの知名度はある筈だが。
実際は住民全般にとってはどういう存在に映っているのか一度調べてみるか、と思案する。
「なら四日あれば確実ね」
「だな」
「巴さん、四日で何とかします」
「わかった。では明日ライムにお主らで間取り図を持たせる。お主らで決めるべき場所は空欄にしておくから、皆で相談して決めよ。それから引っ越し準備で外に出した物を置いておく場所も明日こしらえさせる。出した物はそこに入れておけば良かろう。ああ、改築は五日後に今決めた。雨天決行、いや何があっても決行する。励めよ」
「あの」
「何じゃ、儂はもう若と帰りたいんじゃが」
ちらと真の惨状を見る巴。
しかし救出したいというよりは、そこに自分も割り込みをかけたい、と考えている顔である。
「それって、五日後の夜は新しい部屋で?」
いまいち、現実に起こるらしい事がよくわかっていないセーナ。
もっともこれはティグも同様だ。
その日の内に建物が建て替わるというのが、よく理解できずにいた。
この世界であっても本来ごく一部の王族や貴族、豪商しか選択できない改築手段だけに当然と言えた。
「当たり前じゃろ」
事もなげに答える巴。
ただ、本当に早く帰りたそうだ。
うずうずした様子が伝わってくる。
子どもの欲求に近い雰囲気すら感じる二人だった。
「良いな、では明日ライムを寄越す」
「はい、お疲れ様でした」
「よろしくお願い致します」
「応」
二人の横を通り過ぎ、つかつかと足早に出ていく巴。
そんな彼女が立っていた背後。
即ち窓の外では、沢山の幼児と合体して真が十身合体フルアーマーゴッドクロス真と化していた。
怪訝に思って窓に近寄ったセーナとティグが、真の雄姿に思わず噴き出したのは無理からぬ事だった。
……。
ロッツガルドの悪夢を蒸し返すなちびっこ!
「……大きくなっても気が変わらなか――やっぱごめん、こんなんでも付き合ってる人がいるから。ライムなんてどう?」
高校生くらいの年代の女子の目がギラっとなった。
恐ろしい。
常套句の社交辞令で流そうとしただけなのに。
「ライムおにいちゃんはばいりつがたかいの」
「そっか、ライムはヒーローだもんね」
倍率。
何て言葉を知ってるんだ。
世の中の世知辛いとこばっか先に見るから、どっかスれた子どもが増えるんだろうか。
それとも女の子だからませているだけか?
「そうよ。でもわたしはあーいうのとか、かおはいいけどかいしょうなしのより、かいしょうがあるぶさいくがいいの」
直球すね、幼児。
「じゃあ僕の他だとだれが良いの?」
「んー、ともえちゃん!」
女やん!
せめてそこはコモエの方じゃないのかい!
あの子は意外と男の子っぽいとこもあるし、刀なんて持ってるしな。
「にいちゃん! にいちゃんはライムさんの弟子か!?」
「僕はねえ、ライムの先生の先生みたいなものかな?」
「わたしがくどいてるのよ、じゃましないで!」
「うそだー! ライムさんはちょーつよいんだぜ!」
「うー! じゃまー!」
「意外とねー僕も強い方なんだよ。あ、お婿さんは別に探してね、君の為にもね」
巴だから良いようなものの、昔リノンさえ警戒した澪を思うと軽はずみな発言は良くない。
「じゃあにいちゃんはちょーちょーちょーつよいのかー?」
「……そうだぞー! がおー! くえー!」
両手を上げた熊の如き定番怪獣ポーズからの片足上げ両手広げの鶴の構え。
やたらと話しかけてくる前の男の子と目で合図しあってる背後の子が、木の棒片手にじりじり寄ってきているのは承知の上だ。
熊で飛び掛かってくるかと思ってたら、鶴で仕掛けてきた。
「すきありー!!」
隙はないんだけどね。
しかし子どもらしく剣道の面よろしく上段で来るのかと思ってたのに、後ろの彼は体重を支えている片足めがけて木こりが斧を入れるかのごとき薙ぎ払いを放ってきた。
両手持ちのおまけつきで。
いわゆるセンスってこういうのをいうのか?
パキン!
小気味良い音を立てて木の棒が折れる。
元々枝みたいな細さだったから無理もない事だ。
「かってー!!」
「うおー! すげー!」
「つえー!!」
「悪戯をする子には……」
『にげろー!!』
「お仕置きだぞう!」
蜘蛛の子を散らす様に逃げ回る子を軽ーく追いかける。
「あの、私愛人でも構いません!」
「ライムさんより強いなんて絶対嘘だ!」
中学生か高校生くらいの男女が鬼ごっこに割り込んできた。
ループか!
いつまでも付き合えないぞ、こんなん!
しまった、しくじった。
僕も巴と一緒に改築のミーティングに参加すべきだった。
どんな子がいるんかな、とちょっと興味を持ったのが間違いだった。
無尽蔵の体力と無駄に大人びたちびっこの雨あられだ。
本人は野心的なつもりかもしれないけど、学園都市での古傷を抉るような路線のもわさわさいるし!
愛人もいらん! 僕が商会の代表だってこと、ばっちり知ってて言ってるなこの子ら!
それと男の子! お前が持ってる錆びたパイプみたいのは僕以外に向けると遊びじゃなくて暴行になるからな!?
◇◆◇◆◇◆◇◆
巴は窓の側に立ち、ライドウと子ども達の様子を眺めていた。
(ふむ、子どもはお嫌いではない、と。一安心じゃな)
確かに巴はライムの上司であり、彼の願いを知っていたのも事実。
だが、だからその願いを汲んでウェイツ孤児院にチャンスを与える程、彼女は易しくはない。
真と関係を持った事で巴の意識は当然その先に向いている。
次のステップへの前段階として、彼の子どもへの意識を知っておきたいと巴は考えていた。
そして同時にヒューマンの子どもがどんなもので、亜人との違いは何なのか。
更には亜空に入れたとして、やがて必ず誕生する真の子に良い影響をもたらすか。
巴は真の記憶を見ている。
真の成長を知っている。
幼少時の彼がいかに貧弱であったかは当然として、保育園、小学校という存在も彼女は知っているのだ。
亜空にヒューマンを入れる事になるライムの提案は、全てとは言わないが巴の望みとも一致するところがあったのだ。
孤児院に教育要素を噛ませるのであれば、学び舎としての要素が強くなる。
亜空のそれと併せて、その時までにきちんと形になったものを用意しておかなくてはいけない。
寄場作りを堪能できる、というのも確かに魅力の一つではあったが。
今の巴はどちらかと言うと時代劇好きの江戸フリークではなく、子を夢見る女性として動いていると言えた。
巴の気晴らしにもなる、などという真の気持ちや思惑とは実はそれなりにかけ離れていたりする。
「巴様」
「様はやめよ。それだけの地位にはおると自負しておるが、これからのお主らとの関係を思えば気軽に巴さん、とでも呼べばよい。もしくはライムと同じく姐さんでも良いぞ」
堅苦しい関係性も悪くはない。
しかし子どもが関わる事を思えば、あまり緊張されっぱなしの関係では面倒の方が大きい。
良く知る大人の緊張は確実に子どもらにも伝播するものだ。
「ライムは確かにそう呼んでますけど、姐さん、ってどういう意味なんです?」
「女のボス、或いはボスの女、みたいなもんじゃ。ふむ……ふっ、ふふ」
後者の意味合いを自ら反すうして巴が不気味に笑う。
普段の彼女を知る人からすると、かなりの挙動不審だった。
「時に、ウェイツ孤児院で改築責任者となるのはそなたらで良いのか?」
「あ、はい! 私セーナと男子職員のティグでやります」
「そうか、よろしく頼むぞ。こちらは基本的には儂、巴が担当じゃ。無論若に直接話をしても構わんが――」
『……』
含みを持たせた巴の言葉。
セーナとティグはその後を待つ。
これまでの様子を観察する限り、巴よりもライドウの方が数倍楽そうだと彼らも感じている。
上司の方が楽なら、頼み事もそちらにしてしまった方が都合が良い。
そう考えるのも無理からぬ事だ。
「そういう真似をされると儂は非常に不愉快に思う、とは一応伝えておく。最初にな」
『……』
これまでウェイツ孤児院が巴に不愉快な思いをさせた事は無かった。
というよりも、今日この日まで巴にとってここはほぼ無価値な場所だった。
関心がなければ怒る機会もさほどない。
仕事として最低限の関わりをもつだけの間柄なのだから。
しかし場合によっては不愉快になるケースもあるよ、と今日示された。
ライドウに直訴すればその願いは容易く通るかもしれないけど何かしらペナルティも覚悟しとけよ、と巴は言っている。
自分では甘々になりそうだから巴に任せる。
主の言葉、その意味合いを巴は正しく理解していた。
「さて、改築についての話がメインなんじゃが」
「はい」
「その前にきちんと先ほどの話を理解しているか確認させてもらう」
「? 確認、ですか?」
ティグが首を傾げる。
先ほどの話というと、孤児院の改築や支援の確認、そして講師を招いたり教育を始めるというライドウの方針表明の事だろうか、と。
であれば確認するまでもなく記憶しているし覚えてもいる。
巴の真意がわからず、つい質問してしまった。
「うむ。教育を積極的に取り入れていく以上、日々の子どもらの質問に大人が答えられなくては話にならん」
「……それって、もしかして私たちも」
発言したセーナに巴が頷く。
「当然お主らも授業には参加してもらう。言うまでもないが子どもよりも成績が悪いなぞ論外じゃからな。文字通り寝る間も惜しんで精進せい」
「この年で勉強、していいの?」
「マジか。すげえ大盤振る舞いだな」
セーナもティグも自分たちも教育の対象になる事実に驚き、喜ぶ。
しかし子どもと一緒に授業を受け始め、しかも彼らより常に一歩先にいなくてはならないというのは結構大変な事だという事にはまだ気づいていないようだった。
職員としての仕事も別に減る訳ではなし、大人が学ぶというのは存外強い意志と体力を必要とする。
「次に職能訓練、職人の技術を学ぶ科目を入れると若が仰っている以上、必然、学ぶための場所も必要になる」
「……確かに料理の勉強を今のキッチンでやるのは無理だわ」
「木工とかなら外でも……いや雨もあるし音も出る。やっぱきついか」
「更に通常の学習でも、最初はともかく年齢も適性もばらばらな子どもらが相手じゃから幾つかのステップが必要になる。これにも場所分けが必須じゃろう」
「場所分け、ですか? みんな一緒でやれば良いと思いますけど」
「セーナよ。さっき言ったが、年齢も適性も、更にいえば今の能力もばらばらな子を一度に訓練しようというのに、みんな一緒、では都合が悪い」
「そう、ですか?」
「最初は皆一緒じゃ。しかし学ぶ内に能力の差が出る。ならば能力に応じた幾つかのクラス分けを取り入れて個人の進捗に合わせてステップアップさせていく方がここに合っておる、そうは思わんか?」
何より亜空がその方針で教育、訓練を施しているからだが、巴はもちろんそこには触れない。
まだ、意味がないからだ。
「何か競争みたいで面白そうすね。出来る事をいつまでも繰り返すんじゃ飽きる子も出てくるし」
ティグは巴の言ったクラス分けに好意的なようだ。
いわば疑似的な飛び級要素でもあるが、今回のようなスタートの場合は確かに有効な一面もある。
当然ながら巴はそのデメリットも把握済だが、自身の意見を通したい時にわざわざ不利な事に触れはしない。
「そうかしら。競争って子ども同士を競わせるみたいで私はあんまりかな。出来れば脱落する子とか落ちこぼれが出ないようにした方が……」
セーナは否定的な意見を述べる。
「じゃが生きていく事はそれそのものが競争みたいなもんじゃろ? 外に出るまでに多少の訓練が出来ると思えば悪い事ではなかろうよ。そもそも孤児院で暮らしておるんじゃ、世の中の厳しさはもう肌で感じておろう。脱落者が出ない作りを考えるのは後々の仕事で、そういった子を出したくないのならお主らがきっちり支えてやればよい」
「わかりはするんですけど……いえ、確かに。出来る子だけを教えるんじゃなくて出来る子にはもっと先の事を教えるって事ですもんね。わかりました。そもそも教育の方針についてはクズノハ商会さんにリードしてもらわなきゃ、私たちには思いつかない事ばかりです」
「言えてる。スタートは完全にお任せになるよな。どうしたってさ」
畑違いの分野だと肌で感じている二人。
出来ない事にも知らない事にも出しゃばって理想を語る輩よりは随分マシだと、巴は二人を評価した。
「ま、そうじゃな。最初は儂らが主導する。提案した以上は責任を持たねばな。で、少し話が先に飛んでしまったがまず理解しておいてもらいたいのは大事な前提について。今日この時から、ウェイツ孤児院に新たに子を受け入れるのは禁止する、という点じゃな」
『!?』
「若が説明した様に既にここは一杯じゃ。改築したとてそこは変わらん。お主らが面倒を見られる容量をちと超えておるとすら感じるが……そこは目を瞑ろう。良いな、新たな受け入れは……まかりならん」
「後、十人くらいなら問題ないと、思います」
「一人も許さん。もし破った場合は」
食い下がるセーナを一刀両断する。
これは巴の主にはまだ難しいやり方でもあった。
「……」
「クズノハ商会はウェイツ孤児院を見捨てる。完全に手を引く。これはライムにも話してある事じゃ」
これは事実だった。
巴は頭越しに真を頼ったライムにペナルティ代わりにこの条件を飲ませていた。
もちろん、今後ライムが個人的に助力する分には構わないとも伝えてある。
この二人はそこまで伝えないのはもちろん意図的にだ。
「いきなり、そんな!」
「約束さえ守ってもらえれば問題ない。儂も斯様に非道な真似は出来ればしとうない。故に、厳に頼む」
『……』
巴は本気だ。
目も言葉も態度も本気と伝える。
一人でも人数を増やせば、クズノハ商会は援助を止めると。
「しかし、代表のライドウさん」
「様、じゃな。若にまで気安くしろ、と儂は言っとらんよ」
「っ、ライドウ様は援助の打ち切りなど一切仰ってはおられませんでした」
「若はご自分が担当するとウェイツ孤児院を甘やかしてしまうようだと、酷く気に病んでおられてな。故に先ほどの場でも巴を担当にする、と明言なさったろう?」
「……それは、そんなつもりだとは」
セーナはようやく自分が、藪をつついてとんでもないモノを出してしまった事に気づいた。
ライムも現状のままが良いと思っていたのだ。
もしも変化を生むのなら、それは自分が功績を上げてライドウに直談判して叶えれば良いと。
だが、既に会談は成ってしまった。
後の祭り、というやつだ。
事態を進めてしまった事を後悔した所で戻すことは出来ない。
もう、ウェイツ孤児院は進むしかないのだ。
「どんなつもりで若の真意などを知りたがったかなど、今更聞かんよ。大体、ウチ以外の援助が減っていくというのに大して引き留めもせんかったのは……儂にはお前らの都合の良い甘えそのものじゃないかと思うが、のう?」
『っ!』
セーナとティグの表情が強張る。
当面さして口を出してこないクズノハ商会が大きな援助をしている。
なんならそれだけで孤児院の必要を何とか満たしてしまえそうな結構な援助だ。
反面、精々金貨で数枚程度を年数回入れるだけの援助で、来るたび子どもを値踏みしては注文をつけてくる商会や金持ちども。
関係が悪くなった時、その金貨数枚に縋りつかず、援助打ち切りも構わない位の態度を取った事は、実はあった。
セーナもティグも、私欲の為にした訳ではない。
しかし、その援助が続いていれば出来た事は確実に存在する。
クズノハ商会の意図をいぶかしみながら、それに甘えていた事実は厳然と存在していた。
(まあ、援助打ち切りにはレンブラントの意図もある。外道な商会からの金貨に縋っていたのも事実。こやつらの責任だけとも言わぬがな。それに、きつい事も言っておかぬと本当に300やら400やら増えかねん。あの香りに反応した記憶を見た限り、気持ちはわからんではないが……まだ周辺の土地を買い集める段取りも出来ておらん上、将来的に亜空に入れてやる可能性も考えると、あまり甘い顔ばかりも見せられん。若がああ言われた以上、基本的には甘-い路線になるのは決定事項であっても、な)
巴はロクでもない記憶を思い出す。
セーナとティグ、それに他二名の職員の記憶の表層にソレはあった。
――ああ、良い貌をするね。じゃあ彼にしよう。君は見逃してあげる。また来るからね。私の大好きな表情、期待してるよ。
――ねえ選ばせてあげるよ。君か彼。どちらを攫っていくか。くふふ、そうだね、自分は助かりたいよね。折角のお願いだ、叶えてあげるからね。ふふふふ。
――駄目じゃないか、悲鳴を上げるなんて。ほら、大人が起きてきたよ? ああ、可哀そうに。君の所為でみんな死ぬ、私は殺しなんて面白くも何ともないのに。ああ、残念だ。君を攫う時間が無くなってしまったね。また来るよ。
――良い子だ。そうやって私好みの子を差し出してくれれば誰も死なない。これは必要な犠牲だ。頭の良い君は良く分かってる。おや、正しい事をしているのに何故歯を食いしばっているのかな。泣く必要なんて無いだろう? だってこれで他の子は助かるんだから。ね?
真から知らされていたエルフ、リオウだった。
彼は、常習的に子を誘拐していた。
ウェイツ孤児院にも、何度も何度も訪れていた。
決まって一人だけを、別の子ども、または職員を前にして犯行に及んでいた。
同じ香りを身につけて。
一人だけでやってきて、会話を楽しみながら子どもを攫う。
職員らにとって、最悪の記憶だった。
――この子はこれから奴隷になるんだよ、ヒューマンなのにね。
――ヒューマンの奴隷は時に亜人に売るんだ、どんな扱いを受けるか想像できる?
――期限は一年、売れなかったら廃棄するんだ、さよならって事だよ。
こんな記憶を回帰させる香りを身につけて会談が始まっていたら、心無い言葉の一つや二つ、いやもっと悪い状況も十分考えられた。
巴はため息を吐く。
相変わらず、我が主が持つ巡り合わせの妙は健在だと。
そして苦笑する。
だが今回はああして子どもと戯れながら事なきを得ていると。
(若とは遠からず決裂するな、あのエルフは。まあ、儂としては我が子の為にヒューマンの子どもを確保出来れば……と、いかんいかん。言っとる事だけ並べれば腐れエルフと大差ない。ん? そろそろ、この二人も折れる頃かの)
「あの、巴さん。クズノハ商会の援助が今無くなったら、子ども達が食べていく事すら出来なくなります」
当然だ。
人数が多すぎるのだから。
「じゃろうな」
「何とか、努力します。子どもをこれ以上増やしません。ですから」
「努力はしなくともよい。結果で応えよ。子が増えたらお仕舞。わかったな」
「目の前で病気で苦しんでいる子だって来る事があるんですよ!?」
「なら受け入れても良い」
「え?」
「代わりに中の子を一人出せ」
敢えて何でもない事のように、巴は言い捨てた。
『っ!!』
「のう、儂らは落としどころを探る関係ではなかろ? 崖の先端から一歩踏み出せば、落ちる。ただそれだけの事に説明が必要とは思わんがな」
「だって……これまではそんな事一言だって……」
だってもでももない。
これまではこれまで。
これからはこれから。
変化の時とはそういうものだ。
まして、いくら誤算だったとはいえ、変化を起こした張本人であるセーナには口にする権利も無いだろう。
「何も言わないのは気持ち悪かったんじゃろ? これからはきちんと口を出してやる、そう言っておる。安心じゃな、セーナ」
巴とて、多少は面白くないのだ。
主の好意に甘えておきながら偉そうに世間を語りおって。
彼女の心情の隅っこにはそんな思いもある。
口にはしないが、存在はする。
「うう」
「わかりました」
「ティグ!?」
「セーナ。巴さんの言ってる事は、間違ってない。実際ライドウ様がおいでになって、改築までしてもらえる事になったじゃないか。なのにこれまで通り全部好きにやらせろってのは、無理だよ。何も言ってこなかったクズノハ商会様に、一度話をしようって振ったのウチの方なんだろ? それにこれからの事だって正直俺にはクズノハ商会に利があるとは到底思えない。ウチのガキどもが外に出て困らない様に手を尽くしてくれるって言ってるんだ。ひとまず、これからウチに来る子には他の孤児院を紹介しよう」
「う、うん……でも、どうしたら」
他が引き受けてくれるのか。
それも、比較的まともな環境のところが。
セーナの思いは皆まで言わずともティグにもわかっていた。
「ウチで今余ってる物資を融通したり、話の仕方は色々あるから。巴さんもそこまで禁止にするなんて仰ってない」
「……賢しいな、ティグ。が、確かにその辺り、儂らは関知するつもりはない」
「っ! ありがとうございます!」
「良い。その辺りは身内で良く話をして方針を決めよ。儂は絶対にしてはいけない事を先に伝えたまでよ」
「必ず、守ります。俺から皆にも徹底させます」
「で、な。そろそろ本題の建築の方に話を移すぞ。先に伝えた必要施設については予めこちらで間取りを決めておく。故に根本からお主らがデザインを考える必要は無い」
一番大事な事を伝えた巴は話を次に進める。
セーナは未だ引っかかりがあるようだが、巴の見たところ、彼女も馬鹿ではない。
一晩もすれば頭も冷えて現状をきちんと把握するだろう、と巴は踏んでいた。
なら無駄に時間をかけず、彼らがすぐやるべき事をきちんと指示しておく方が大事だ。
「……なら、私たちがまず始める事は何になりますか?」
セーナが一応気持ちを切り替えて質問する。
「うむ。まずは引っ越しの準備が絶対じゃ。職員と……比較的小さな子らに手伝わせるとして何日必要になる?」
「小さな子、と限定するのはどうしてですか?」
「詳細は明日ライムに伝えさせるが、一つ仕事を頼みたくてな。増築はこの対価にと考えておった。儂としては、な。結局、香水の感想を聞く簡単なお仕事で改築に相成った訳じゃが。な、若は甘かろう?」
「は、はい」
「子どもらが自らの住まいを仕事をして増築する。ちょっとした奇跡で、それなりの達成感も与えられたと思うんじゃがな。まあ良いわ。ともかくその仕事は引き受けてもらう、せめてもの恩返しとでも考えておけ。それに外に出ても大丈夫そうなのを何十かそこら割り振ってもらいたい。故にそれ以外のメンバーで引っ越し準備をまかなってもらいたいと考えておる」
「……わかりました、考えてみます」
「無論の事、仕事をしてもらう子に危険はない。安心せよ」
セーナの心配を先回りして巴が解消する。
「っ、ありがとうございます」
心を読まれたような気分になるセーナだが、実際心配していた事だ。
危険はないと約束してくれたのは、素直に嬉しい。
「216人は多い」
「!」
「多いが、それは引き受けると若は仰った。ならば減らす事は無い。あの方の意思はクズノハ商会では絶対じゃ」
「……はい」
「で、何日要る?」
「ティグ、どう思う? 外に出すとして私は三日かなって思うんだけど」
「三日か。うーん、今日から取りかかれば二日でいけないか?」
「でも明日は間取りについても決めていかないとだから私たちの方の手が足りなくなるわ」
「そっか、間取りも並行か。だったら、三日、いや四日必要じゃないか」
「重い物も結構あるものね。最悪ライムも引っ張る?」
「いや、クズノハ商会様のとこで仕事してるんだし、まずいだろ」
ティグが巴をちらっと見る。
「構わんよ。勤務時間外にライムがどこで何をしていようと文句は言わん」
やる事さえやっていれば自由もある、と。
巴はクズノハ商会のイメージは実際どうなっているのか、ふと気になった。
ツィーゲではそれなりの知名度はある筈だが。
実際は住民全般にとってはどういう存在に映っているのか一度調べてみるか、と思案する。
「なら四日あれば確実ね」
「だな」
「巴さん、四日で何とかします」
「わかった。では明日ライムにお主らで間取り図を持たせる。お主らで決めるべき場所は空欄にしておくから、皆で相談して決めよ。それから引っ越し準備で外に出した物を置いておく場所も明日こしらえさせる。出した物はそこに入れておけば良かろう。ああ、改築は五日後に今決めた。雨天決行、いや何があっても決行する。励めよ」
「あの」
「何じゃ、儂はもう若と帰りたいんじゃが」
ちらと真の惨状を見る巴。
しかし救出したいというよりは、そこに自分も割り込みをかけたい、と考えている顔である。
「それって、五日後の夜は新しい部屋で?」
いまいち、現実に起こるらしい事がよくわかっていないセーナ。
もっともこれはティグも同様だ。
その日の内に建物が建て替わるというのが、よく理解できずにいた。
この世界であっても本来ごく一部の王族や貴族、豪商しか選択できない改築手段だけに当然と言えた。
「当たり前じゃろ」
事もなげに答える巴。
ただ、本当に早く帰りたそうだ。
うずうずした様子が伝わってくる。
子どもの欲求に近い雰囲気すら感じる二人だった。
「良いな、では明日ライムを寄越す」
「はい、お疲れ様でした」
「よろしくお願い致します」
「応」
二人の横を通り過ぎ、つかつかと足早に出ていく巴。
そんな彼女が立っていた背後。
即ち窓の外では、沢山の幼児と合体して真が十身合体フルアーマーゴッドクロス真と化していた。
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